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これは、僕が学校の弁論大会で発表した原稿です。
ぜひ読んでみてください。
死を考えた事がありますか?
皆さんは、死について考えたことがありますか。
僕は、何回も考えた事があります。初めて死を考えたのが幼稚園児の時でそのときは、胸がモヤモヤして嫌な気持ちになりました。今でも死について考えると嫌な気持ちになります。
僕が死を考えるようになった理由は、あるアニメを見たからです。そのアニメは、フランダースの犬です、これは、よく「なつかしのアニメ」という番組で出て来ます。
特に最後に主人公のネロと愛犬パトッラシュが死ぬ場面をよく目にします。
僕自信も何回か、その番組を見たことがあります。そのあとに僕は、いつも嫌な気分になります。なぜかと言うと大切生き物や人がいなくなることを考えさせられるからです。もしお父さん、お母さんが死んだらどうしようかと思い、そして自分のことについて考えます。考えていることが自分のことになると僕は考えるのをやめます、辛くて嫌な気持ちになるからです。
何が、嫌なのかというと自分の意思や存在が一瞬できえることです。「気を失うようなものだ」と言う人もいますが、僕はそれを認めたくありません。
僕は今までに1回だけ気を失ったことがあります。気を失った時は、まるで眠ったような感じがして何も感じる事ができませんでした。
いきなり意識が消えて永遠の眠りにつくことを僕は怖がっています。なぜ怖いかというと家族といる楽しさや、感動を失うからです。だから僕は、意識がハッキリしたなかで死に行くことを望んでいます。それのほうが後悔が残らないからです。
僕は死のむかえ方で選べないという点で気になる事があります。それは殺人です、最近日本でも、幼児虐待や暴力事件がテレビの話題となっていますが両方ともひどいと死ぬ場合があります。しかもくだらない理由で殺される場合もあるのです。
皆さんは、くだらない理由で死にたいですか、誰も死にたいとは思わないはずです。それなのにひとを殺したり、むやみに生き物を殺す人がいます。そんなことでいいのでしょうか、もちろんよいはけがありません。
人や生き物に対する思いがあればむやみに殺したりする気持ちなくなるはずです。
争いが大きくなると戦争になったりもします。今では銃や戦闘機が発展して絶大な破壊力を持つようになりました。もし大きな戦争が起きて世界を巻き込むようになったら死者がおおくでるのは間違いないでしょう。僕はこれらの兵器が実際に使われないことを願っています。
死は寿命や事故、その他色々な形でやってきます。嫌だといって逃げられるものじゃありません、生きている者はいつかは必ず死にます。人間はとくにそのことを知っていますだから人生を精一杯おくって悔いを残さないようにしようとします。
人間は死んでいるものを見るとそこから逃げようとします。なぜでしょう。それは、いつかわああいうふうになると思い知らされるからでしょう。
死を考えるのは、嫌だけど死を考えるようにしてください。死を考えると自分何をすべきか、何が大事なのかということがはかります。もちろん嫌な気持ちになるときもあります。楽しいことだけを追い求めるのではなく死を考え正面から向かい合うと大切ものが見えてきます。一度考えてみたらどうでしょうか。
人生は長くて、楽しいことや辛いことその他色々なことがあります、そして人間は、その色々なことをいかして生活をおくっています。
感じるということは、生きているときにしかできません、だから僕は、なるべく沢山の経験をして思いやりのある相手のことを考えられる人間になりたいと思います、また精一杯にあたえられた人生をおくって生きたいと思います。