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― 世界を止めること :自己のしないこと
世界を止めること
:自己のしないこと
2003 年 8月
カリフォルニア州 ロサンゼルス市
ワークショップの案内文

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以下は、むかしクリアグリーンのホームページに掲載された、2003年8月にロサンゼルスのカリフォルニア州立大学ロサンゼルス校(UCLA)で開催され たワーク ショップの案内文です。カスタネダが実際に弟子とこのようなやりとりをしていたのかは定かではありませんが、著作の中に登場する概念を補足説明しているよ うに思える部分があったので、参考までに掲載しました。 |
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世界を止めること:
自己のしないこと カリフォルニア州 ロサンゼルス市
2003 年 8月 22, 23 及び 24 日 「世界が世界であるのはそれがそれであるようにしている『すること』をお前が知っているからだ。もしお前がその『すること』を知らなければ世界は違ってい るだろう」 《イクストランへの旅》 ドン・ファン・マトゥス
「何が見える?」ナワール・カルロス・カスタネダはシティー・パークを歩きながら弟子の一人に尋ねた。 「何が見える?」彼らの前のあるガーデン・エリアを指し示しながら 彼は再び尋ねた。 「えっと」その弟子は口ごもった。 「ヒナギクと花壇のバラ、濃い緑色の葉を付けた白いバラが見えます」。 「他には?」とナワールは再び尋ねた。 「なぜですか?」弟子は質問した。 「茶色の泥があって、ブヨが何匹かいるかもしれません。それだけです」。 と言ってその弟子は肩をすくめた。 「おお、おお、おお」。ナワールは笑い、公園ベンチに座りながら上機嫌で自分の左の太ももをピシャリと打った。 「私は見る!」 彼はベンチの後ろに腕を伸ばして置き、続けて言った。 「私たちは潮流、奇妙な時流、連想の流れに捕らえられていて、私たちの多くは決してそこから戻らない。 私たちは茎の上に色の付いたものを見て、それを『花』と呼ぶ。それ は私たちに博物館で見た日本の水彩画を思い出させ、それが私たちの好きだった植物を私たちの代わりに兄弟に贈ったおじを思い出させ、そして突然私たちは 『花』の味わいを失う ... 永遠に。 これが私たちが私たちの世界や自分自身を組み立てるやり方なのだとドン・ファンは私に言った。 彼はそれを『すること』と呼んだ。 君のアイデンティティについて君が真 実であると信じているものを例に取ろう。 「君は自分が賢いと信じている」と彼は続けて言った。 「3歳の時、君は読み方を教えられた。だから、君は小学校で、フォニックス、つづることそして言語に秀でていた。そのあと、教育が何年か進んで、君は賞を もらうような論文、エッセイを書いた。成人になるまで、君は触れがたくて、非の打ち所がなかった。 誰もほかに君に言うことがなかった」。 弟子は言葉を失った。 「ほかに何かあるのですか?」 「確かにある -- だが、それ自体によるこれのためではない!」 ナワールは自分の額をポンとたたいた。 「振動の、感じることの世界、もし私たちが自分が賢いか口を利けな いか考えたとしても違いを作らない世界の世界がある」。 「どうやったらそれらに立入ることができるのですか?」 「『しないこと』を通して、 そうしなければ終わることなく続く連想の流れを停止させることを通してだ」。 「私にはわかりません」。 「それは本当は重要ではない。 それを為すのは身体なのだから、『しないこと』について話すことは本当にできないのだ。 もし、私たちが自分の連想の流れのリズムと勢いを停止させ れば、私たちは世界を止めると見る者は断言する。 そしてそれは全身 -- 全存在で為される」。 |
