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トルテック・アーツU


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未知への航海:カルロス・カスタネダとのインタビュー



ウノ・ミスモ誌に対して チリとアルゼンチンにて 1997年 2月
ダニエル・トルジロ・リヴァスによる


問: カスタネダさん、あなたは長年に渡って匿名を通して来られました。あなたに その状況を変えさせ、あなたと3人の仲間がナワール・ファン・マトゥスから受け継いだ教えを公に語るようにさせたものは何でしょうか?

答: 私たちにドン・ファンの考えを広めさせたものは、彼が私たちに教えたことを明らかにする必要性です。私たちにとって、これはもはや後回しにできない 仕事なのです。彼の3人の弟子と私は、ドン・ファンが私たちを導き入れた世界はすべての人間の知覚の可能性の範囲内にあるという結論に達しました。私たち はどの道を取ることが適切であるか議論しました。ドン・ファンが勧めたように匿名であり続けるのか? この選択は受け入れがたいものでした。それ以外に取 りえる道がドン・ファンの教えを広めることでした。はるかに危険で骨の折れる選択ですが、唯一それだけが、ドン・ファンが教えのすべてに吹き込んだ威厳を 持った道であると私たちは信じます。

問: 戦士の行動は予想できないものであるとあなたが言っていたことを考えると、 30年の間私たちはそれを確証してきたわけですが、この公開されている時期がしばらく続くと期待できるのでしょうか? それはいつまででしょうか?

答: 私たちが世間的な基準を設けることはできません。私たちはドン・ファンが提案した前提に従って生きていて、それから逸脱することはありません。ド ン・ファン・マトゥスは、彼の言ったことに従って生きる人間のとてつもない手本を提供しました。私がとてつもない手本と言っているのは、見習うということ は最も難しいことであるからです。それは、何に対しても一枚岩のようであると同時に柔軟性を持って向き合うことです。これがドン・ファンの生きた道でし た。
 こうした前提の範囲内で、人が成り得るのは無欠の仲介者であることだけです。私たちはこの宇宙のチェスの試合において、コマを動かす存在ではなく、チェ スボード上の一個のコマに過ぎません。すべてを決定するのは、呪術師が「意図(intent)」あるいは「精霊(Spirit)」と呼ぶ、意識を持った非 人格的なエネルギーなのです。

問: 私が確証した限りでは、正統な人類学は、コロンブス以前のアメリカの文化遺 産の擁護者たちと同じように、あなたの作品の信憑性を暗に傷つけています。あなたの作品は単なる文学的才能の産物に過ぎない、だとしても並外れたものです が、そういった信念は今日でも存在し続けています。おそらく、あなたの生活様式や活動が、大多数がシャーマンに期待するものを否定するので、あなたを二重 基準だと非難する他の分野もあります。これらの疑いをあなたはどのように解きますか?

答: 西洋人の認識システムは先入観を強いて信頼させます。私たちはいつも「先験的(a priori)」なものを判断の基盤とします。例えば、何が「正統」なのかと言うような考えです。何が正統な人類学なのか? 大学の講堂で教わったこと か? 何が呪術師らしい振る舞いなのか? 頭に羽を着け、精霊に向かいダンスを踊ることなのか?
 30年間、ただ単に私の報告するものが講堂とか人類学のフィールドワークの中で立証された人類学の「先験的」な考えと一致しないと言う理由だけで、人々 はカルロス・カスタネダが文学的なキャラクターを創り出していると非難し続けてきました。しかし、ドン・ファンが私に示したものは、あらかじめ予想されう ることなどまったく無い、または無いに等しい事態が発生し、そうした状況下において、総合的な行動が必要とされるような状態にのみ適用できるものです。
 私は、シャーマニズムについて結論を導き出すことなどできなかった。なぜなら、そうするには、自らが呪術師の世界の一員にならなければならない。社会学 者を例にとれば、社会科学者にとって、西洋の世界に関する主題について社会学的結論に到達することはとてもたやすいことです。なぜなら社会学者は、自らが 西洋の世界の純然たる一員ですから。しかし、異文化を研究するのに、たかだか2年間その世界に身を置いただけの人類学者が、そうやってそこから確信の持て る結論を引き出せるのでしょうか? ある文化世界の正規の一員に成るには一生かかりますよ。私は古代メキシコにおける呪術師の認識世界の中で、30年以上 研究を続けてきたわけですが、正直なところ、自分がそうした世界について結論を引き出したり、結論を提出できるほど、その世界の一員に成り得たとは思って いません。
 私がこうしたことを分野の異なる人々と論じると、彼らはいつも私の提示する前提を理解し同意したように思えます。しかし、その後で彼らは態度を変え、自 分たちの同意したことを全て忘れ、自分たちの結論に不合理な間違いが有るかも知れないという可能性など気にしないで、「正統な」観念的原理を維持していく のです。私たちの認識システムにはどうも片意地なところがあります。

問: 写真撮影や声の録音、伝記的な資料の公表を避けようとするあなたのねらいは 何でしょうか? こうしたことは、あなたがその精神世界の研究において成し遂げてきたものに、直接的な影響を及ぼすことがありましたか? もしそうである なら、それはどのようなものでしたか? あなたは、あなたが本当はどういう人間であるかを知ることは、真実を追い求める人々にとって、あなたが示す道に従 うことが本当に可能であることを裏付ける一つの方法として、有用だろうとは考えませんか?

答: 写真や個人的な記録に関しては、ドン・ファンの他の3人の弟子や私自身はドン・ファンの指示に従っているのです。ドン・ファンのような呪術師にとっ て、個人的な情報を提示しないことに隠された考えは実に単純です。彼が「履歴」と呼ぶものを脇に置くことは絶対に必要なことです。「私」から遠ざかること は、きわめてやっかいで難しいことです。ドン・ファンのような呪術師が追求するものは個としての「私」が考慮されない流動性を持つ状態です。彼は、写真や 伝記的な資料の欠如が、よい効果をもたらすだろうと信じていました。あくまでも潜在意識に印象づけるという方法ではありますが。私たちは、写真や録音や伝 記的な資料といった、個人の重要性という考えから生じるものに慣れきっています。ドン・ファンは、呪術師について何も知らない方が良いと言いました。なぜ なら、呪術師の世界で私たちは、一個人と出会う代わりに一貫した考えと出会いますが、それは、「私」、「私」、[私]という意識で溢れんばかりになって、 何の考えもなく心理的な問題をたくさん抱えた人々が向き合う日常生活の世界と正反対だからです。

問: あなたやあなたの仲間の知をめぐる文学作品の一面である世間の注目や営利的 基盤をあなたの信望者たちはどう解釈すべきでしょうか? あなたとクリアグリーン・インコーポレイテッドやその他の法人(ローガン・プロダクションズ、ト ルテック・アーティスツ)との実際の関係はどのようなものですか? 営利的なつながりについてお聞きしているのですが。

答: 私の仕事のこの時点で、ドン・ファン・マトゥスの考えを広めることに関して、私には私の代理となりえる人が必要でした。クリアグリーンは、ローガ ン・プロダクションズやトルテック・アーティスツがそうであるように、私たちの仕事と非常に類似性を持つ法人です。現代社会にドン・ファンの教えを広める という考えには、私個人の手に届かない商業的で芸術的な手段を用いることを意味します。ドン・ファンの考えと類似性を持った法人なので、クリアグリーン・ インコーポレイテッド、ローガン・プロダクションズそしてトルテック・アーティスツは、私の広めたいものを広めるための方法を提供することができます。
 非個人的な法人には、彼らに差し出されたあらゆるものを支配して変容させ、自分のイデオロギーに適応させる傾向が常にあります。もし、クリアグリーン・ インコーポレイテッド、ローガン・プロダクションズそしてトルテック・アーティスツが誠実な関心を持っていなかったとしたら、今頃はドン・ファンの言った ことは全て、何か別のものに変えられてしまっていたでしょう。

問: 何としてでも社会的な名声を得ようと、あなたに「くっつく」人々が実に大勢 います。自説をより手の込んだものにするために、あなたの教えを解釈し改変したヴィクター・サンチェズの、そして、自分はドン・ファンに選ばれた弟子であ りドン・ファンは彼のために戻って来たと主張するケン・イーグル・フィーザーの行動についてあなたはどのように考えますか?

答: 確かに、私は一度も会ったことがないのに、私やドン・ファンの弟子だと自称する人々は大勢います。ドン・ファン・マトゥスは主として、彼の呪術師の 系統を永続させることにしか関心がありませんでした。
 彼は今日まで残る者として4人の弟子を持ちました。その他の弟子たちは彼と共に去りました。ドン・ファンは彼の知を教えることには関心がありませんでし た。彼は彼の系統を絶やさないために自分の弟子たちに教えたのです。ドン・ファンの系統を永続させることが不可能であるという事実のために、彼の4人の弟 子たちは彼の教えを広めざるを得なかったのです。
 知を教える教師の概念は、私たちの認識システムの一部であって、古代メキシコの呪術師の認識システムのものではありません。彼らにとって教えることは、 ばかげたことだったのです。彼らの系統を永続させる者たちに彼の知を伝えることとは別の問題でした。
 私やドン・ファンの名前を利用して主張する人間が大勢いるという事実は、単に、大した努力もせず利益を得ようとする安直な策略にしかすぎません。

問: さて、「精神性」という言葉を、人間には、本来備わる潜在的な力をコント ロールする能力が十分にある、ということを前提とした上での覚醒の一形態と見なし、霊的で精神的かつ知的な厳しいトレーニングを通じて、単なる動物の限界 を遥かに超えることにより達成されたある状況に存在するものと考えましょう。この主張に同意されるでしょうか? こうしたものにドン・ファンの世界はどの ように統合されるのでしょうか?

答: 実践的で極めて冷静な呪術師であるドン・ファン・マトゥスにとって、「精神性」は絵空事の一つです。それは私たちがとても素晴らしいと決めつけてい るだけで、何の根拠もないのです。なぜなら、それは文学的な概念で覆われ、詩的な表現がちりばめられてはいるが、それ以上の意味を持つことは決してないか らです。
 ドン・ファンのような呪術師たちは、本質的には実践的なのです。彼らにとっては、生と死に挑戦して得られる知能とか意識がある捕食性の世界しか存在しま せん。彼は自分自身を「無限の航海者」と考え、呪術師が為すような未知の中への航海のためには、限りなく現実的で、常に覚めていて、鋼の勇気を持っていな ければならないと言っていた。
 こうしたことから考えて、「精神性」とはただ単に、日常世界のパターンの範囲内では到達することが不可能な何かを言い表しているに過ぎず、そしてそれは 実際の行動の在り方ではないとドン・ファンは信じていたのです。

問: あなたは、タイシャ・アベラー、フロリンダ・ドナー・グラウの活動と同様 に、あなたの文学的な活動もまた、ドン・ファンの指導の結果だと指摘してこられました。この目的は何でしようか?

答: こうした本を書く目的は、ドン・ファンから与えられました。彼は、たとえ作家ではなくても書くことはできるが、書くことは文学的な行動を呪術的な行 動へ変えるのだと断言しました。本の主題や展開を決定するのは、作者の知性ではなく、呪術師たちが宇宙の原理と見なしている力であり、彼らはそれを「意 図」と呼びます。それが文学的なものであろうと、その他のいかなるものであろうと、呪術師の生み出すものを決定するのは「意図」なのです。
 ドン・ファンよれば、呪術の実践者には、入手可能な全ての情報で自身を飽和する義務と恩義があるのです。呪術師の務めは、関心のある話題に関係し得るあ らゆることを徹底的に自分自身に知らせることです。呪術的な行為は、情報が取る進路を指揮しようとする興味を全て捨てることから成っています。「情報の源 泉から湧き出る考えを整えるものは呪術師ではなく、意図なのだ。呪術師は単に無欠の導管にすぎない」とドン・ファンはよく言っていたものです。ドン・ファ ンにとって、書くことは呪術的な挑戦であり、文学的な課題ではなかったのです。

問: もし、あなたの文学的作品が東洋哲学の教えに非常に近い概念を記述している と主張できるとすると、しかしそれはメキシコ固有の文化について一般的に知られていることを否定してしまいます。それらの類似点と相違点は何でしょうか?

答: 私には全くわかりません。私は両方とも学んではいないのです。わたしの作品はドン・ファン・マトゥスが私を導いた認識の世界についての現象学的なレ ポートです。哲学的な方法としては、現象学の観点から見て、綿密に調査された現象について断定することは不可能です。ドン・ファン・マトゥスの世界は非常 に広大で、非常に神秘的で矛盾したもので、それは線状に展示されたエクササイズには適合しないのです。人に出来ることはそれを記述し、そしてただひたすら 努力することだけです。

問: もしドン・ファンの教えがオカルト文学であるとしたら、このカテゴリーの他 の教え、例えばフリーメーソンの哲学、薔薇十字団の神秘思想、錬金術そしてカバラのような修練、タロットカードや占星術について、ナワリズムと比較する場 合、あなたはどのようなご意見をお持ちでしょうか? あなたはかつてそれに接触を持ったことがありましたか? あるいはそれらのまたはその信奉者と接触を 持ち続けているのでしょうか?

答: もう一度言いますと、私は前提となる思想とか、そのような修練の観点や主観をもっていません。ドン・ファンは、未知を航海するという課題を私たちに 与えましたが、私たちはこれに全ての努力を注いでいるのです。

問: あなたの作品に記述されている、集合点(assemblage point)、宇宙を形成するエネルギーの繊維、非有機的存在の世界、意図、忍び寄り(stalking)そして夢見(dreaming)などの概念は、 西洋の知識の中に同等なものがあるのでしょうか? 例えば、輝く卵はオーラを表現していると考える人がいます。

答: 私が知る限りでは、私たちがドン・ファンから教えられたものに対応するものは、西洋の知識の中にはありません。
 かって、ドン・ファンがまだここにいた時、私は、彼らの為していたことについて少しでも知っているようなグルや先生や賢人を1年間探したことがありま す。ドン・ファンが言ったり為したりすることと同じものが当時の世界にあるのなら、私はそれを知りたかったのです。
 私の方策は非常に限られており、数百万人の信者を持つ確立された指導者と会っただけで、あいにく、類似したものは全く発見できませんでした。

問: あなたの文学的な作品に専念してみると、読者たちは異なるカルロス・カスタ ネダを見出します。最初に私たちが見出すのは、ドン・ファンとドン・ヘナロのような高齢のインディアンの力に永延と戸惑う少々無能な西洋の学者です(《ド ン・ファンの教え》、《分離した現実》、《イクストランへの旅》、《力の話》、《力の第二の環》による)。その後、私たちは、シャーマニズムに精通した弟 子を見出します(《イーグルの贈り物》、《内からの炎》、《沈黙の力》、《夢見の技法》による)。もしこの評価に同意されるとしたら、あなたはいつどのよ うに一方を止めて、もう一方に成ったのでしょうか?

答: 私は、自分自身を呪術師とか、先生とか、シャーマニズムの高弟とか考えておらず、西洋世界の人類学者あるいは社会科学者と考えています。私が紹介 し、記述したものは西洋世界の線状の知識のもとでは認識できない現象ばかりでした。ドン・ファンが私に教えたことを、私は因果関係によって決して説明でき ないのです。彼が言おうとしたり起きようとしていることを予測するすべはありませんでした。そのような状況下では、1つの状態から別の状態への通路は主観 的であって、入念に作られたり、前もって計画されたようなものではなく、分別の産物でもないのです。

問: あなたの文学的作品の中には、西洋的な精神では全く信じられないエピソード も見られます。あなたが主張するように、それらのすべての「分離した現実」は現実であるということを、手ほどきを受けていない者は、どうやって確かめるこ とができるのでしょうか?

答: それは、知性ではなく全身よって非常に容易に確認できます。好事家が素早く捜し出して知識を早急に飛び過ぎるように、ドン・ファンの世界に知的に入 ることはできません。ドン・ファンの世界においては、何かを完全に確かめることはできないのです。私たちにできることは、あらゆる挙動の中で私たちを取り 囲む世界の知覚を可能にする拡大した意識状態に到着することだけです。言い換えると、ドン・ファンの呪術の目的は、歴史的で日常的な知覚のパラメータを壊 すことと、未知を知覚することです。それが、彼が自分自身を「無限の航海者」と呼んだ理由です。日常的な知覚のパラメータを越えたところに「無限」が横た わっていると彼は断言していました。これらのパラメータを壊すことが彼の人生の目的でした。彼は並み外れた呪術師だったので、彼は同じ願望を私たち4人に 教え込んだのです。知性を超越することと歴史的な知覚の境界を壊すという概念の具現化を、彼は私たちに強制しました。

問: あなたは、人間の基本的な特徴は「エネルギーを知覚する者」であると断言し ています。あなたは、集合点の動きがエネルギーを直接的に知覚するための必須事項であるとあなたは言及しています。これは21世紀の人にとってどのように 有益なのでしょうか? 以前に定義された概念によると、この目的の達成はどのように人の精神的な進歩を助けることができるのでしょうか?

答: ドン・ファンのような呪術師は、すべての人間には宇宙を流れるエネルギーを直接見る能力があると断言しています。彼らは、彼らが集合点と呼ぶもの が、人間のエネルギーの全体的な球に存在するポイントであると信じています。すなわち、宇宙に流れるエネルギーとして人間を知覚する時、呪術師は輝く球体 を見るのですが、呪術師は、その輝く球体の肩甲骨の後ろ腕一本の長さぐらいの位置により大きい輝きが1つあるのを見ることができるのです。呪術師たちは、 知覚がこの点で組立てられると主張しています。宇宙に流れるエネルギーはここで感覚データに変換され、その感覚データがその後、解釈され、結果として日常 生活の世界を作り上げるのです。呪術師は、私たちは解釈することを教えられ、それによって知覚することを教えられているのだと断言します。
 宇宙を流れるエネルギーの直接的な知覚についての実用的な価値は、21世紀の人にとっても1世紀の人にとっても同じです。それは、人が、知覚の限界を拡 大し、これをその領域内の強化に使うことを可能にします。命令の驚異と宇宙の混沌を直接見ることは並大抵なことではないとドン・ファンは言っていました。

問: あなたは、最近、テンセグリティ(Tensegrity)と呼ばれる肉体的 な修練を紹介しました。それが何であるかを正確に説明していただけないでしょうか? その目的は何でしょうか? それを実践する人が個人的に得られる精神 的な利益は何でしょうか?

答: ドン・ファン・マトゥスが私たちに教えたところによると、古代メキシコに住んでいた呪術師たちは、身体で実践すると肉体的・精神的な勇気をもたらす 一連の動作を発見しました。彼らはこれらの動作をマジカル・パス(magical passes)と呼ぶことに決めました。
 ドン・ファンは、それらのマジカル・パスによって、それらの呪術師が、言語を絶する知覚の偉業を可能にする意識の拡大したレベルに到達した、と私たちに 話しました。
 何世代もの間、マジカル・パスは呪術の実践者に教えられただけでした。動作は極秘にされ、複雑な儀式に取り囲まれていました。それはドン・ファンが彼ら に学んだ道であり、彼が4人の弟子に教えた道です。
 そのようなマジカル・パスの教えを、学びたいと希望する者に広く伝えようと私たちは努力しています。私たちはそれらをテンセグリティと呼んでいますが、 私たちはドン・ファンの4人の弟子の各人に関係していた動作を、誰にでも適した一般的な動作に改変したのです。
 テンセグリティを実践すると、個人であってもグループであっても、健康、活力、若さ、そして幸福感を促進します。マジカル・パスを行なうことは、意識を 拡張して知覚のパラメータを展開するのに必要なエネルギーを蓄積するのに役立つとドン・ファンは言っていました。

問: あなたの3つの団体のほかにも、あなたのセミナーに出席した人々は、チャッ クモールス、エナジー・トラッカーズ、エレメンツ、ブルー・スカウト . . . といった人々と出会いますが、彼らは何者でしょうか? 彼らは、あなたによって導かれた新しい世代の見る者たちでしょうか? もしそうであるならば、どの ようにすればこの弟子たちのグループに加わることができるのでしょうか?

答: 彼らは、ドン・ファンの系統を指導する者として、ドン・ファン・マトゥスが定義した存在であり、私たちは彼らを待つように頼まれていました。彼は、 彼らが出現することをビジョンの完全な部分として予測していました。彼の4人の弟子たちのエネルギー的な形態では、ドン・ファンの系統が続くはずがないの で、彼らの任務は、系統を永続させることから、可能ならば素晴らしい留め金で、それを終結することに変わりました。
 私たちは、その手順を変更するような立場にはありません。私たちは、弟子たち、つまりドン・ファンの見た活動メンバーを捜すことも引き受けることもでき ません。私たちにできる事は、意図の企画したことを黙認することだけです。
 事実、何世代にもわたって用心深く守られ、今、教えられているマジカル・パスは、実際は間接的にではありますが、人が、テンセグリティの実践を通して、 そして戦士の道の前提に従うことによって、この新しいビジョンの一部になるかどうか試そうとするものです。

問: 「無限を読む者(Readers of Infinity)」において、あなたは「航海すること」という用語を呪術師の為すことと定義して使っています。あなたは、最終的な旅をすぐに始めよう と、帆を上げようとしているのでしょうか? この知の保持者であるトルテックの戦士の系統は、あなたで終わるのでしょうか?

答: そうです。それは正しい。ドン・ファンの系統は私たちで終わります。

問: これはしばしば私自身が自問していた疑問ですが、戦士の道には他の修練で行 なうような、カップルのための精神的な行為があるのでしょうか?

答: 戦士の道はすべての物とすべての者を含みます。家族全員が申し分のない戦士であることもありえるのです。困難なことは、個々の関係は感情の投資に基 づくものであって、実践者が、学んだことを本気で実践する瞬間には、その関係は砕けるという恐ろしい事実にあります。日常生活の世界では、感情の投資は通 常は調査されることはありません。私たちは、それが報いられることを一生涯待ち続けます。私は頑固な投資者であり、私の生き方や感じ方は「他人がくれるも のだけを私は与える」と単純に説明できる、とドン・ファンは言っていました。

問: あなたの本に散りばめられた知に従って精神的に実践したいと願う人が持つべ き進歩可能な抱負は何でしょうか? 自分自身でドン・ファンの教えを実践しようとする人々に推奨することは何でしょうか?

答: もし意図が無欠の意図であるならば、個々に実行することを制限するものは何もありません。ドン・ファンの教えは精神的なものではないのです。その問 題は何度も表面化してきたので、私はもう一度繰り返します。精神性という考え方は、戦士の鉄のような修練には適合しません。ドン・ファンのような呪術師に とって最も重要なものは、実用主義という考え方です。私が彼と会った時には、私は、自分が実用的な人、客観性と実用主義によって満たされた社会科学者であ ると信じていました。彼は、私の自負を破壊し、真の西洋人として、私が実用主義的でも精神的でもないことをわからせました。日常生活の世界における報酬目 当ての様相と対比するためだけに、「精神性」という言葉を繰り返していただけであると私は理解するようになったのです。私は日常生活の商業主義から逃げた いと望んでいましたが、これを為そうと熱望することが「精神性」と私の呼ぶものでした。ドン・ファンが、精神性を定義することに結論を出すよう私に要求し た時、私はドン・ファンが正しかったことを悟りました。私は自分が何について論じているのかわかっていなかったのです。
 私の言っていることが生意気に聞こえるかもしれませんが、他に言いようがないのです。ドン・ファンのような呪術師が望んでいるものは、人間の知覚可能な 全てを知覚しえる意識を拡大させることであり、これは、西洋世界の精神性に置き換えることができない途方もない作業と不屈の目的意識を含みます。

問: 南アメリカの人々、特にチリ人に説明したいことがあるでしょうか? 私たち の質問に対する回答以外に、何か述べておきたいことがあるでしょうか?

答: 付け加えることは何もありません。すべての人間は同じレベルにあります。ドン・ファン・マトゥスは、私の見習い期間の最初に、普通の人の状況がどう であるかを私にわからせようとしました。南アメリカ人として、私は、知性に関しては、社会的な改革という考えに非常に熱中していました。ある日、私は、ド ン・ファンに致命的であると思える問題について尋ねました。あなたの仲間であるソノラのヤキ・インディアンが恐ろしい状況にあるそばで、どうしてあなたは 冷静でいられるのか?
 私は、ヤキ族の人口の何パーセントかが結核を患っていながら、経済的状況のため、治療を受けられないことを知っていました。
 「そうだ」とドン・ファンは言いました。「それは悲しいことだ。だが、お前が自分の状態をヤキ・インディアンより良いと誤解して信じているとしたら、お 前の状況もまた悲しいものだ。一般的に、人間はぞっとするような大混乱の状態にある。誰も他のものほど順調ではない。わしらはすべて死にゆく存在であり、 わしらがこれを認めない限り、わしらに救済のすべはない」。
 私たちが死にゆく存在であることに気づくこと、これは呪術師の実用主義のもう一つのポイントです。私たちがこれを為す時、あらゆるものが超越した命令と 手段を取得する、と彼らは言っています。






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