私たちは普段、もの忘れをしたり、言葉の意味を取り違えたりすることはありますが、特に日常生活で困るほどでなければ、それは「ど忘れ」や「天然ボケ」として笑い飛ばしています。ところが、もしその忘れることや分からなくなることが私たちの生活を脅かすこととなったらどうでしょう?それは、もはや自分が自分でなくなってしまうことにはならないでしょうか?
この映画は、忘れていく病気であるアルツハイマー病を患ってしまった主人公のそんな恐怖とその後の受容を、本人の目線で分かりやすくそしてリアルに描いています。まさにドキュメンタリーのような映画です。また、主人公は働き盛りの中年というどこにでもいそうな男性で、そして舞台はどこにでもありそうな会社と家庭であり、私たちは主人公やその妻の生き様に強く共感し、考えさせられます。
主人公は49歳のサラリーマン。仕事に油が乗ってきているさなか、身の回りで今まで決してなかったことが起こり始めます。まず、会社のお得意先との仕事の打ち合わせをすっぽかし、しかもその約束をしたこと自体を丸ごと覚えていない事態が起きます。さらに、家では、シェービングクリームを買ったこと自体を覚えておらず、毎回、買い続けて、洗面所にいくつも貯め込むという事態も起きます。一口にもの忘れと言っても、ある出来事の一部分ではなく、丸ごと忘れてしまう場合は、「記憶の抜け落ち」と呼ばれ、健忘という記憶障害です。忘れている自覚(病識)がなく、つまり「忘れていることを忘れている」状態に陥っています。
また、主人公は、過労やアルコールのせいもあり、頭痛、めまい、だるさなどの体の不調にも悩んでいますが、これらは、この病気の初期の症状と言えます。ただ、実際の臨床では、年齢から健忘もうつの症状ととらえられ、うつ病と誤診されることがあります。
主人公は、心配した妻に連れられ病院に行きます。サラリーマンとしてそれなりのプライドのある主人公は、医者の前で生活に何の問題もないように振る舞いますが、もの忘れの問診検査(改訂長谷川式簡易知能評価スケール)で、ついさっき聞いたことや見たことを思い出せないという即時記憶の障害が判明します。30点満点で20点未満であれば認知症が疑われますが、主人公は19点でした。

その後、精密検査が進められます。頭の画像写真(MRI)で記憶を司る海馬を中心とした全体的な脳の縮み(全般性脳萎縮)が見られます。脳血流の検査(SPECT)では、脳のある部分(後部帯状回)が著しく血の巡りが落ちていることが確認できました。
症状、問診検査、精密検査を総合的に判断の上、アルツハイマー病と診断され、告知されます。アルツハイマー病は、アルツハイマー型認知症とも呼ばれます。
主人公はその現実を受け止められず、あまりのショックで取り乱し、思わず屋上に上がりフェンスを越えて、衝動的に飛び降り自殺しようとします。なぜなら、会社で大きな仕事を任された大事な時期であり、その落差に耐えられなかったからです。
一般的に、アルツハイマー病の発病年齢は、70歳代です。つまり、自分の子どもが巣立った上に退職年齢を過ぎてしばらくしてからというタイミングです。主人公のように65歳未満で発症した場合は、若年性と呼ばれますが、その違いは、単に年齢が若いというだけでなく、体力的には健康であり、仕事をしており、家族の中でまだまだ中心的な役割を担っていることなどから本人にとってまだやり残したことがあり、人生に未練が多い点です。まだ若いだけにやれることが多く、少しずつやれることがやれなくなっていく恐怖や苦しみから絶望的になるのでした。

追いかけてきた専門医が主人公に言います。「僕にはできることがある」「自分のできることをしたい」と。それは、同時に主人公にも当てはまるメッセージでもありました。まさに「できること」が刻々と限られていく主人公にとって、その瞬間、その瞬間を精一杯生きることが自分らしさであることに気付かせてくれます。「もし今までの自分が消えてしまうのなら、何かを残したい」と。若年性での発病ならではの発想です。生きた証が欲しいのです。
「ゆっくり死ぬんだよ」「おれがおれじゃなくなっても平気か?」と言う主人公に、妻は「私だって恐い」「家族だもの」「私がずうっとそばにいます」と言い、寄り添います。病気に対して一丸となって向き合うことで、夫婦の愛と絆を確認し合い、夫婦の結束が生まれ、主人公は勇気付けられます。
主人公は会話の中で、たびたび人やものの名前が出てこなくなり、指示も「あれ」「それ」などの代名詞が多くなっていきます。また、「ディカプリオ」を「デカプリオ」と言い間違えるなど言い間違えも増えていきます。主人公がラストシーンで再会する陶芸の師匠も認知症を患っている様子で、「パラダイス」を「パダライス」と言い間違えて歌っていました。症状が進んだ場合は、文法などの間違えも出てきて、やがて無言になっていきます。このように、言葉がちゃんと出なくなり、うまく話せなくなることを失語と呼びます。

また、主人公は、携帯ストラップの先のヒモを携帯のヒモ穴に入れられず、不器用になっています。症状が進むと、歯磨きや着替えの仕方も分からなくなっていきます。このように体の動かし方が分からなくなることを失行と言います。さらに、部下と行った食堂では、見慣れた部下たちの顔が一時的に認識できなくなります。その後、プレゼンをしているある部下の顔が見慣れない顔に変形して見えてしまい、戸惑っています。出先では見慣れた街並みに違和感を抱き迷子になります。ちょうど私たちにとって外国人の顔や外国の街並み、外国語の文字の区別がしづらいように、全てが見慣れない同じ顔や景色として目に映ってしまうのです。このように、顔、街並み、色彩、文字などの違いが分からなくなっていき、人やものごとが全て同じように見えてしまい認識できなくなることを失認と呼びます。
会社のロビーを歩く主人公は急に立ち止まり、自分が何をしているのか見当がつかなくなりますが、「10月29日(金)退社」のメモで我に返るシーンがあります。今がいつでここがどこなのかという時間や場所の見当がつかなくなってきたら、見当識障害と呼ばれます。
このように、健忘、見当識障害、失語、失行、失認などの症状は、認知症の中核となる症状なので、中核症状と呼ばれます。
会社にはアルツハイマー病であることが知られてしまい退職を迫られて辞表提出しますが、その直後、社内で見ている世界が歪んでいき、会社の人たちが全員自分の方を見ていたり、妻や娘の婚約者が何人も出てきたり、昔の娘が出てきて話しかけられたりと訳の分からない状態に陥ります。これはせん妄です。意識が低下して濁ったドロ水の中にいるような寝ぼけの状態(意識混濁)になると、見間違い(錯覚)や見えないものが見える(幻覚)などの状態(意識変容)が起こります。まさに、白昼夢です。主人公の目線から見ているため、その時の恐怖感が生々しいです。
また、病状が進むと、「浮気してんだろ」と妻に迫る嫉妬の妄想や、「こんな男でゴメンな」と泣きじゃくる感情失禁も出てきます。さらには、妻とケンカして気が付いたら、妻の頭を角皿で殴り流血させてしまう暴力行為も出てきます。表情も乏しくなり、目つきも変わってきています。主人公が自ら見学した介護施設に入所していたある年配の女性は、満面の笑みでニコニコしたまま日中を過ごしています。多幸症です。このように、病状が進むにつれて、人格そのものが変わってしまうことを人格変化と言います。ラストシーンで主人公は、かつて妻にプロポーズした思い出の陶芸の窯の場所に、昔の妻の幻覚に導かれながら彷徨い着きます。昔に過ごした場所は覚えており、思い出の場所まで辿りつくことができるのでした。そこには、若かりし頃の自分や妻の幻覚がいます。

そして、ついに捜索にやってきた妻を目の前にして、もはや妻が妻であると分からず、25年間連れ添った妻に対して自己紹介する姿は、さらに認知症が進んだことを物語っています。悲しくもありますが、同時にまた主人公が妻を立ち止まって待っている様子からすると、それは、彼の心の中では妻との思い出が丸ごとなくなり、ちょうど妻に出会う若い頃に若返り、また一から好きになり始めているということをほのめかしているようです。
主人公は、進行を遅らせる抗認知症薬の内服を始めています。また治療の一環として、日記をつける、手先を使う陶芸をやるなどの認知症リハビリテーションも試します。書いたり、手先を動かすことが脳への刺激になるからです。
妻が怒って接してしまったために主人公が暴力を振るってしまう場面がありますが、このように、感情的に接することは、本人の自尊心を傷付けて病状が悪くなるだけだということが良く分かります。家族のかかわりのポイントとしては、決して怒らず、本人に「できることをさせる」「できないことはさせない」というスタンスをアドバイスすることがよくあります。そうすることで、本人ができるという自尊心が守られ、自分の居場所があるという実感で、暴力などの周辺病状が落ち着くのです。本人が戸惑わないように、家の至るところに張り紙をして、指示を分かりやすくすることも効果があります。

月日が経つにつれて、主人公が少しずつ赤ちゃんに帰っていく様子は分かりやすいです。孫娘には、すでに遊びの主導権を握られています。庭に植えられた木を見つめているシーンは、まるで主人公が植物に変わりゆくのを悟っているようにも見えます。日差しが心地良く、雨が嬉しいようです。進行には個人差がありますが、生存年数はだいたい5年から10年で、主人公は発病から6年でほぼ寝たきりになっていました。傍らに、孫娘の成長の写真が飾られていますが、孫の成長と主人公の病気の進行は、絶妙なコントラストになっています。
陶芸の窯主の師匠は、主人公よりも認知症の症状が進んでいますが、山小屋での独り暮らしを続け、陶芸を心得ています。主人公に指導して、野焼きで陶器を完成させます。熱せられて醸成された器は、あたかも血流の低下により縮んでしまった主人公の脳に重なり、ラストシーンでその器には妻により温かいお茶が注がれています。
師匠は力強く言い放ちます。「わしはボケてなんかおらんぞ」「そんなことはおれが決める!」「生きてりゃいいんだよ」と。そして、焚き火で焼いた玉ねぎを主人公に振る舞います。主人公が焼けた玉ねぎを丸ごと食べる様子は、自然に帰り素朴に生きる力強さや喜びに溢れています。それは、主人公がかつて勤めていた会社が求めていたようなスピード、効率、生産性が求められる世界とは真反対で、現代の情報化社会で求められている価値観に警鐘を鳴らしているようです。まるで、老いることへの現代の価値観が認知症の患者を作り上げ、彼らを追いやっているような感覚にさえ囚われてしまいます。

「明日の記憶」というタイトルは逆説的です。私たちも主人公の立場に立ち、いろいろなことを忘れて行き、自分が忘れて行くという運命を受け止めた時に、最後に忘れてはならないものを考えさせます。記憶とは、自分だけのものではなく、自分と相手とを結び付け、さらには、分かち合い信頼し合うことを通して、自分が相手の中で生き続けるものでもあります。そして、その記憶こそが、「明日の記憶」であると言えるのではないでしょうか?