黙契



↓次へ  TOPへ   



 シナリオ  黙  契

 ―― 母なる愛よ 愛なる母よ ――


(1)


捨石 喜市



登場人物


その息子
女に言い寄る男
村人たち
その他




(1)貧しい漁村の浜
 水際の仕置き小屋にが杭に縛られている。
 波が女の足元をひたひたと浸している。
 女は無表情に(涙も枯れ尽くしたのか)次第に足元を這い上がってくる波を見つめている。
 満ちてくる波は、女の脚、腰、腹、胸へとじわじわ上がってくる。
 女がふと顔をあげると、若い男が小屋の入り口に立っている。
 女  「(気弱げに)大丈夫だよ。汐は首までしかこない。ひと晩、潮に浸かっていれば、赦免してくれるんだよ」
 若い男、悲しげに女を見ている。
 打ち寄せる波。
 肩を落として浜辺を去る若い男





メイン・タイトル   「黙   契」






(2)路傍(朝)
 若い男が道端に蹲って口に指を突っ込み、吐いている。最早なにも出るものはないのに、なおも指を突っ込んで吐こうとしている。
 通りかかった農婦が怪訝な顔で若い男を覗き込む。
若い男 「放っといてくれよ!」
 その目には涙が溢れている。
 農婦、肩をすくめて去っていく。
 若い男、さらに指を口に突っ込み、えづく。
 女 (語り) 「あれは、わたしの一人息子なんです。たったひとりの、珠よりも大事な、可愛い息子なんです」

(3)女の家(昼)
 殆ど穴居の貧しい家。
 、薄暗い家の中で藁を打っている。
 入り口に誰かが立つ。
 眩しげに目を細めて入り口を見る
 若い男がシルエットになって立っている。
若い男 「母さん……」
 、眩しげにその影を見つめている。
 女 (語り) 「朝廷おかみ防人へいたいにとられていた息子は、軍の移動があり近くまで来たので、特に賜暇やすみを貰って帰ってきたのでした」
 思わず息子に抱きしめ、しばらく離さない

(4)海辺
  海に潜って鮑や若布などを採っている。

(5)浜の岩場
 岩場の蔭からが海に潜るのを見て、驚く村の男

(6)海に潜る女(スローモーション)
 海面で大きく息を吸い込み、頭から勢いよく潜る。意外に若々しい体の、濡れた線が踊る。

(7)
 、海からあがってくる。肩に若布の束を担ぎ、手にした袋には鮑がぎっしりである。濡れた着物の衿がはだけ、豊かな胸が露わになっている。
 岩場で覗いていたが、の道をさえぎる。
 男 (字幕) 「何をしていた?」
 、軽蔑しきった目でを一瞥し、相手にせずに行こうとする。
 男 (字幕) 「見たぞ。お前、村の掟を破ったな」

 、いきなりに抱きつく。
 女 (語り) 「村の掟を破ってこの時季に海に入ったところを見られていたというのが不運でした。この男は前々から独り身の私に色目を使っていた、いやな奴だったのです」
 男 (字幕) 「魚心あれば水心だ。俺が黙ってさえいれば――」
 、女の体をまさぐり、荒い息を吐く。、おぞましさに耐えようとするが、男の手が秘所にのびようとするのを耐え切れず。男を振りほどく。
 男 (字幕) 「村のみんなに知れてもいいのか!?」
 、手にした鮑の袋で男の頭をしたたか殴りつける。下帯をはずしかけた格好のは防ぎようもなく、モロに頭を打たれて、その場にひっくり返る。
 女 (字幕) 「お前のようなクズにさせてやるほど男日照りじゃないさ!」
 男 (字幕) 「畜生! おぼえてやがれ!」
 女 (字幕) 「勝手にするがいいさ!」
 、ひっくり返っている男に脚で砂を蹴りかけて去る。
 女 (語り) 「息子に旨いものを腹いっぱい食べさせてやりたい気持ちが先に立って、それを邪魔しようとするこの下種ゲス男が我慢ならなかったのです。息子は明日にはまた軍に戻っていかなければなりませんでした。今度逢えるのはいつのこlとか、戦さが始まればもう二度とは逢えないかも知れないのです。今夜ひと晩のために、私は出来るだけのことをしてやりたかったのです」

(8)女の家(夜)
 息子が貧しいなりに精一杯の食事をしている。
 素焼きのナベが石積みのカマドにかかっており、その中に女が採って来た若布や鮑、息子が山で獲ってきた鳥などがごった煮になっている。
息 子 「母さんの作ったメシは、やっぱり旨い。防人へいたいのメシなんかまずくて喰えたもんじゃないよ。うちは、いいなあ――」
 、まんざらでもない様子で汁を啜る。
 女  「お前が防人へいたい徴用とられた時には、もう二度と会えないのじゃないかと、幾晩も泣いたものだけど、少し見ない間にすっかり逞しく男らしくなってさぁ……。母さん、お前の元気で無事なすがたをもう一度見ることが出来て、嬉しいよ――」
息 子 「…………」

(9)夜の道
 真っ暗な中を、松明の群れが一筋、流れていく。

(10)女の家
 女  「(息子をうっとりと眺めながら)お前、ずいぶん父さんに似てきたんだね。はじめは父さんが帰ってきたのかと思って驚いたよ――」
息 子 「父さん、か――」
 、炉に小枝をくべる。
 女  「父さんと出逢ったのは、今のお前と同じくらいの頃だったよ。一目見た時からもう父さんのことばかりしか考えられなくなって……魂を吸いとられてしまったんだろうねぇ、一日中ぼんやりと父さんのことを考えていたことだって何度もあった」
 極貧の女の家の様子。襤褸ぼろ同然の衣服をまとっている女の姿。
 女  「あの人が初めて母さんに声をかけてくれた時は、天にも昇る気持ちだった」
 昔を思い出して、照れくさげに笑む女。
 女  「夢かと思ったよ。あの人はおさの一人息子だし、こちらは村でも一、二の貧乏人の娘だったからね。父さんも私のこと好いていてくれたんだって。嬉しかった。本当に嬉しかったものだよ……」
息 子 「親父とは、だけど一緒にはなれなかったんだろう?」
 女  「――仕方ないよ。世の中にはどうしようもないことだってあるのさ。何をどう頑張ってみても、人の力ではどうにもならないことがあるんだよ」
 、ふっと溜息をついて、ナベの中をかきまぜる。
息 子 「親父はどんなひとだった?」
 、遠い日を見る目で、
 「そうだねぇ……、どんな風にいったらいいのか。男らしい男だったよ。優しくて、逞しくて、思ったことはどこまでも貫き通す――。私とのことだってそうさ。親の反対を押し切ってまで一緒になろうとしてくれたんだから。あの人は、男の中の男だった――」
 息子、ナベの中から鳥の肢を取り出してかぶりつきながら聞いている。
 女  「父さんは、親の家を飛び出して私と一緒に暮らすようになった」
息 子 「式は?」
 女  「そんなもの挙げられるわけもないじゃないか。誰一人、私の親までが反対してるんだよ。父さんと母さんは二人きりで村はづれに小屋をこしらえて一緒に暮らした。村八分同然だったけど、それでも幸せだった。あの人と一緒に暮らせるだけで、涙が出るほど幸せだったよ」
 息子、ナベのものを喰いながら聞いている。

(11)夜の道
 松明の列が近づいてくる。
村人A(字幕) 「村の禁を破って漁をしたのは間違いなかろうな?」
 男 (字幕) 「俺ァこの目で見た、間違いねえ」

(12)女の家
息 子 「親父のこと、離してくれたのは初めてだ」
 女  「そうだったかね――」
息 子 「そうだよ。母さんはいつも働いてばかりで、話すヒマなどなかったんだ。働き詰めに働いて俺を育ててくれた」

(13)(女の回想)
 村の女たちが浜で働いている。海から昆布を担いであがってくるものもいれば、それを浜に干すものもいる。
 息子(3歳)、女たちの間をウロチョロして母をさがしている。
 、他の女たちが焚き火にあたって談笑している間も、下働きだから休みなく働いている。
 息子、母を見つけて嬉しそうに寄って来る。
息 子 「かあちゃん」
 、ちらりと息子を見るが、構ってはおれない。
息 子 「かあちゃん……」
 女  「うるさいね! 母ちゃんは忙しいんだ、あっちで遊んどいで!」
 ベソをかく息子。

(14)女の家(女の回想)
 、疲れきって家に帰ってくる。
 薄暗い家の中。子供が寝ている。泣き寝入りしたのだろう、息子の頬に涙の痕。
 、しばらく息子の寝顔に見入っているが、次第にその目に涙がこみあげてくる。
 、突然に息子を抱きしめ、嗚咽する。

(15)女の家(現在)
 炉の火がパチリとはじける。
息 子 「母さんには苦労をかけた。ようやく一人前にしてもらったと思えば、すぐにも防人へいたいにとられてしまうし……」
 女   「それはお前の所為じゃない。お前がそんなことを気に病むことはないんだよ」
息 子 「国を守るためだから――と海を渡ってまで戦わねばならない。わざわざ異郷に出張でばってまで殺し合いをして、一体俺たちの何を守ることになruんだろう……。この三年、俺は五度、戦さをしたんだ」
 女  「それで手柄を立てたから、こうやって賜暇やすみが貰えたんじゃないか」
息 子 「五度の戦さで人を殺した。何人も殺した。人を殺して手柄を立てて、こうやって母さんに逢っている……」
 女  「…………」
息 子 「いいんだ。もういい。母さんにあえたんだから、そんなことはもういいんだ」
 、息子の言葉に何かしらの翳りを感じとり、不安げに息子の表情を窺う。
(16)女の家へ続く道(夜)
 松明の群れが遠巻きに女の家を囲む。
村人1(字幕) 「掟は掟だ。破るものが出れば、オラ達の暮しが成り立たねえ」
村人2(字幕) 「同情なんかしてられねえぞ。事情はどの家にだってあるんだ」
村人3(字幕) 「例外をひとつ認めたなら、あとはもう始末におえねえことになる」
 松明の群れ、女の家に向って、次第にせばまっていく。(F.O)

(17)(仕置き場)
 杭に縛りつけられた女の、喉元まで汐がきている・
 の顔。虚ろである。
(声) 「後生だから! 今夜だけ! 今夜ひと晩だけ! どこへも逃げたりなんかしないから、今夜だけ息子と一緒に居させておくれよ! お願いだよ……、後生だからさぁ……」
息 子(声) 「母さん……」
 (F.O)

(18)女の家(昼)
 散らかった家の中。村の者につかまった時のままである。
 呆然と家の中を見まわす女。力なくその場にへたり込む。
 女  「人でなしどもが!……」
 声のない嗚咽がこみ上げてくる。

(19)海で働く女
 息を深く吸い込んで、勢いよく潜る女。
 女 (声) 「息子が死んだということを知ったのは、それから間もなくでした。本当は手柄を立てて休みを貰ってなんかいなかったんだそうです」

(20)山の中を逃げる息子(ソラリゼーション)

(21)息子を追う短甲よろい姿の兵士たち(同)

(22)逃げる息子(同)

(23)床のなかでうなされている女

(24)こけつまろびつ逃げる息子
 爪は剥げ、脚は笹に切られて血だらけである。

(25)追う兵士たち
 その動きはテキパキとしており、次第に逃亡者を追いつめていく。
(声) 「好きな娘に逢いたいために軍を脱けたのだそうです。追われて、逃げて、その途中で私のところへ寄ったのでした」

(26)追いつめられた息子
 森をようやく脱け出たと思うと、そこは丸くくりぬいたような滝壷のヘリの断崖。逃げ場はもうない。
 突然の崖っぷちに、呆然と佇む息子。

(27)寝床からガバと起きる女
 女  「あ〜っ!!」
 (オーヴァラップ)
(28)追いつめられ、崖から跳ぶ息子
 滝壷に拡がる波紋。
 (オヴァラップ)
(29)恐怖と苦悩に歪んだ女の顔
 女 (声) 「息子は結局、好きな娘に逢うことは出来ないままでした。結ばれることのないまま死んでしまったのです……(嗚咽)」

(30)浜で働く女
 気が抜けたように、力なく働いている。
浜の女1 「可哀相は可哀相だけどさ、仕方ないんじゃないか?」
浜の女2 「兵隊から抜けようなんてするからこんなことになるんだわさ。身から出た錆だよね……」
浜の女3 「親が親なら、息子も息子だよ」
浜の女1 「そんな風に言っちゃ気の毒じゃないか――」
浜の女3 「悪いのは自分たちなんだから、誰を恨むわけにもいかないよ」
 、黙々と網を干している。

(31)村長の家の前庭(夕方)
 一日の漁の分配をしている。籠いっぱいの魚を抱えて帰るものもいれば、そうでないものもいる。は一番最後に、余り物の魚を2〜3匹、籠に入れられる。
 とぼとぼと家路につく
 子供たちが屈託なげにはしゃぎながらその脇を駆け抜けていく。
 虚ろな目で子供たちを見る

(32)女の家
 炉に素鍋をかけて魚を煮る。火はちょろちょろとしか燃えていない。
 虚ろな表情の、消えかけた火を小枝でかき混ぜる。
 女  「なんてこったろう……、一体、何の罰でこんな目に遭わなければならないんだろうか――」
 女  「親がちゃんとした式を挙げられなかったからって、その子まで同じ目に合わなくたっていいじゃないか! 好いた同士が祝福された式を挙げなければ成仏できないなんて――そんなことは嘘っぱちだよ! 誰がそんなことを決めた?! 嘘に決まってるじゃないか!! ……あんまりあの子が可哀相じゃないか」
 女  「せめて、最後の晩くらい腹いっぱい旨いものを食べさせてやりたかった。ゆっくりと話を聞いてやりたかった……」
 (オーヴァラップ)
 村人たちに踏み込まれ、家から引きずりだされる。ナベがひっくり返り灰神楽があがっている。
 (オーヴァラップ)
 、ひざ小僧を抱いて炉の火を見つめている。顔が歪んで、涙が頬を伝う。
 (フラッシュ・バック)
 にいいよる村の男
 (フラッシュ・バック)
 、キッと顔を挙げる。
 女  「……あいつだ。あいつが台無しにしたんだ。畜生!!」

(33)海辺の道
 旅支度のが歩いていく。
 女 (声) 「このままでは息子は浮かばれません。好いた相手と添い遂げられないままに死んだ人間は、思いを断ち切れずに、あの世にも行けず、この世にも戻れず、鬼となって未来永劫、あの世とこの世のあいだをさ迷いつづけなければならないのです。そんな息子が不憫で、哀れで、かなしくて……」

(34)村のはずれの道
 にいい寄った村の男が倒れている。ヒクヒクとかすかに痙攣していたが、やがて動かなくなる。傍らに血のにじんだ子供の頭ほどもある石が転がっている。目をむいて死んだの顔に蝿がたかる。

(35)真っ黒な画面
 女 (声) 「昔、誰かに聞いたことがあります。好きな相手と結ばれないままに死んだ者は、同じように想いをこの世に残したまま死んでしまった相手を見つけて結びつけてやらねば、成仏できないのだそうです。そんな娘を探して契らせてやらなくては、息子はいつまでも鬼となって幽界をさ迷わなければならないのです――」
 (フェイド・イン)
(36)曠野をひとり行く女
 荒れた野には木さえ満足に生えてはいない。風が吹きすさぶ中、脚を引きずりながら歩く
 風に髪を巻かれた女の顔。
 その目にはすでに狂気が宿っている。

(37)とある村
 竪穴の家が3〜4軒点在するだけの、いかにも貧しげな村。
 そのひとつからが叩き出される。
 家の中から罵声が飛ぶ。
家の女(声) 「縁起でもねえことをいいやがる! 何て女だろう! 子供たち、構わないから石ぶっつけておやり!」
 がよろよろと立ち上がったところへ、子供たちがはやしたてながら石を投げつける。
 、キッと子供たちを睨みつけ、
 女  「いい加減にしないか、このガキ共!!」
 その形相の物凄さに子供たちは一瞬ひるむ。
 、石をぶつけられた体のあちこちをさすりながら去る。
(つづく