軍艦アパート
| 今更ながらですが、軍艦アパートの写真をアップします。 後述する様に、解体される直前に偶然通りかかり、翌週撮影したものです。 永らくほったらかしにしていましたが、10年後の今になってやる気だしました。 2016.4.21 軍艦アパートの詳細は多くのサイトで紹介されているので簡単に説明します。 正式には大阪市営下寺住宅といい、日本橋の電気屋街のすぐ東側にありました。 1931年(昭和6年)竣工当時は鉄筋コンクリート3階建てが8棟、264世帯。 風呂こそなかったもののガス、水洗トイレが各世帯にあり、ダストシュートも備え 付けられていて、当時としては最新の設備でした。 そして年月が経ち、75年後の2006年に老朽化のため解体されましたが、その 時点でさえ家賃が数百円と驚異的に安かった事もあり、3世代に渡って住み続た 人達もいました。 これだけ長く住んでいると、例え賃貸でももう殆ど自分の物の様なもの、ドアや、 出屋(でや)と呼ばれる出窓の様な部分などは各世帯で好きなように改造し、共用 部分であるべき屋上にもロッカーだの植木鉢棚など設置していた様です。 解体時点では日本最古の鉄筋公営住宅でした。 住民退去になる以前から廃墟化した空き室も幾つかあったと見られます。 廃墟の神様のお導きか??? 私はその日、電気屋街に行った後、谷町でのアポに少し時間があり、天気も良かった ので散歩がてら歩いて行こうとしたところで軍艦アパートに出会いました。 何だこれは!! 九龍城か?!? と見ると歩道に三脚を立てて写真を撮っている人が・・・ 凄いですね、と話しかけると、前夜にニュースでやっていた、もうすぐ取り壊される らしいですよとの話でした。その時点で年季の入った廃墟マニアであったこの私が 知らないなんて、と思ったがそれも道理、直前まで人が住んでいて廃墟ではなかった のです。 で、次の休日にカメラを持参し、写真を撮りました。他にも何人か同じ目的の人が いましたが、全住民が退去してから解体のために封鎖されるまでの僅か数週間、 自由に出入りできる期間にたまたま行き当たったのはまさしく奇跡です。 廃墟の神様ありがとう (^^) |
| 初めて目にした光景がこれ。あらためて見るとそれ程衝撃的では ないな・・・ |
| 引っ越しの時に捨てたであろうゴミの山 |
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| 中庭には神社もありました。お祭りとかもしていたのでしょうか。 |
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