| ▼ | 友ケ島は和歌山県に属し、淡路島と和歌山の間、大阪湾への 入り口に位置しています。本来は沖の島、神島、虎島、地の島 の4つの島の総称ですが、一般的に友ケ島と言えば沖の島の 事を指します。 と言うのは地の島は周囲が絶壁で、殆ど利用されておらず、 神島は淡嶋神社の起源とされ、宗教上また神話上重要な場所 ではありますが沖の島の脇にへばりつく様にして存在する小島 に過ぎず、また虎島は事実上、沖の島と地続きと考えられてい るからです。従って友ケ島と言えば、神島および虎島を従えた 沖の島の事を指します。 明治時代には戦争の主役は戦艦でした。友ケ島はその位置す るところから大阪湾を守る要所と考えられ、砲台が設置されま した。虎島を含め、全部で6つの砲台跡があります。 横並びで、淡路島と本土の加太地区にも砲台が設置され、総 称して由良要塞と呼ばれます。 |
| ▼ | 友ケ島(沖の島)は全長約3キロ、最大巾約1キロ、全周7キロ 足らず、最高地点の標高120mに過ぎません。 軍事上の重要地点であった為、民間人の居住は第二次大戦 終了までありませんでした。現在でも旅館が3軒ありますが住 民登録をしている人は無く、法律上は「無人島」です。 かつては夏季には南海電車が難波から「友ケ島号」と言う臨 時列車を出す程、海水浴客で賑わったそうですが、年々訪れ る人も減り、2002年に南海が全面撤退した時には完全無人 島化の危機に見舞われました。 しかし地元で連絡船の運営を引き受けるところがあり何とか存 続しています。往復2千円の船賃は寄付のつもりで払いましょ う。 砲台跡はその独特の雰囲気からしばしば映画のロケに使わ れたり、テレビのバラエティー番組にも出て来たりします。 その他クソゲーとして有名だった「デスクリムゾン」の冒頭シー ンに第3砲台が使われています。 |
| ▼ | 明治に砲台が設置される以前から友ケ島、特に虎島には修験 道の聖地があり、行者が訪れていました。砲台設置後、民間人 の立ち入りが禁止された後もこれらの修行者だけは特別に許さ れていたと言う事です。 |
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