友ケ島について

友ケ島は和歌山県に属し、淡路島と和歌山の間、大阪湾への
入り口に位置しています。本来は沖の島、神島、虎島、地の島
の4つの島の総称ですが、一般的に友ケ島と言えば沖の島の
事を指します。
と言うのは地の島は周囲が絶壁で、殆ど利用されておらず、
神島は淡嶋神社の起源とされ、宗教上また神話上重要な場所
ではありますが沖の島の脇にへばりつく様にして存在する小島
に過ぎず、また虎島は事実上、沖の島と地続きと考えられてい
るからです。従って友ケ島と言えば、神島および虎島を従えた
沖の島の事を指します。
明治時代には戦争の主役は戦艦でした。友ケ島はその位置す
るところから大阪湾を守る要所と考えられ、砲台が設置されま
した。虎島を含め、全部で6つの砲台跡があります。
横並びで、淡路島と本土の加太地区にも砲台が設置され、総
称して由良要塞と呼ばれます。
友ケ島(沖の島)は全長約3キロ、最大巾約1キロ、全周7キロ
足らず、最高地点の標高120mに過ぎません。
軍事上の重要地点であった為、民間人の居住は第二次大戦
終了までありませんでした。現在でも旅館が3軒ありますが住
民登録をしている人は無く、法律上は「無人島」です。
かつては夏季には南海電車が難波から「友ケ島号」と言う臨
時列車を出す程、海水浴客で賑わったそうですが、年々訪れ
る人も減り、2002年に南海が全面撤退した時には完全無人
島化の危機に見舞われました。
しかし地元で連絡船の運営を引き受けるところがあり何とか存
続しています。往復2千円の船賃は寄付のつもりで払いましょ
う。
砲台跡はその独特の雰囲気からしばしば映画のロケに使わ
れたり、テレビのバラエティー番組にも出て来たりします。
その他クソゲーとして有名だった「デスクリムゾン」の冒頭シー
ンに第3砲台が使われています。
明治に砲台が設置される以前から友ケ島、特に虎島には修験
道の聖地があり、行者が訪れていました。砲台設置後、民間人
の立ち入りが禁止された後もこれらの修行者だけは特別に許さ
れていたと言う事です。
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