*8月13日(土)  旅行1日目*





結局ほとんど寝ないまま、飛騨高山旅行に出かけることになった




いくら夏期講習で疲れていたとは言っても、憧れの(そう。憧れの。)飛騨高山へ行けるという思いが、興奮となって僕の中に内在していたんだろう





地元の駅で始発電車に乗ったのは午前5時37分だった



まず当面の行き先は大阪の東梅田駅だ




そこで高山行きの高速バスに乗り換えることになる





辺りはまだ地元



見慣れた風景。高校の電車通学時代も含め、何度も何度も見た景色



昔から知っている地元、それがここだ




一方で・・・まだ見ぬ土地、高山を想像してみる




写真で見た風景を頭の中で思い浮かべる




知っている。でもそれは実際見たことはない「まだ見ぬ土地」





「あまりに見慣れた地元」と「まだ見ぬ高山」




頭の中で両者がリアルにつながらない、妙な感覚を覚える



自分の知っている景色はどこまでだろう



自分の知らない景色はどこからだろう




その境界を想像する




・・・やはり分からない





じゃあ、あれほど憧れた「高山」はなんだと言うのだろう?




知らないということ、それはつまり「空想」の域を出ないのではないか




「空想の高山」がその内「リアルの高山」に変わっていくのだろうか




再び想像してみる




・・・やはり分からない




なんだか、この知っている地元さえも「空想」に感じてしまう




寝不足のせいなのか、それともやはりただの興奮が内在しているだけなのだろうか









JRから地下鉄に乗り換え、東梅田駅に着いたのは7時半を回った頃だった



バス乗り場に向かうと、すでにたくさんの人だかりができていた




どうやら色んな方面へ行く乗客のようだ



関東方面、九州方面、愛知万博行き、USJ行き・・・





(この内、高山へ行く人はどれだけいるんだろう)



そう考えたのは、一人旅の寂しさだったのかもしれない




「仲間」を探すことで「安心」を得るのは、人間誰だってそうだろう



たとえその「仲間」が「他人」であったとしても。







バスが到着したのは、予定の8時37分より10分ほど遅れた頃だった



「渋滞のため、高山行きのバスが遅れています」




バス会社の人がそう叫んでいた







結果として、この「渋滞」が後々まで尾を引くことになる






バスは定員50人ほどのマイクロバスで、僕が乗ったのは2号車だった




座席は左右に二人がけになっていて、ほとんどの乗客が二人セットに座っていた




席の座りごこちは決していいものではなかった




背もたれは固め、前の座席との間隔も狭い





バスが発車してすぐに、明らかに渋滞に捕まっているのが分かった




高速道路に乗ってもロクにスピードは出ないし、ほとんど動かず停車している状態が続く





「お盆なので渋滞がすごく、予定より遅れて到着することになりそうです」




そんな現実的でもあり、言い訳がましくもある運転手のアナウンスをこの先何度聞いただろうか




最初は「1時間程度、到着時間が遅れます」がやがて「2時間」、「2時間半」・・・その内、到着時間に触れなくなったことに他の乗客たちは気づいていただろうか





やっとトイレ休憩を取ってもらえたのは、出発から4時間後の1時前だった




(腹ごしらえしておこう)




そう思った矢先




「急いで出発したいので、トイレは5分以内に済ませて戻ってきてください」




そんなことを言われた




仕方なくトイレを済ませて、露店のフランクフルトを急いで購入





それが空腹地獄の始まりだった





朝5時にコンビニで簡単な朝食しか取っていなかったので、フランクフルト一本で飢えをしのげるはずもなく、すぐにまた空腹に襲われる





午後2時ごろ、ちょうど関ヶ原を通過したので




『今関ヶ原を通過。僕の空腹も天下分け目の決戦』




と何人かにメールを打つ





ほとんどの人から返信ナシ(*ノノ)






次にもらえた3時間後のトイレ休憩も、5分制限が加えられたのは言うまでもない




すでに3時間程度の遅れ




なんとか買えたのはコロッケ




それが高山入りまでの最後の食料になった





兵糧攻めされている気分になる(謎





ようやく高山に近づいて来た頃、周りの乗客に電話をする人が増えてきた




どうやら各自のホテルにチェックインが遅れることを報告する電話のようだった




中にはロープウェイの最終便に間に合わず、ホテルをキャンセルするハメになった人もいるようで、新たなホテル探しにあちこち電話をかけまくっていた






僕も一応ホテルにチェックインが遅れることを電話で報告し、今日の予定を建て直す必要に迫られた






予定ではホテルのチェックイン前に高山市内観光をする予定だった




行こうとしていた「飛騨の里」「高山陣屋」の閉場時間に間に合わないことが確定




どうやら高山到着後すぐに、ホテルに直行することは決定




問題はそのあとだ




時間的に観光場所にはいけない





(だとしたら食事か?)





食事も本来ならば、「昼食」として高山陣屋近くのお目当ての店にいくつもりだった



でも陣屋は閉まってるし、そもそも時間からすると「夕食」になることは確定





(お目当ての店はあきらめて、もともと「夕食」に予定していた店に行くかぁ)




そう決めた







バスがようやく高山に着いたのは、午後6時を過ぎていた




結局、予定の倍の時間がかかったことになる





結果論に過ぎないが、これだと鈍行電車の方がマシだった




時間もそんなに変わらなかったはずだし、何より食事くらいはもっとまともに取れていたはずだ





もともと「電車じゃ遅いから」という理由で、高速バスを予約したのに・・・・




そう考えるとイヤな気分になるので、あえて考えないようにした




バスで寝なかったことに気づいたのもそのときだった




あれだけ空腹だと寝れるものも寝れない、それだけのことだろう








さて、こうして憧れの高山に着いたのだが・・・




不思議と「高山に着いた」と感動することも、物思いにふけることもなかった





「はやくチェックインしよう」という焦る気持ちと、バス会社への少々の憤慨が、そんな旅情を忘れさせていたのだろう




その後ホテルへ向かって歩きながらも、急遽修正した今後の予定を頭の中で再確認したり、地図で現在地を確認することに余念がなかったように思う






ようやく「そういや高山に来たんだっけ」と少しだけ実感したのは、ホテルのチェックインを済ませ、自分の部屋に荷物を置いてベッドに座ったころだった





朝の電車の中で考えたことを実感することもなく、(ある意味で)いつのまにか高山入りを果たしてしまった




それが正直な感想だった








さて、今後の行動は一旦おいておき、少し高山自体について触れてみようと思う




3日間の旅行中に得た知識を元に、高山市についてまとめてみようと思う




高山市は岐阜県北部に位置し、人口は9万人程度



人間の人口より、牛(飛騨牛)の頭数の方が多いらしい(ホンマか?)




昨今の市町村合併という世間の風潮に漏れず、この高山市も周りの町村と合併を果たしたそうなのだ




しかもその合併によって福島県いわき市を抜いて、1市町村としての面積が日本一になったらしい




気候は内陸性盆地の気候で寒暖差が激しく、それがゆえに様々な野菜が取れると同時に牛の飼育にも向いているようだ




ただし管理人の旅行はお盆の時期にも関わらず、小雨の影響のためかとても過ごしやすい涼しい気候に見舞われた





飛騨路の山々は目を見張るばかりに険しい



一つ一つの山のスケールが段違いであり、そんな山々の連なり・密度は見るものを圧倒する




旅行中にはそんな山々と人との歴史を数々耳にしたが、詳しい話は後回しにしよう





とにかく高山市はそんな山々の合間に位置する山間の街であり、高山市自体も標高300〜400メートルのところにあるのだという





旅行中に一番驚いたのは、高山市からどこかに移動するときだ



とにかく「山越え」が基本になるようで、バスで移動していても体に感じるほどの傾斜を体感しつつ移動することになった




ふと振り返れば自分が通ってきた道がはるか下方に見え、ふと横を見れば山の数々




山の切れ目が見えたかと思えば、また別の山がその遥方に見える圧倒的な山の密度




飛騨の歴史を耳にするたびに「山」や「山越え」がテーマになっていたのも、このわずか3日間の滞在で十分納得できたように感じる





高山市には「一位一刀彫り」(いちいいっとうぼり)という伝統的な木製品がある



一本のノミだけで木を削って、木製品を創り上げるのが一位一刀彫りだ




冬の高山は厳しい寒さと積雪量に見舞われるらしく、冬に農業を休止している間、庶民が造ってきたものが一位一刀彫りで、それが今でも受け継がれているのだという





食文化について触れてみるならば、飛騨牛に目がいきがちになるが、決してそればかりではない




朴葉(ほおば)という葉っぱの上にミソを乗せて、シイタケなどの野菜を乗せて焼き上げる「朴葉みそ」




米を粗く挽いて造ったモチを(アイスの棒みたいな)串につけて、醤油ミソをつけて食べる「五平餅」(ごへいもち)




それからみたらし団子


ただし普通にイメージする甘いみたらし団子ではなく、しょうゆ味がややキツい感じの塩辛いみたらし団子だ





こうして食文化に目を向けてみると、「米」「しょうゆ」「ミソ」という昔の庶民が身近にあるものをうまく活かして作ったものが多い気がした




まさに「山間部の田舎」(特に冬の囲炉裏の前で・・・)のキーワードでイメージする食文化だったように感じる




ちなみに「朴葉」は「ほおば」と読むが「パク・ヨ○ハ」とは読まないので注意した方がよい(謎





その他前回でも写真を貼り付けた「ふるい町並み」に関しては、後に回すことにする






こういった「耳にするまでもなく語りかけてくる自然」に囲まれ、その中での人々の生活の足跡がところどころに残るのが飛騨高山であったように感じる




住むには厳しく、訪れるのは最適・・・というのが正直な個人的な感想だ



それがゆえにたった3日間の滞在ではあったものの、世間の喧騒と切り離された何か懐かしいような、昔の人々の生活を体験させてくれるような・・・そんな不思議な感覚を自然と抱いていたように感じる







さて、話をそろそろ戻そうと思う




高山に到着し、ホテルにチェックインしたところから話を再開しよう