殿二校区歴史年表 その3(昭和・平成期)
黒字=教育制度と小学校の歴史、紺字=国と地方制度の歴史、緑字=校区の歴史、赤字=災害と防災の歴史
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昭和3(1928)年6月30日 |
牧野村大字阪12番地(現在の宇山東町)に大阪女子高等医学専門学校(現在の関西医科大学)開校 |
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昭和4(1929)年9月 |
牧野村大字阪に大阪歯科医学校(現在の大阪歯科大学)が移転、開校 |
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6(1931)年6月1日 |
牧野村白雲寺(渚)で農繁期対策の託児所が開設される ⇒朝日新聞昭和6年6月11日 「北河内郡牧野村では毎年農繁期に入り託児所設置の計画をたてているが、同村の人家は散在してゐて託児所を開くにしても数ケ所に開設せなければ納まりがつかぬので、これまで悩んでゐたところ、同村白雲寺住職堀場義成師は檀家中心の託児所を開くことになり、一日午後二時檀家の小児四十四名を集め開所式をあぐ。今後七月まで開くことになった。この催は同村十一ケ寺の寺院に異様の衝動を与へ、結局十一ケ寺の寺院は檀家中心の託児所を開くことになるらしい。」 |
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昭和7(1932)年10月5日 |
府道長尾高槻線(現在の枚方高槻線)の招提付近の新道が開通(幅5m・全長1562m) ⇒現在の招提平野町西側から大谷橋(国道一号線の招提交差点付近)との間と思われる 路線名に「高槻」とあるが、淀川は「前島の渡し」で渡っていた |
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昭和8(1933)年5月 |
京阪国道(国道二号線の新道)が開通 ⇒現在の府道京都守口線 |
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9(1934)年9月21日 |
室戸台風の襲来 ⇒招提尋常高等小学校校舎が被害を受け、開校当初の校舎だった敬応寺の本堂が倒壊する 牧野村渚の牧野尋常高等小学校では校舎が完全に倒壊して教員2名、児童15名の死者が出る(児童の内、7名は牧野村北部(阪、上島、下島)地区の子どもたちだった) |
牧野尋常高等小学校の倒壊校舎![]() 市史4巻537頁147図 |
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10(1935)年2月11日 |
招提村と牧野村が合併して大阪府北河内郡殿山町が発足、町役場は旧牧野村役場(渚院跡)に設置(人口5,733人、戸数1,208戸) 殿山町発足に伴い、招提尋常高等小学校を北河内郡殿山第二尋常高等小学校、牧野尋常高等小学校を北河内郡殿山第一尋常高等小学校と改称する |
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10(1935)年4月1日 |
北河内郡殿山第二尋常高等小学校の校区に旧牧野村北部を加える ⇒従来の旧招提村に、阪、宇山、養父、上島、下島の各大字が加わり、戦後の殿山第二小学校と同じ校区となる |
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10(1935)年4月 |
青年学校令が公布され、青年訓練所を青年学校に切り替えることになる ⇒殿一校に昼間制、殿二校に夜間制の青年学校が設けられる |
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10(1935)年8月10日 |
豪雨により、殿山町大字阪(坂)の穂谷川左岸堤防が決壊、氾濫したため、京阪国道と京阪電車が不通になる |
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11(1936)年1月28日 |
北河内郡殿山第二尋常高等小学校が旧牧野村養父の現在の校地に新築移転 |
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11(1936)年10月25日 |
北河内郡殿山第一尋常高等小学校が、旧校地で規模を縮小して再建 殿山第一、第二両校の竣工式が各校地で行われる |
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11(1936)年10月30日 |
室戸台風による教職員の殉職と生徒児童の死亡が契機となって、帝国教育会により「教育塔」が大阪城公園内に建立される ⇒学制発布以来の殉職教職員と学習時間中に不慮の災害で死亡した全国の児童生徒、学生の霊を祀っている |
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12(1937)年 |
京阪自動車株式会社(現在の京阪バス)が枚方自動車商会から路線の譲渡を受け、枚方市内での路線を拡大する |
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13(1938)年11月3日 |
殿山町と枚方町、川越村、山田村、樟葉村、蹉だ村が合併して(新)枚方町が発足(人口26,581人、戸数5,178戸、面積40.62平方km) ⇒旧殿山町の大字の内、宇山、養父と上島、下島は合併して大字牧野となる また、旧樟葉村は楠葉と船橋が別の大字となり、地名としての「樟」葉が消滅する |
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14(1939)年3月1日 |
禁野火薬庫の大爆発 ⇒半径2kmの広範囲に弾丸等が飛散 ⇒殿山第一尋常高等小学校の校舎が全焼 |
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15(1940)年 |
京阪自動車株式会社(現在の京阪バス)の京阪国道牧野〜招提(大谷橋)間の路線が営業を開始 |
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16(1941)年3月 |
国民学校令制定 義務教育を初等科6年・高等科2年の8年に延長、国民錬成を目的に教科を国民科、理数科、体練科、芸能科および実業科(高等科のみ)に再編成 |
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16(1941)年4月1日 |
国民学校令により殿山第二尋常高等小学校を「北河内郡殿山第二国民学校」と改称 殿山第二尋常高等小学校に併設されていた青年学校が3月31日をもって廃止され、他校とともに渚に新設された枚方町立合同青年学校に統合される |
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17(1942)年6月26日 |
殿山第二国民学校の学童が淀川の河川敷を開墾し、大阪府学校鍛錬農場指導本部から表彰を受ける(朝日新聞昭和17年6月27日) |
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17(1942)年 |
殿山第二国民学校の学童が米の増産や軍馬の飼葉にするために青草刈に従事し、年間で15貫の草を集める(朝日新聞昭和18年2月7日) |
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19(1944)年8月 |
殿山第二国民学校の学童が人手不足を補うため、新聞の配達奉仕を始める(朝日新聞昭和19年8月23日) |
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22(1947)年3月31日 |
教育基本法・学校教育法制定 9年間の義務教育制など明記し、新憲法に基づく教育制度を確立 |
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22(1947)年4月1日 |
学校教育法施行により殿山第二国民学校を「北河内郡枚方町立殿山第二小学校」と改称 学習指導要領により小学校の教科は、国語、社会、算数、理科、音楽、図画工作、家庭、体育及び自由研究を基準とすることになる(修身、日本歴史、地理の3科目が無くなって社会、家庭、自由研究が設けられたほか、体操が体育に、図画と工作とが統合された) 旧枚方製造所青年学校養正校跡に枚方町立中学校(現在の枚方市立第一中学校)が開校 |
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22(1947)年8月1日 |
市制施行により「枚方市立殿山第二小学校」と改称 |
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22(1947)年 |
殿二校で脱脂粉乳による学校給食が始まる |
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23(1948)年8月 |
殿山第二小学校PTAが発足する |
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25(1950)年3月 |
枚方市PTA連絡協議会が発足する |
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26(1951)年7月2日 |
枚方市で2番目の保育所として市立阪保育所が開所(収容定員60人) |
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26(1951)年7月12日 |
豪雨により枚方市域各地で堤防や道路が決壊、路面が流失するなどの被害が出る ⇒殿二校区でも浸水家屋23戸(110名) |
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27(1952)年12月4日 |
道路法が改正され、一般国道の路線を指定する政令が公布・施行される ⇒京阪国道(現在の府道京都守口線)は国道一号線(東京都中央区から大阪市まで)の一部となる |
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27(1952)年8月1日 |
枚方市が区長設置要綱を制定し、市内64地区に区長を置くことになる ⇒殿二校区は、阪、阪住宅地、招提、東牧野、西牧野の5地区 |
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28(1953)年9月25日 |
台風13号による豪雨のため、枚方市域で死者7人、重軽傷30人、全壊26戸、流失2戸、半壊162戸、床上浸水402戸、床下浸水760戸、道路決壊126箇所、流失埋没田30町歩、冠水田89町歩をはじめ、枚方市全世帯の80%にあたる8000戸が何らかの被害を受けた 各地で堤防や道路が決壊、路面が流失するなどの被害が出る ⇒京阪電車の船橋川鉄橋では橋台が洗い掘られ、牧野・楠葉間が不通になった(市史別巻569頁) |
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30(1955)年7月15日 |
殿山第二小学校上水道誘致に関する請願書の提出 (この時点では飲料水、給食炊事用水、清掃用水の全てに井戸水を使用しており、消火栓も無かった)⇒市議会で原案可決 |
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30(1955)年9月6日 |
東牧野・船橋区内八幡街道補修に関する請願書の提出 ⇒9月28日市議会上程、翌29日採択 |
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30(1955)年11月 |
上水道設備工事が完了 |
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31(1956)年12月 |
給食炊事場新築 |
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32(1957)年4月1日 |
枚方市が区長設置要綱を廃止し、枚方市区長規約を制定する |
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33(1958)年7月22日 |
校区住民の寄附などにより、プールが竣工 25mのプールの深いコースと浅いコースが鉄柵で区切られており、ほぼ現在のプールと同様の形状になっている この年か翌年頃から、学科外の水泳クラブ(現在の体振水泳部の前身)が発足する |
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35(1960)年4月1日 |
枚方市立第三中学校開校(第一中学校から分離) |
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36(1961)年5月 |
校地拡張(1420坪) |
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36(1961)年9月16日 |
第二室戸台風の暴風により、枚方市域で死者2人、負傷者18人、全壊44戸、半壊146戸、水稲251ha、果樹21ha、蔬菜40haの被害が出る(市史別巻619頁) |
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37(1962)年3月 |
鉄筋2階建校舎4教室増築 |
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37(1962)年10月 |
第1回区民体育祭開催(当時の正式名称は不明) |
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38(1963)年 |
この頃、校区体育振興会発足 |
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39(1964)年2月 |
鉄筋2階建東校舎4教室増築 |
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40(1965)年3月 |
鉄筋2階建西北校舎6教室改築・体育館新築 |
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40(1965)年頃 |
府道枚方交野寝屋川線(水道みち)が開通 ⇒楠葉中之芝の楠葉取水場(昭和43年4月20日完成)から寝屋川市太秦の豊野浄水場(43年7月半量、44年9月全量通水)へ向かう大阪市水道局の水道管が埋設されたことから「水道みち」と呼ばれる |
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41(1966)年4月1日 |
牧野地区(殿一、殿二の両校区)で住居表示が実施され、15の大字が42の新町名に変更される ⇒現在の校区にあたる牧野阪1〜3丁目、宇山町、牧野本町1・2丁目、養父丘1・2丁目、養父東町、招提平野町、西招提町ができる |
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41(1966)年3月10日 |
国道一号線の新道として枚方バイパスが全面開通 ⇒旧道は府道京都守口線となる |
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41(1966)年3月 |
鉄筋2階建特別教室4教室増築 |
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42(1967)年3月 |
鉄筋2階建校舎8教室増築 |
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42(1967)年7月 |
9日、20日の2度にわたって集中豪雨があり、牧野地区でも浸水被害が出る(市史別巻619頁) |
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43(1968)年3月 |
鉄筋2階建管理棟・3教室増改築 |
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44(1969)年4月 |
牧野小学校開校・児童221名転出 |
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45(1970)年8月 |
旧講堂撤去 |
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45(1970)年12月 |
鉄筋管理棟に3階6教室を増築 |
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47(1972)年4月 |
招提小学校開校・児童751名転出、樟葉南小学校開校・児童56名転出 北牧野小学校開校(牧野小学校から分離) |
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47(1972)年8月1日 |
プール開放の開始 |
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47(1972)年9月 |
東木造校舎撤去 |
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48(1973)年 |
三角地帯埋立 |
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49(1974)年3月 |
創立百周年記念式典挙行 |
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49(1974)年7月 |
管理棟北側(保健室、放送室等)完成 |
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50(1975)年4月 |
西牧野小学校開校、児童80名転出 |
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51(1976)年4月 |
府立牧野高校開校 |
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51(1976)年7月 |
プール開放が監視員制度になる |
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52(1977)年 |
学校体育施設開放事業のモデル校となり、運営委員会が設けられる |
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53(1978)年8月 |
学校開放クラブハウス新築 |
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54(1979)年4月 |
プレハブ1教室新築 |
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55(1980)年4月 |
プレハブ3教室増築 |
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56(1981)年2月 |
管理棟東側に2階建水洗便所新築 |
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56(1981)年3月 |
プレハブ6教室増築 |
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56(1981)年6月1日 |
平野小学校開校、児童496(499?)名転出 |
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56(1981)年6月 |
プレハブ10教室撤去 |
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57(1982)年11月 |
砂場新築 |
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58(1983)年4月 |
理科室改修 |
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58(1983)年12月 |
木造2階建4教室解体完了 |
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61(1986)年2月 |
体育館緞帳・暗幕取替 |
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61(1986)年3月 |
運動場東体育倉庫改築 |
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61(1986)年10月 |
運動場整備 |
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63(1988)年4月 |
牧野公民館、牧野図書館開設 |
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平成元(1989)年9月 |
東校舎、体育館大規模改修 |
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元(1989)年11月 |
歴史資料室整備 |
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3(1991)年4月 |
留守家庭児童会室新築移転 |
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3(1991)年6月 |
プール大規模改修 |
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3(1991)年9月 |
家庭科室改修 |
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4(1992)年9月 |
給食配膳室整備、旧給食配膳室・物置1棟解体 |
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4(1992)年11月 |
創立百二十周年記念式典挙行 |
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5(1993)年4月 |
「会館との二」整備 |
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6(1994)年7月 |
ランチルーム設置 |
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7(1995)年3月 |
管理棟2階、3階便所改修 |
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7(1995)年10月 |
体育館前枯山水築山 |
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10(1998)年9月 |
コンピュータ室整備 |
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12(2000)年4月 |
北牧野小学校閉校(牧野小学校に再統合) |
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12(2000)年7月30日 |
殿二校区自主防災会設立 |
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12(2000)年11月26日 |
自主防災会第1回防災訓練開催 |
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13(2001)年11月25日 |
自主防災会第2回防災訓練開催 |
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14(2002)年4月 |
学校週5日制の完全実施、「フリースクエア・との二」の開始 |
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14(2002)年7月 |
プール開放の監視員制度が廃止される |
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14(2002)年12月8日 |
自主防災会第3回防災訓練開催 |
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15(2003)年4月 |
留守家庭児童会増室に伴い、PTA会議室移転、ランチルーム廃止 |
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15(2003)年9月21日 |
自主防災会防災研修会開催(室戸台風から69年) |
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16(2004)年6月27日 |
自主防災会第4回防災訓練開催 |
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17(2005)年5月29日 |
自主防災会防災講演会開催 |
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17(2005)年11月23日 |
自主防災会第5回防災訓練開催 |
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最終更新H17/11/5 |