ある女子高生の願い
〜前夜祭〜



 『その話』の始まりは他愛のない会話だった。
 とりとめのないやり取り。
 世界中のどこ彼処でかわされている何気ないコミュニケーション。
 翌日には忘れているようなエピソード。

 だがしかし、それは確かに『始まり』だった。
 引き絞られた強弓から放たれる鉄矢の如く”彼女”は世に解き放たれる。




 「ねえねえ、鈴ちゃん。春風屋に寄ってこ〜。あそこの今川焼き、カスタードの新メニュー出たんだって」

 「やめときなよ、紀子。私たち受験生なんだから、寄り道ばっかしてたら駄目だって」

 「めぐちゃんは志望校よりも体重の方が心配なんだよね〜。だったら私と鈴ちゃんで新メニュー食べてるから、めぐちゃんは横で見てるだけでいいよ」

 「……アンタ、喧嘩売ってんの」

 夕暮れの赤に染まる町並みの中で、肩を並べて歩くのは女子高生と覚しき三人組。 
 時間帯から言って恐らく帰宅途中なのだろう。
 いかにも気の置けない様子で楽しげに語り合う姿は、彼女たちが親しい間柄であることを如実に現している。

 「まあまあ、押さえて恵。ごめん、紀子。私、今日ちょっとパス」

 「ええっ。鈴ちゃん”も”ダイエットしてるの!?」

 「私”は”大丈夫だから」

 「変なアクセントの置き方するなー!」

 ちょっときつい目つきで睨んだのは黒縁メガネにお下げの小柄な少女。
 見るからに内向的文学少女の風貌とは裏腹に、先ほどから舌鋒は鋭い。
 会話の内容から察するにダイエットを気にしているようだが、その小柄な体は肥満と言うよりはふくよかと言うべきで、締まるところが締まっているスタイルはむしろ女らしいとさえ言えた。

 「気のせい水の精だよ。それともやっぱり……?」

 黒縁メガネ少女=恵に睨まれてもまるで動じることなくニコニコしているのは、三人組の右端に位置する大柄な少女。
 緩やかにウェーブがかった栗毛は天然パーマだろうか。
 猫のように眼を細めながらニコニコ頷いている様はある意味和み系だが、急所を突っつかれる恵にしてみればたまったものではない。
 彼女=紀子にしてみれば、恵は最高の遊び相手なのだ。

 「増えてない。増えてないんだからね。あれは体重計に魔が差したのよ」

 「誰もそんなこと聞いてないから。とりあえず落ち着いて、恵」

 喧嘩してるのかじゃれ合ってるのか分からない凸凹コンビの間に計ったようなタイミングで仲裁に入るのは、真ん中を歩く黒髪の少女だ。
 濡れ烏のように深い色合いの黒髪をお嬢様結び-----後ろの髪をそのままたらし、フロントとサイドの髪だけを後ろで結んで垂らす-----にしているのがよく似合っている。
 彼女は美人と呼ぶのが相応しい整った顔立ちをしていたが、逆に言うならこれといって特徴のない”ただの”美人とも言えるだろう。
 印象に残りにくい美人顔の少女=鈴子はおなじみのやり取りを繰り返す親友二人を、いつものようになだめすかす。
 歳不相応なまでに落ち着いた雰囲気の鈴子は、こういった仲裁役に回ることが多い。
 三年に進級して新しくなったクラスでも、満場一致で委員長に推薦されたほどだ。

 「紀子もあんまり無用な挑発はしないで」
 
 「だってめぐちゃん最近付き合い悪いんだもん〜」

 「……三日前に私を引きずり回してお好み焼き屋をハシゴしたのはどこのどなたでしたっけ?」

 いつも通りの屈託のないやり取りをかわしながら歩く三人が商店街を通りかかると、ちょうど電化製品店のウィンドウに飾られたプラズマディスプレイ群が同じタイミングで時事ニュースを流していた。

 「-----先日、仙台でアーデスの発症例が確認されました。国内で確認された発症例はこれで十三件に上り-----」

 「……怖いね〜。アーデスって絶対助からないんでしょ?」

 「政府の発表も眉唾臭いけどね」


 『後天性成体幹細胞変質症候群(AADS)』
 Acquired Adult stem cell Degeneration Syndrome、通称”アーデス”と呼ばれる難病は静かに、だが確実に人々の間の不安を煽り立てていった。
 健康そのものの人間がいきなり倒れて、そのまま収容されて-----帰ってこない。
 感染経路も、病因も、治療法も不明。
 それどころか症状さえハッキリしておらず、噂だけが尾ひれを付けて暴走している気配があった。
 曰く『アメリカが開発したBC兵器の失敗作である』
 曰く『秘密を守るために政府は家族ごと感染者を隔離している』
 曰く『驕れる人類に下された生態系の駆逐反応である』
 実際の患者が極めて少ないにもかかわらず、根拠が怪しい噂が何故かまことしやかに広まっているのが、アーデスの異常さを物語っているとも言えよう。
 『治療法が確立されつつある』との公式見解を発表しながらも、症状や治療法などには一切触れない政府の態度が、更に人々の不安を煽り立てていた。


 「でもいつ発病するか分からないって言うし、いきなり病気になったらどうしよう〜?」

 「それこそどうしようもないじゃない。早期発見法も治療法も皆無らしいんだし。諦めも付くってもんでしょ」

 二人の会話を聞き流しながらも、鈴子の脳裏をよぎったのは全く別の声だった。
 それは彼女にとって最も忌まわしい福音。
 呪われた聖母の御言葉。

 ”鈴子や。AADSは選ばれたる証の聖痕(スティグマ)なれば-----”

 「-----大丈夫よ」

 妙に平板な口調で鈴子は断言する。

 「単純に感染者の数を見ても、飛行機事故に遭うより極小な確率だわ。宝くじさえ当たらない私たちがそんな病気に当たるわけ無いわよ」

 「鈴ちゃんがそう言うならちょっと安心できるかも」

 「何で鈴子だとあっさり納得するのよ?」




 「バイバイ、鈴ちゃん。また明日〜」

 「じゃあね」

 それぞれの表情で見送る友人達に笑顔で挨拶を返すと、鈴子は足早に商店街を抜け町外れを目指す。
 そちらは帰路とは正反対の方角だったが、今は真っ直ぐ帰るわけにはいかない。

 (どうにも嫌な感覚)

 そんじょそこらの追跡呪式(ホーミングビーコン)なら逆探知する自信があったが、その気配は全くない
 -----にもかかわらず尾行されている感が一向に消えないのは今までになかったことだ。
 そのギャップが、鍛え上げ研ぎ澄ました鈴子の戦闘感覚に訴えかけてくる。
 今度の”敵”は只者ではない、と。
 だからこそ紀子達とも早く別れて、あえて戦闘に有利な町外れの森を目指しているのだ。


 「……まんまとしてやられたわね」

 そして鈴子は路地裏(・・・)で立ちつくしていた。
 人の気配どころか動く物影一つすらないこの空間は、実際に結界閉鎖によって世界から”切り離されて”いるのだろう。
 町外れを目指していたはずの鈴子の感覚を誤誘導してこの場に導くだけの魔道術。
 あるいは僅かな焦りの虚を突かれたか。
 どちらにせよこの戦場を演出した相手は尋常な使い手ではない。
 学生鞄の中に隠しておいたトーラス・レイジングブルを取り出すと、鈴子は全感覚を集中して周囲の気配を探る。
 そんな鈴子の探知に呼応するように声がかけられたのは次の瞬間だった。

 「『神聖友愛騎士団』第三隊隊長のスズコ・アサギリとお見受けするが?」



次へ続く


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