天使と悪魔の二重兵装
第一話『過去と未来の狭間で』



 寂寞たる荒野を一つの影が駆けていた。
 砂が混じる吹き荒ぶ風に負けぬよう、力強く明確な方向性を持ちながら疾駆するその影は、人間にしては大きい。
 その影を何に例えれば良いのだろうか。
 巨大な体躯から言っても、二足歩行の力強い歩速から見ても駝鳥に近かったが、それにしては首が短く足が太く嘴が大きい。
 そして何より人を乗せていた。
 長剣を持った人影を載せて駆ける様は騎兵隊にも似て、変化の乏しい荒野で異彩を放つ。
 全身を覆う緑褐色の長い毛並みはすっかり古ぼけて痛みも激しかったが、太い足やがっしりとした骨格の力強さには何の遜色もなく、強い生命力の息吹が感じられる生き物だ。

 「……こちらの方で間違いないはずなんだけど」

 そしてその生き物に鞍を載せて跨ってる騎士の呟きは、青年特有の力強さに満ちていた。
 年齢は分からぬが、決して老人でも女子供でもない。
 やや線が細めの長駆は、しかし吹き荒ぶ風にも、乗り物の揺れにもさほど揺動しているようには見えず、よほど鍛えられているか、その生き物に乗るのが慣れているのを伺わせる。
 体を包む深いグレーの外套の隙間から見えるのは、所々を鉄板で強化した鎖帷子だ。
 仕上げそのものはかなり上質そうだが、かなり古ぼけて見えるのは相当に使い込んでいるからだろうか。
 襟や肩口、腰の部分に何やら呪いじみた文様が書き込んである。
 鳥も、出で立ちも、景色も地味な配色に塗りつぶされた世界で、その文字だけが僅かに輝いているようにも見えた。
 鞍の後部に差し込んである長大な剣も、履き古した無骨なロングブーツも、鎧に劣らず使い込んでいるのは素人目にも見て取れる。
 荷物と一緒に積んである小型の盾は傷だらけだ。
 この若者が形だけではなく、真に剣の世界で生きていることは明らかだろう。

 「引き離されたつもりはなかったんだが……」

 そう呟きながら外套のフードをわずかに上げて前方を見やると、薄暗い月明かりの中で青年の容貌が明らかになる。
 柔らかそうな金髪に知性的な青い瞳。
 年の頃は二十代半ばだろうか。
 穏やかそうな表情と相まって非常に温厚で理知的な印象を持つ青年だったが、その青い瞳には知性と同等以上の強い意志が見て取れた。
 激情や動揺とは無縁の強く固く安定した岩のような意志の力。
 その意志の力で全てを見通さんばかりに前方を凝視していた青年だったが、騎鳥の足を止めると、懐から一枚の符を取り出すして、不思議な音階で短く文言をつぶやく。

 「方角を指し示せ(ヌーヴ・アル・マータ)我が指針よ(クレイオ・カルナ)

 片手で印を組み、僅かに目を青く光らせながら青年が短呪を唱えると、呼応するかのように呪符は明滅しながら、ゆっくりと動いて青年の前方に向かって揺らめく。
 指南車のように一定の方角を指し示す呪符を宥めるように懐に収めると、青年は再び騎鳥に拍車をかける。

 「方角は間違いない。あとは距離だけか。奴に儀式を施す余裕は与えたくないな」

 再び追跡行を開始した青年が呟いた一言に、僅かながらも不安が現れたのは、追う相手の力量に思いを馳せたからだろうか。

 「ユーリが間に合ってくれればいいんだが……」

 無二の相棒であり恋人でもある王立魔術師は先の追撃戦で負傷したこともあって、十分な治療を受けてから合流する予定だが、この強行軍では間に合うかどうかは難しいだろう。
 しかし今追っている強敵を相手にするのなら、彼女の氷結魔法は絶対に必要な戦力だ。
 本来なら戦力分散の愚は避けたかったのだが、先の戦闘でダメージを与えた敵を逃走させるがままにしておけば、反撃の好機に繋げられてしまう。
 ただでさえ正面から戦えば力負けしかねない強敵だ。
 さらに時間をかけて儀式魔術で迎撃の準備までされたら、仲間を失った自分達では万に一つの勝ち目も無いだろう。
 そう判断した青年は敢えて単独で追跡行に移ったのだ。

 「絶対に一人では挑まないでね! カイはいつも冷静なくせに、変なところで先走るんだから」

 恋人が目を三角にして進言した小言を思い出して、青年-----カイ・シェフィールドは苦笑する。
 彼女(ユーリ)は本当に心配性だ。
 その癖、自分は口も手も早くてすぐに喧嘩を買い取ってしまう。

 「君に言われたくはないけれど、こういう時こそ注意しよう」

 自分に言い聞かせるようにつぶやくと、カイは鞍に差した長剣の柄を握りしめて、己を鼓舞するかのように低く唸る。
 まるで手負いの獣のように。

 「もうすぐです、お師匠様。必ず奴を-----Sを倒して敵を討ってみせます」




 今でこそ名の知れた魔法剣士のカイだったが、元は捨て子である。
 もしかすると本当の親は少しでも我が子に豊かな暮らしをさせたくて、村で一番の富豪の家の前にカイを置いていったのかもしれない。

 「……何だ、この汚い子は」

 もちろん富豪がその子の面倒を見なければならない義理もなく、カイは右から左へ孤児院にたらい回しにされる運命だった。
 その運命を変えたのは富豪の使用人の一人-----名をバンダルという。
 もはや年老いた彼に家族はいなかったが、だからこそ彼は例え捨て子といえど縁があると思ったのだ。

 「お前の名前はカイだ。俺のじーさんの名前だぞ」

 そう言ってバンダルはカイを可愛がってくれたらしいが、カイ自身は育ての親を覚えていない。 
 ------大災厄(エンドレス・セプテンバー)
 南の果ての地サウス・ポールが発端と言われるそれは、もはや災害というレベルを通り越して天変地異と呼ぶに相応しい代物だった。
 海は干上がり、空は黒雲に覆われ、地は大地震ともに割れ、山は噴火して炎の雨を降らせ、そして止めとばかりに大豪雪が襲いかかった。
 突如ファレス大陸を襲った未曾有雨の大災害によって、バンダルはカイが物心つく前に命を落としてしまったのだ。
 本来なら幼子のカイも運命を共にするはずだったが、奇しき縁か、彼の運命は再び他人の手によって変えられる。
 それも養父の親友の手によって。
 カイを救ったのはバンダルの飲み友達であり、そして王国有数の剣豪でもあるギャラックという名の東方人である。

 「お前には奇なる縁があるな」

 身の丈二メートル近い大男で、顔に大きな刀傷を持つギャラックは剣名に劣らず強面で通っていたが、幼いカイは不思議と彼を怖がらなかった。
 何か感じるものがあったのだろう。
 それから育ての親として、剣の師匠としてギャラックと共に過ごした十年以上の時間は、カイにとって掛け替えのない時間となる。

 「いつかお師匠様みたいな剣豪になりたいです!」

 「お前はどっちかというと剣士よりは学者の方が向いてる気がするけどなぁ。まあいいか、とりあえず飲め」

 「僕はまだ未成年ですけど」

 「死にゃせんから心配するな」

 その圧倒的な身体能力と戦闘センスで全てをなぎ払うギャラックの剣技は、決して体格に恵まれないカイにとってあまり相性の良くないスタイルだったが、カイは彼なりにその戦い方をアレンジして取り込んでいった。
 下手に力押しに走らず、速度と変化で詰め将棋のように戦うカイのスタイルは、その過程で確立したと言ってもいい。

 「あなたが噂のお弟子さん? あんまり先生と似てないね」

 「失敬な。似てないのは見た目と剣技と性格だけだよ」

 「……その開き直りだけは似てるかも」

 そして王立魔法学院の優等生だったユーリと知り合ったのもその頃だ。
 綺麗な栗色の髪を流行のショートカットにして、花の髪飾りをつけた彼女は率直に言って美少女だった。
 青い瞳はいつも好奇心に輝いていて、打てば響く知性は会話が弾む。
 生意気で意地っ張りな割に初心なところもあって、からかうのが楽しくて仕方がない。
 出るべきところがちと貧弱なのもご愛嬌。
 魔術師志望のくせに剣技に興味があったユーリと、恵まれた知性故か魔法に興味を持っていたカイが、互いに惹かれ合っていったのは自然なことだ。
 多少粗雑なところはあるものの、親代わりに可愛がってくれる師匠。
 小生意気な性格も愛嬌に思える優しい恋人。
 
 ------そんな絵に書いたような幸せは、唐突に、残酷に、終わりを告げる。



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