地球防衛軍SS 〜双頭の鷹 双翼の虎〜
中編『奸計』



 深い霧の中で悟が発見したのは、全滅した先遣部隊の痕跡だった。
 それも完璧なまでの殲滅。
 戦闘車両は全て原形を留めぬほど破壊され、同行したであろう地球防衛隊員達も五体満足な死体は一つもない。
 バケツ一杯の血糊をでたらめぶちまけたような有様は、誰が、どこで、何人死んだのか、それすらも推測できないほどの地獄絵図だ。

 (ここまで徹底的に破壊する必要が……?)

 あまりの惨状に言葉を無くしていた悟だったが、覚えのあるヘルメットを目にして思わず足を止める。
 高性能ではあるものの規格品として作られた防衛軍ヘルメットに、羽のペイントが施してあるそれは、時々作戦で一緒になる部隊の隊員が愛用していたものだ。
 名も知らぬその隊員は、何故か悟に愛想がよかった。

 ”よう。今日も頼むぜ、鷹の目さんよ”

 ”うちの部隊員はチキンばっかりでな。ヤバそうになったら逃げるのさ”

 ”-----とうとううちにもガキが生まれてよ。だからちゃっちゃとあいつらを追い出すぜ”

 半分ひしゃげ、鮮血に染まったヘルメットを握りしめる手に必要以上の力が籠もりそうになるのを自覚し、悟は深く息を吐きながら自らを落ち着かせる。
 ここは戦場。
 生死は常に紙一重。
 冷静さを失った者は真っ先に脱落していく。
 ましてや一兵卒の生き死にに一々感情を高ぶらせているようでは、大事=侵略者の殲滅を成すことなど覚束ない。

 「ここは戦場。そして貴方は戦士。これもまた一つの結末です」

 そっとヘルメットを床に置いて僅かに黙祷を捧げる間にも、周囲に気を配ることを忘れない。
 悟を英雄たらしめるのは超絶の射撃能力よりも、むしろその冷静さにあると言っていい。
 自らの感情を完全に制御できる人間がいないように、悟もまた自らの感情を抑えきれるわけではない。
 そんなことが出来るのはロボットだけであり、そして悟は人間だ。
 だが、彼は感情に動かされる自分を客観視できる『もう一つの視点』を持っていた。
 自分のことさえ他人事のように客観視できる冷静さが、彼を何度も死地から救ってきたのだ。

 「さて。恨みを晴らすのを貴方が望むとは思えませんし、不毛な憎悪は判断力を鈍らせるだけですから敵討ちはやめておきましょう-----」

 だが、恐らく悟が自覚していないことが一つだけあった。

 「------ですがこれだけは誓いますよ。貴方の家族には、連中の指一本触れさせることはないと」

 彼自身が『凡庸無害な外見』と自覚している風貌が、こういう時には一変していることを。
 いつもは眠そうな糸目が、剃刀の如く鋭く、旋風の如く激しく目標を射抜く。
 深く静かに燃える双眸は煉獄の炎か。
 その二つ名に相応しい鷹の視線で深い霧の先を睨み付ける悟は、あらゆる獲物を決して逃さぬ天空の狩人の威圧感と殺気を放っていた。
 今の悟ならダロガの大部隊さえ一銃を持って駆逐するだろう。

 最後に少しだけ振り返って敬礼をした悟は、そのまま深い霧の中へ再び踏み込んでいく。




 ヒカリがダロガ部隊を一掃するのにそれほど時間は要さなかった。
 せいぜい十数分というところだろうか。

 「……思ったより手こずってしまいましたわ」

 予想以上に数が多かったことと、条件の悪さから連携を取れなかったことも相まって、いつも以上に時間がかかってしまった。
 とは言っても苦戦にはほど遠く、大した消耗も負傷も無しに勝利し得たのは彼女の戦闘力の高さを物語っている。

 しかしそれは離れ離れになって闘っている彼女の同僚達にも言えることだ。
 ペイルウィングの精鋭ならばこの程度の敵に後れを取ることはない。
 実際、戦闘はほぼ終息し、あちこちで噴煙を上げているダロガの残骸が残るのみだ。
 浪費した時間を取り戻すべく、ヒカリは仲間達と合流しようとして------

 「冴子、恵、終わったなら合流し-----ッ!!」

 ------そして彼女は立ちつくしてしまう。
 ダロガの残骸に混じって横たわる、上半身が吹き飛ばされたペイルウィング隊の亡骸を前にして。

 「冴子ッ!」

 もはや下半身だけになってしまった仲間に駆け寄りながら、ヒカリは思わず叫ぶようにその名を呼ぶ。
 燃え残ったスーツの識別番号がなければもはや見分けることさえ出来なくなってしまった同僚は、冷静な思考と連射系の武器を得意とする優れた戦士だった。
 亜由美がヒカリの次に信頼していた右腕とも言える参謀。

 あまりにも無惨に変わり果てた同僚を前に硬直していたヒカリだったが、弾かれたようにダッシュするとすぐに他の仲間を捜し始める。

 「恵! 志保! ……茜ッ!」

 残った仲間の名を呼びながら飛び回るヒカリだったが、返事の代わりに待っていたのは同じようなシチュエーション。
 ダロガの残骸に混じって倒れ伏す仲間の遺体。
 そのどれもが強烈な高熱兵器による破壊痕を残していた。
 たったの一撃でペイルウィングスーツの防御シールド機能ごと装着者を即死させる破壊力は驚異の一言に尽きたが、仲間達の死を前にして半ばパニック状態に陥っているヒカリには、そこまで思考を巡らす余裕はなかった。

 「……一体……何が………………亜由美ッ!?」

 恐怖にも似た思考に突き動かされて、ヒカリは脇目もふらず全速力で飛行する。
 亜由美は死なない-----死ぬわけがない。
 優れた戦士であり指揮官。
 ヒカリの唯一無二の半身にして親友。
 彼女を羽ばたかせてくれた掛け替えのない双翼。

 (あの関西弁が死ぬわけがありませんわ。そうに決まってますわ。そんなこと絶対に絶対に!)

 「………ぁ…」

 そしてそんなヒカリを待っていたのは、右半身を半ば炭化させたハンドレット・ビー指揮官の亡骸だった------




 「おかしい」

 全滅した部隊の痕跡を調べながら、悟は独りごちる。
 再び悟が発見した防衛軍部隊は先にも増して徹底的に破壊し尽くされていた。
 原形を留めぬ死体。
 鉄塊と化した戦闘車両。
 まるで恨みや憎悪で怨敵を殲滅したかのような残酷極まりない地獄絵図に、悟は強烈な違和感を感じていた。
 侵略者達に『感情』と呼べるものがあるのかどうかは確認されていない。
 だからといって彼らが憎悪を持たないことを保証するわけではなかったが、それよりももっと違う”何か”が悟の直感に訴えかけていた。

 (最初は何かの痕跡を隠滅するためのカモフラージュかと思ったけど)

 ここまで徹底的に破壊し尽くすからには、調べられては困る『何か』がそこにあるからだ、と悟は考えていた。
 下手に工作するよりは完全に焼き尽くしてしまった方が簡単に全てを隠滅できる。

 だが、恐らくそれだけではない。
 
 (僕の考え自体は大間違いじゃないと思うけど……)

 違和感を感じると言うことは直感的に何かを掴んでいると言うことだ。
 ただ、それが思考という形を成していないだけ。
 理性や理屈を重んじる悟だからこそ、こういった違和感や直感はなるべく大事にするようにしていた。
 直感とは単なる思いつきや想像ではない。
 注意力の積み重ねが『本物の直感』を育てる。
 思考や思索を冷静に積み重ねようとするなら、直感も同じように冷静に積み重ねなければならない。
 どちらも優れた思考形態なのだ。
 遅効性か、即効性かの違いがあるだけで。

 「ダロガの光線兵器ではこんな-----そうか!!」

 ようやく直感が思考にまで昇華して、思わず悟は手の平を打ち合わせる。
 殲滅が中途半端すぎる(・・・・・・・)のだ。
 あるいは普通すぎると言うべきか。
 ダロガに代表されるように、異星人の兵器や巨大生物は基本的に大規模破壊を得意とし、当然ながら精密攻撃を苦手とする。
 例えるなら大金槌だ。
 岩を砕いたり鉄を潰したりするのは得意だが、ネズミや鳩を正確に始末するのは難しい。
 周囲も巻き込んで粉砕するのが精一杯だろう。
 要は綺麗さっぱり吹き飛ばす事ぐらいしかできないということだ。



次に続く


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