サテライトキャノンはニュータイプ羊の夢を見るか
〜ガンダムX考察〜


 さて。今更ながら『ガンダムX』の考察である。全話を視聴し終わってみるなら、本作に対する客観的評価は「隠れた良作」というものである。色々見るべき長所があった本作が何故「誰もが認める傑作」になれなかったのか、という点を追求するのが本コラムの目的である。故に本作のファンにとっては厳しい内容になるかもしれない点をあらかじめ言及しておく。「死んだ子の歳を数えるような愚行はやめろよ」「本作が好きなら賞賛だけしておけ」という意見も確かに一理あるのだが、本作が好きな自分としては「欠点まで許容できてこそ本当の愛である」という信条の元に、ガンダムXの気になった点を考察していきたい。自分とは異なる信条の持ち主は以下の文を読めば不快になる可能性があることを前置きした上で本文に言及していこう。



1:長期的視点の欠落
 難しく書いてはいるが、平たく言ってしまえば「もっと先のこと考えて脚本してくれ」ということになるだろうか。個々のエピソードだけで見るなら十分に及第点レベルだと思う。誰もが認める傑作のエスタルド編や、自分が大好きなカトックのおっちゃん編(
このエピソードだけで自分はXを個人的傑作と認定する)など素晴らしい部分はあったのだが、同時にニュータイプテスト編?など今一つ盛り上がらないエピソードも目立った。

 もちろん各編毎に出来不出来があるのは仕方がないことなのだが、問題はその出来不出来を納得させるだけの一貫性(ストーリィ性)があるかどうか、ということなのではないかと思う。つまり
「傑作短編をつなぎ合わせれば結果的に傑作長編になるわけではない」ということなのだ。打ち切りになったことは置いておくにしても、最初からD・O・M・E編に持っていくつもりだったのなら、もう少し世界を語り将来的な結末を見据えた大きな枠組みを示しておくべきだったのではないか(ニュータイプ信者とオールドタイプの構造的対立とか)。もっともこの不満点も、次に語る欠点に比べれば些細なものだとは思うが。



2:存在の耐えられない軽さ
 あえてきっぱり言っておこう、
本作の最大の問題点はフロスト兄弟である(ファンがいたら申し訳ないが)。当初からレギュラーキャラとして登場し、主人公の最大のライバル兼ラスボスでもあったこの兄弟こそが本作のスケールを小さいものにしてしまった元凶であると思う。

 他の方はどうか知らないが、
少なくとも自分はこの兄弟にさっぱり感情移入することができなかった。好感を持てなかったという意味ではなく、悪役としての敵意をかき立てられることすらなかったという意味だ。その行動原理に共感することは遂に無かった。ニュータイプとして認められなかったことで迫害されたり辛い過去を背負ったりしたのならそれなりに共感もできるのだが、そんな描写はほとんど無かった。むしろ軍内部でも特殊能力を持ったエースパイロットとして優遇され、味方殺しから何からやりたい放題やっておきながら咎められたり不利になるどころか、何もかもが自分たちに都合良く回り、世界連邦という地球規模の大きな組織さえ好き放題に操っている様を見ると「お前らそんなに恵まれていて何が不満なんだ?」という印象を受けるのは自分だけではあるまい。

 そう、
特定個人のために都合良く回る”世界”が薄っぺらくなってしまうのは、某種シリーズを見ればよく分かると思う。むしろ今でこそ唯一神に昇格したものの、種当初はそれなりに迫害されたり失敗していたキラきゅんに比べれば、フロスト兄弟は更に恵まれていると言っても過言ではないだろう。少なくとも自分が知る限りでは、これだけ特定個人のために都合良く回ったガンダム世界は無かったように思う。さっぱり共感できない幼稚な行動原理で動く(成長のない)ライバルを中心に回る世界が、どれほど魅力に欠けるつまらない世界か、ということはこれ以上語るまでもないだろう。

 つまりは長々と語ってきたが、結局は
「ガロード・ランというガンダム世界には希有な熱血少年主人公の相手をするには、ライバルも、ラスボスも、世界そのものも軽すぎた」という結論になるのだろうか。これが単なる駄作だったら一刀両断するだけですんだのだが……。主人公側のキャラの掘り下げやエピソード描写が素晴らしかっただけに、その力量の十分の一でもフロスト兄弟に振り分けてくれれば、誰もが認める傑作たり得たのではないかと夢想すると残念で仕方がない。ホントにもったいない話である。



3:新時代≠ニュータイプではない
 これは欠点というよりはシナリオの方向性の齟齬ではないかとも思うが、
ニュータイプという概念にこだわりすぎたのではないか。そんな画一的なカテゴリ分けに収まらない魅力的な主人公を描くだけの力量があったのだから、最後でわざわざ古臭いニュータイプ論を持ち出さなくても、ガロードの物語に終始するだけで言いたいことは十分に伝わったのではないかと思う。ガロ吉は難しい理屈や正論を吹き飛ばすだけの魅力を持っていたのだから。少なくとも自分を始めとする本作を愛する視聴者にはその方が良かったのではないか。もっともこればっかりは打ち切りになった状況であれこれ言っても仕方ないのかもしれないが。



 -----しかし何だな。こうして列挙してみるとつくづく惜しい作品だと思う。
中盤までの神っぷりを見るとほんっっとーに惜しいと思う。言っても仕方ないことを承知で言うが、何とかならなかったのか……。こうなったらもう二次創作で補うしかないだろうか。世の中本当に分からないものだ。



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