マルドゥック・ヴェロシティ
(ハヤカワ文庫JA 沖方 丁)
それは愛するものを守るため、愛する者全てを切り捨てた-----否、愛する全てから自らを切り離してしまった男の物語。
同作者の『スクランブル』の前日譚に当たる本作ですが、自分的にはこちらの方が好みですな。前作を「バロットの新生の物語」と位置づけるなら、今作は「ボイルドの葬送の物語」と言うべきか。全てを失った身からお節介な後援者の助力を得て新しく生まれ変わったバロットと、愛すべき相棒(と決別して自らを葬らざるを得なかったボイルド。どちらがどうというわけではなく、運命のルーレットは片方を選び、片方を選ばなかったというだけのこと。細かい不満を言えば色々あるのですが。スラッシュ多用の文体に最後までなじめなかったところとか。09メンバーの無理矢理とも言える抹殺ぶりとか。結局対話形式で種明かしをしているところとか。
でも、声もなく涙もなく、ただただ淡々と最愛のナタリアの生命維持装置のスイッチを切っていくボイルドの描写が素で泣けました。誰よりも愛するが故に、他の選択肢を選ぶことができなかった無骨な錆びた銃(。そのあまりに無様で不器用すぎる生き方に今はただ敬意と哀惜を。そして緑の目を持つ少女とバロットが新しい物語を紡ぎ出すことを祈って。この不器用な固ゆで卵がシザースの果てに緑の目の魔女と再会することを願って。
しかしこの作品(シリーズ)って結局最初から最後までウフコックがヒロイン属性でしたな。あるいはある一組のカップルの破局と捉えることができるかもしれません。誰よりも相棒を大事に想い慈しんだが故に、苦悩と絶望を共有することができず、全てを一人で背負い込んで心が折れてしまった男。その苦悩と葛藤を察することができず、ただただ無垢に一途に相棒を信じたが故に深く傷つき自閉してしまった恋人。憎み合うことすらできないままにすれ違ってしまった二人。より優れた使い手と巡り会ったウフコックの救済になることを承知で、自らが倒されることさえ織り込み済みだったボイルドの深い愛情の前には涙を禁じ得ません。ああ、この不器用な男は本当に本当に心の底からこの愛すべきネズミを大切に想っていたんだなあ……(涙)。
あとオセロットの最後にも涙。まさかこんな結末が待っていようとは思ってもいませんでした。どうして人間はロボットにしろ犬にしろ、”心”を持った人外のパートナーにこんなにも心惹かれるんでしょうね。裏切りも絶望も理不尽な死も全てを承知で受け入れて静かに逝った忠犬に最大の敬礼を。
敵役ながらニコラスも良い味出してましたね。当初は憎たらしい二丁拳銃の使い手に過ぎなかったのですが。巨大な運命の歯車と忌まわしい出生に最後の最後まで抗い続けながら、愛することを許されない女を想いつつ静かに散っていった彼は、もう一人の主人公だったのかもしれません。化け物だらけのカトル・カールに混じりながら、彼は一番輝いてたような気がします。
個人的には『スクランブル』あってこその本作。単体でも十分楽しめますが、まずスクランブルを読むことをお薦めします。そして読後にもう一回スクランブルを読み直すと更に味が出るかと。