舞闘剣士vs魔槍猟兵
〜前哨戦〜
スピードを落とさず、かといって無駄に全力疾走せず、一定の距離を保ちながら背後に張り付くミューラーの気配に舌打ちしながらも、ミゲイルは速度をゆるめない。
追撃戦においては追う方が優位に思われがちだが、実際はそう単純なものではない。
先行された相手からの逆襲や、途中に仕組まれた罠などを警戒しながら追撃する事は、追跡側の精神に過大な緊張と負担を強いる。
ましてやこの街はミゲイルにとって地元であり、更に彼は俊足には自信があり、なおかつその操剣能力はアンブッシュ兵器としては最適だ。
万に一つも負けるはずなど無い絶好のシチュエーション。
「世の中は広い。いるところにはいるものだ」
だが、それだけ不利な条件をものともしないで、この恐るべき強敵は確実にミゲイルを追跡している。
放った短剣と自身の両気配関知能力から察するに、ペースも呼吸も全く乱れてはいない。
もちろん動揺や逡巡など兎の毛で突いたほども感じられない。
距離も全く変わっていない。
どう頑張っても引き離せない。
まさに鉄壁。
鋼鉄の猟犬。
「俺はついているぜ、カイト。こうも早く巡り会えるとは」
しかし苦境に追い立てられながらも、ミゲイルには焦燥も絶望もない。
不敵すぎるほどの笑みを浮かべながら、ペンダント代わりにぶら下げた折りたたみナイフを握りしめる。
初めての友達の感触を手の平で確かめながら、彼は心の中で一人吠え猛った。
(ようやく、俺はようやく巡り会えた! ずっと待ち望んでいた本物の”鋼鉄”に!)
ミゲイルは物心ついたときから刃物が好きだった。
その合理性に裏打ちされた機能美と、非合理的な情念と技術によって支えられた造形美。
全く背反する二つの要素を飲み込み、一つの芸術として昇華させた美しさに命の息吹さえ感じていた。
彼にとって美しさは全てに勝る価値観だった。
まだ幼いミゲイルを捨ててつまらない美男子と駆け落ちした母も、目先の権力と地位だけに溺れて官僚主義に染まりきった父親も、醜悪の極みだ。
子供の頃に父親に買ってもらった小さい折りたたみナイフは、ミゲイルにとって本当の宝物であり、何ものにも勝る親友だった。
ナイフは裏切らない。
何でも切れる魔法の刃物。
ミゲイルが『カイト』と名付けたそのナイフは、いつだって彼のそばにいて絶対に離れたりなんかしない。
その小さくて美しい芸術品はつぎ込んだ時間と労力に見合った報いを彼に与えてくれた。
刃こぼれしてしまったナイフを初めて砥石で研いだとき、失敗して刃が丸くなったときの悲しみは今でも鮮明に思い出せる。
彼の大切な友達が存在価値を失ってしまった瞬間。
大声で泣いた。
自然に涙が溢れて止まらなかった。
だからこそ冬の冷たい朝に、身を切るような冷水に耐えてナイフを再び研ぎ挙げて、以前にも勝る輝きを宿らせたときには、飛び上がるほど嬉しかった。
どんな時もミゲイルの傍らに有り彼の信頼を決して裏切らない小さな刃物は、いつも一人で父親の帰りを待つ時間を共に過ごす大切な半身だ。
本を読むよりも、音楽を聴くよりも、そのナイフの美しさに魅入りながら小さい窓から夜空を見上げるのが好きだった。
だから、その折りたたみナイフを父親が捨ててしまったとき、ミゲイルは初めて憎悪という感情を学んだ。
出世競争に敗れて、酒に溺れながら我が子に当たり散らすことしかできなくなってしまった父の暴力に耐える毎日は、確実にミゲイルの心に虚無の亀裂を生み出していった。
唯一の友達を失い、唯一の肉親に痛めつけられる孤独と絶望に折れそうになった少年が、失われたはずの友達を求めたのもやむないことだろう。
(助けてカイト! ボクの声が聞こえてるなら……今こそ助けて!)
泥酔した父親に蹴り飛ばされながらミゲイルが声にならない叫びを上げていると、不意に父親の動きが止まる。
おそるおそる見上げたミゲイルの前で、動きを止めたままゆっくりと倒れ込んでくる父親。
倒れ伏したその背中に深々と突き立つのは、家の前を流れる大河に投げ捨てられたはずの折りたたみナイフ。
そしてまるで自ら意志があるかのように父親の背中から独りでに抜け、そのままミゲイルの手の中に収まったナイフを前にして、彼が真っ先に感じたのは恐怖でも驚愕でもなく、友情と感謝だった。
「ありがとう、カイト! 本当にボクを助けてくれたんだね!」
まるでミゲイルの言葉に応えるように、ナイフは手の中でクルクル回る。
あたかも飼い主にしっぽを振る子犬のように。
あちこちが僅かにさび付いた姿が、やけに頼もしく見える。
この瞬間からミゲイルは舞闘剣士への道を歩み始めた。
人間よりも刀剣を信頼する孤高の剣士へと。
『限定念動』
対象物が限定された念動力であり、ミゲイルの場合は刀剣に限定して発動する超能力。
それは後に所属する『白銀の革命団』で教えられた知識だったが、ミゲイルにとってそんな些末事はどうでも良かった。
心血を注いで手入れをした刃物は彼の意に応えてくれる。
その事だけで十分だった。
かろうじて一命を取り留めた父親の元を飛び出すと、ミゲイルは町外れの鍛冶屋に弟子入りする。
より深く刀剣について知識を得るため。
そしていつの日か自らの手で”友達”を鍛え上げるため。
元々素質はあったのだろうが、加えて常人には無い異能と、何より完全に刀剣に没頭し尽くすその性格から、ミゲイルはめきめきと頭角を現すようになった。
その才能を他の弟子に妬まれることもあったが、ミゲイルにとってそんな連中は最初から眼中に入ってさえいなかった。
彼にとって人間など刀剣の従属物に過ぎないのだから。
「こんな男が一人くらいいてもいいさ。俺にはお前達がいる」
師匠とも他の弟子とも関わり合いを持とうとせず、誰もいない夜の路地裏で自らが鍛え上げた刀剣達を踊らせているだけで幸せだった。
誰からも理解されず、誰も理解できない孤独とも無縁だ。
ミゲイルは一人ぼっちではなかったから。
だが、悲劇は数年後に起こった。
病に倒れた師匠の後継者を決める刀鍛冶勝負。
誰の目から見てもミゲイルが唯一無二の後継者だったが、他の弟子達がそれを認めなかった。
師の意識が戻らないのを利用して仕組まれた八百長勝負。
そして皮肉なことにそれはミゲイルにとっても好都合な成り行きだ。
元から師の工房を受け継ぐことに興味が無く、煩わしい人間関係を切り捨てたかった彼にとって、さっさと出ていくお膳立てができて逆に助かるくらいだ。
だからその仕組まれた後継者争いは関係者全てが納得する結末になる-----はずだった。
もとより融通の利かないミゲイルではあったが、刀鍛冶に関しては特にその傾向が顕著に現れる。
例えそれが結果の決まっている八百長勝負だったとしても。
最初から勝敗など眼中になく渾身の一本を鍛え上げて、その上で継承権を放棄する腹づもりだったのだ。
しかしミゲイルの気性を最後まで理解できなかった弟子連中にしてみれば、それは不信に値する裏切り行為に映ったのだろう。
およそやってはならない愚行に出た-----ミゲイルの刀鍛冶を妨害しようとしたのだ。
それも買収した末弟子を使って焼きを入れる水に薬品を混ぜる、という最悪の方法で。
気付いたミゲイルが咄嗟に刀剣を引き上げるより早く、刀身に無数のヒビが入る。
最も繊細な処理が要求される工程で、一番大事な水温が劇的に変化すれば当然の結末だろう。
それは確かに恥ずべき愚行だったが、しかし逆に言うならあくまで『愚行』に過ぎないという見方もできる。
少なくとも普通の人間にとっては「大切な物を壊されてしまった」のだから、激怒に値する愚行で済んでしまった可能性が高かっただろう。
だがミゲイルにとってそれは愚行ではない、万死に値する『非道』だ。
彼が精魂と魂を込めて血肉を与えた”友達”が目の前で殺されてしまったのだから。
醜悪にも快哉を叫ぶ弟子連中が、自らの背後で蠢く鋼鉄の影に気付くことは遂に無かった。
「-----そんなに死にたいのか、クズども」
激怒したミゲイルが暴走させた繰剣能力は、愚者の群れが己の運命を悟るより早く、苛烈で凄惨な鋼鉄の旋風を巻き起こす。
自らが操った数本の刀剣で肉片地獄を創り出したミゲイルは、今度こそ表舞台から姿を消した。
父の時はあまりにも不自然な状況故に罪に問われることはなかったが、今度は誰の目にも明らかな-----そして異常な殺戮の現行犯だ。
そして地下に潜ったミゲイルに不可解な組織が接触してきたのは潜伏間もない頃だった。
次へ続く