舞闘剣士vs魔槍猟兵
〜前哨戦〜
先手を取ったのは-----驚いたことにミューラーだった。
冷徹に死刑宣告を放ちながらも、一向に緊張の様子を見せずポケットに手を入れたまま無造作に歩み寄ろうとするミューラーの姿勢からは何の危険性も感じられない。
ましてやこちらは遠隔攻撃ができる。
遮蔽物もない。
まだ五メートル以上は離れている。
確実にこちらが先手を取れる条件が揃っている。
まさに絶好のシチュエーションだ。
……以前のミゲイルだったらその隙を突かれていただろう。
「甘い!」
「!?」
だが、ミゲイルは殺気の射線の一方を身を捻ってかわしながら長木箱からソードブレイカーを引き寄せ、もう一方の射線をその峰のノコギリ刃で叩き落とす。
咄嗟に合わせたソードブレイカーの峰を削り取りつつ、見えない”何か”が超高速で掠めていったのは予想通り。
ミューラーがこの間合い、このタイミングで仕掛けてくるのも十分予想範囲内だ。
逆に言うならミゲイルの反射神経と身体能力を以てしてもある程度予測しないとかわせない攻撃という見方もできるが、とにもかくにも相手の必殺の先手を凌いだのだ。
この隙を見逃すのは敗北に等しい。
必殺の攻撃がかわされてなお眉一つ動かさないミューラーだったが、すかさず間合いを詰めようとしたところをバトルアックスに邪魔され、一睨みで打ち返す-----
「む?」
-----はずの攻撃が止まらない。
バトルアックスは扱いやすさよりもその打撃力をこそ最大限の目的としているものだが、ミゲイルの鍛え上げた”それ”は常識を度外視して、明らかに打撃力だけに特化したバランスとデザインを持っていた。
独楽の如く高速回転して突っ込んでくるその黒い旋風は、一撃では軌道を僅かに逸らすことしかできなかった。
仕方なくすかさず追撃をかけてようやく軌道を逸らすが、その後から待っていたようにフランベルジュが突撃してくる。
波打つ刃は鋼の顎か。
美しき鋼鉄の鰐とも言うべき一撃を迎撃しながらも、ミューラーはさすがに追撃を諦めざるを得ない。
なぜなら正面のフランベルジュにタイミングを合わせるかのようにして、背後上部から日本刀が斬り込んできたからだ。
更に先ほど打ち落としたはずのバトルアックスが高速旋回する風切り音が背後から近づいて来るとなると、まず防御が肝心になる。
その隙に十分間合いを離したミゲイルを見つめる視線は必殺の投槍。
もはや物理攻撃力を備えていると言っても過言ではないほどの厳しさと殺意に満ちていた。
事ここに至ってミューラーも認めざるを得なくなったと言えるだろう。
------ミゲイルがこちらの攻撃の性質をある程度把握し始めていることに。
先制奇襲以来悉くの攻撃を跳ね返されていたミゲイルだったが、無為に遠隔攻撃を仕掛けていたわけではない。
攻撃の数、方向、スピードを巧みに変化させることによってミューラーの攻撃の性質をある程度計っていたのだ。
ミューラーの攻撃が物理打撃であることは間違いない。
例え不可視であっても無限でもなければ、無数でもないはず。
その間合いと攻撃力、補足範囲を絞り込むのは決して不可能ではない。
逃走に偽装した誘い込みと平行してミューラーの能力を測っていたミゲイルに分かったことは三つ。
一つはあの攻撃の射程が数メートル〜七、八メートル弱程度であり、ミューラーの全周囲をカバーしていること。
二つ、あの力は”攻撃”であり、防御ではないこと。
あれは見えない防壁などではなく、何らかの攻撃なのだ。
原理こそ分からないが、ミューラーはその全身から何かを(人間の動体視力を超える)超高速で打ち出して相手の攻撃を打ち返している。
そして三つめ。
これが一番大事なのだが、あの攻撃は複数同時攻撃行うときは射程が短くなっている。
ミゲイルの必殺の一撃を防いだときより、同時三連射を凌いだときの方が明らかに射程が短かった。
あれだけの高速攻撃を複数同時制御するのは集中力が必要なのか、それとも単に力を分散すると効力が低下するのか。
理屈はともかくその推測はほぼ間違いない。
現に今、絶好の追撃機会にもかかわらずミューラーは射程内のミゲイルを攻撃することができなかった。
その身に迫る三連撃を完全に防御したにもかかわらず、だ。
「これは期待外れかな? エンジンはこれからだぜ」
そしてそれはミゲイルにとって格好の相手であることを意味している。
ミューラーの”力”は正面から戦う限りはほぼ無敵だろう。
一つの得物を駆使して速さと攻撃力を競う限り、真っ当な手段ではまず抗し得ることはできまい。
怪物的な身体能力に支えられた戦技と経験を以てミゲイルを鍛えたあのAでさえ、正面からぶつかる限りミューラーを打倒することは難しいだろう。
超常的な防御力か速度を持ち出さない限り、魔槍猟兵の顎を逃れる術はない。
だが、ミゲイルの遠隔攻撃能力があればそれが可能になる。
複数の得物で立体的に波状攻撃ができるミゲイルの繰剣能力はミューラーの力を逆手にとって完封することも不可能ではない。
まさに攻撃は最大の防御と言うべきか。
舞闘剣士は魔槍猟兵にとって最大の天敵だったのだ。
しかしそれならば、天敵を前にしてここまで不敵に盤石を体現する男を何に例えればいいのだろうか。
「お前が一流を目指すなら-----傲るな」
静かにそう言い放ったミューラーが両手をポケットから取り出すだけで。
僅かに腰を落として身構えるだけで。
視線を投槍から剛槍に切り替えるだけで。
「ッ!?」
存在感が倍加する。
辺りの空気が凍り付く。
ミゲイル自慢の血盟刀剣群も、自身さえも気圧される。
ほとんど物理的な圧迫感さえ伴ったプレッシャーを切り裂くように、ミゲイルが正面から日本刀を斬り込ませたのは、半ば条件反射に近かった。
彼の鋭敏な闘争本能が警鐘を鳴らしたと言っていい。
『ここで引いたら押しきられる』と。
可能な限り速度を上げた正面の刀を囮にしながら、斜め背後から振り下ろすようなバトルアックスで攻める。
念押しも兼ねて反対側からグラディウスで一閃。
悪くても相手を封じ、次の一手につながる連続攻撃-----
「何ぃっ!?」
-----が打ち砕かれたのは次の刹那。
凄まじい速度で突き出されたミューラーの右掌の前に日本刀が真っ二つにへし折られる。
すかさず劣らぬ速度で繰り出された左後ろ蹴りに弾き飛ばされるように、バトルアックスが叩き落とされた。
ほとんど同時に二撃を繰り出したミューラーの背後から殺到するのは最後のグラディウスだが、驚くべきことに魔槍猟兵は思い切り上体を捻ってその一撃をかわす(。
「いっけぇーーッ!!」
今まで決して見せなかった回避行動を取ったミューラーの姿に何を感じたのか、産毛が逆立つのもかまわずミゲイルは待機させていた全弾を解き放つ。
もはやそれだけの数の”手足”を完全にコントロールするなど今のミゲイルの能力では不可能だ。
故に全軍を一端急上昇させてから、位置エネルギーをも利用して十分な初速を与えて射出する以外に手がない。
本来ならそんな無粋な打ちっ放しのやり方はミゲイルの美学に反するのだが。
今はそんな綺麗事を言っている場合ではないのだ。
この鋼鉄の人食い虎の前進を何としてでも止めない限り、ミゲイルに生き残る術はない。
「-----底が知れるな、小僧」
疾風の如くダッシュするミューラーが大気を切り裂くように右腕を横一閃するだけで、波状攻撃の第一波が容易く粉砕される。
それはまるで巨大な絶壁に跳ね返される淡波のように。
すかさず第二波が挟撃を仕掛けるが結果は同じ。
鋭く左右に突き出されたミューラーの両腕に堰き止められるかのように、鋼鉄の波が止まってしまう。
それでも何とか不可視の鉄壁を突き破ろうと可能な限り再攻撃を繰り返す剣刃達だったが、ミューラーの力が増したのか、それとも繰剣能力が低下したのか。
どうしても前進することが出来ない。
「取った!」
-----それはミゲイルが用意した最後の攻撃。
ミューラーの真上に陣取ったバトルアックスが恐ろしい速度で回転しながら急降下してくる。
先の攻撃で跳ね返されたとはいえ、それは今のミゲイルが用意できるもっとも重い攻撃。
しかも落下速度を利用し、ありったけの力を込めている。
この一撃で届かないなら、もはやミゲイルの力で魔槍猟兵を倒すのは事実上不可能になってしまうのだ。
「はっ!」
そしてこの恐るべき魔人はその一撃さえも粉砕して見せた。
ほとんど真上目掛けて繰り出した右垂直蹴上げは、ミゲイル最重量の得物であるバトルアックスを見事に打ち砕く。
その衝撃波と闘気は天まで届かんばかりだ。
事ここに至って舞闘剣士と魔槍猟兵の決着は付いた。
遂に剣士の刃は槍兵の喉元に迫ることは出来なかったのだ。
次へ続く