Something
2006.Aug.4更新
ここは、思いついたことを思いつくままに書きとめているところです
日に新たに 2006.9.24
 海外で仕事をしてるとなかなか大変なことも多いです。たとえば言葉の問題。日常会話なら多少通じてなくてもまあいいかと思えるのですが、仕事となるとやはり一言一句大切です。
 しかしそういう生活の中でも、心がけてるのは、手を抜かず自分ができるベストを尽くそうということです。
 そうすると毎日が充実してるというか、毎日自分が新しくなってるっていうか..進化してる気がします。誰と比べるわけでもありませんが、自分の中ではいつでも私が最高だと思っています。今まで生きて来た中で今が最高です。でも人それぞれに違う道ですばらしいから世の中うまくいくのでしょうね。比べられないですね。

ノス ベレモス 2006.8.20
  また会いましょうと言うとき、英語なら「See you!」といいますが、スペイン語では「Nos veremos!」といいます.よく似た表現だと思うのですが、この2つの言葉を文法的に解釈してみると、主語と目的語に違いがあることに気づきます.どちらも主語は省略されていいますが、英語の場合は「I(わたしは)」、スペイン語の場合は「Nosotros(私たちは)」となります。目的語は英語が「you(あなたに;あなたたちに)」でスペイン語は「nos(私たちに)」です.
 解釈すると、英語が「私はあなたに会うでしょう」と言っているのに対して、スペイン語では「私たちがお互いに会いましょうね」と言っている感じです。さようならを言う時の挨拶の主体が自分だけなのか、相手をも含むのかの違いですが、この場面での当事者はお互い同じ立場だと思うので、私たちの方が合ってるような気がします.
私はスペイン語のこの微妙なニュアンスが、英語より暖かい感じがして好きです.

マニャーナ 2006.8.4
 スペイン語はドミニカ共和国に来ることが決まってから勉強し始めたので、これを書いている時点で、まだ10ヶ月過ぎていません。そう、10ヶ月前までは、数字を数えることもできなければ、最も簡単な挨拶の「オラ(Hola)」すら知らなかったのです。そんな私の目から見たスペイン語考です。
 「マニャーナ(mañana)」 西和辞典で調べると、「朝、午前、未来、明日、(近い)将来、まさか!」注1とあります。非常に曖昧な感じのする言葉なのですが、とても深い味わいを感じます。用事を頼むと、「マニャーナ」とよく言われます。これは明日ではなく、近い将来なのでしょうか。翌日にその用事が解決することはありません。時間に厳しい日本人はこういうギャップにイライラするとよく言われますが、ここに日本人に足りない時間に対する文化があるように思います。「明日やれることは今日やらなくてもいい。注2」という言葉は、いい加減なのではなく、その日その日をベストに過ごす文化を表現した言葉だと思います。よけいにすることによって明日が楽になるかもしれないけれど、今日にそのしわ寄せが来るのです。また「明日」の楽になった時間にまた新たに何か仕事が入るでしょう。そうやって日本は明治維新の時も、戦後の復興も乗り越えきたのだと思います。
 しかしこう考えるとどうでしょうか。今日という日はもう既に完成されていて、よけいなことを増やすことで完璧な「今日」は完璧で無くなるのです。ということは新たに増えた用事はマニャーナにまわされるのです。これは翌日ではなく、近い将来なのでしょう。
 明日のために今日を生きるのか、今日のために今日を生きるのかの違いだと思います。今日を一生懸命生きるというのは、今日を明日のために使ってはいけないのです。ここに心の余裕が出てくると思います。人生を脇目も振らずに仕事を詰め込んで突き進んでいくのを否定するわけではありません。マニャーナという言葉には今日、明日、明後日などの時間の区切りがないずっと連続した時間が流れているように感じます。
注1:改訂版現代スペイン語辞典:白水社
注2:ドミニカ共和国事情

赤信号でわたれ 2006.7.22
 本当に赤信号で渡れと言っているのではありません。念のため。。
 あなたが歩行者で、横断歩道を渡るとき、何に注意しますか?当然歩行者用信号が青色かですよね.信号が青だと安心して渡れます。しかし、歩行者用信号が赤のときに渡るとしたら、何に注意しますか?おそらく細心の注意を払い、車やバイクがきていないか確認してから渡るでしょう。海外に出ると普段の生活全てが、その赤信号を渡ってるような心理と似ているような気がします。ルールはあるのですが、それが守られているかどうかを自分がしっかりと確認しないと誰も助けてくれません.青信号だからと言って、左右を確認せずに横断歩道を渡ろうとすると、どこからともなく車が猛スピードでやってきたりします。でもこの「自分の身は自分で守る」というのは日本でも同じだと思います。日本でも同じく家の戸締まりや道を歩く時だけでなく、日常生活全てにおいて赤信号で渡ってる時のような緊張感を持って注意深く生活すべきだと感じています。

何が売れる? 2005.12.21
 国際関係を見ていると、先進国と開発途上国との間には、なぜ経済的な差があるのか気になります。
 私が思うには、勝負できる「売り」があるかないかではないでしょうか?
 先進国には先端技術があり、その技術によって生み出された工業製品が他の国にないものとなっています.
 それに対し、途上国では産業が無いわけではないのですが、それは他の国にもあったりして、特に他から必要とされるものではなかったりします。すなわち買ってもらえるものが無いということなのです。
 それを、人間個人に置き換えてみると、どうでしょう?
 あなたは社会にでて、何を売りますか?
  労働力、知識、技術、パーソナリティ、何を持っていますか?

Who am I? 2005.12.12
 人生80年として、その間に何をする?  聖徳太子もナポレオンも、中国を統一した始皇帝も、特別に長生きしたわけではなく、我々と同じように与えられた時間を過ごしていたのだと思うと、不思議な気持ちになる。
 一回きりの人生、歴史に名を残した人たちは、私と同じ年頃に何をしていたのだろう..と考えると、何かくいの残らない生き方をしないと。と思う.
 さて、そこで何をしたらいいか、私なりの結論(現時点で)。
 「自分が楽しいと思うことを見つける.」
 地位や名誉、富などは目標ではないとおもう。アインシュタインがなぜ、相対性理論を書き上げたか、リーナストーバルズがなぜLinuxを完成したか。それは彼らが好きなことを見つけそれに専念できたからである。

フラッシュ講習 2005.10.09
 2002年にフラッシュの講習を受けてきましたという文が残っているので、いつ頃からやり始めたのかがよくわかります.まだまだ奥の深いソフトなので、これからもっと勉強したいなあと思っています.その私が、この夏フラッシュの講習会を担当しました.
 受講してくださった先生方に、うまく伝えることができたのか、少しでもアイデアや手法をもって帰っていただくことができたのか心配なところですが、終わって最も感じたことは、 この講習会で一番勉強になったのは、私だと言うことです.
 もし、想定外の質問が出たらどうしよう、講師のわたしが、一つぐらいはわからないことがあったとしても、それ以上、わかりませんというわけにはいかないと思い、当日までに必死であれこれ試してみました.その結果、新しい発見もあり、新しいアイデアも浮かび、今までやりたいなと思っていたけど、後回しになっていたことも、この機会に全てやってみることができました.
 講演会でも講習会でも、最も勉強になってるのは聞きにきている人より前で話している人かもしれないと思った1日でした。とても楽しく過ごすことができました.

サイト復活 2005.09.01
 平成17年度に入って(17年4月)自宅サーバの予定していたネットワークの実験を一通り終了しましたので、サーバを停止いたしました。それに伴い、murakami-t.comドメインも終了しました。 ただ、3年余りのウェブページ運営は、なくなると少し不便なところも感じられたので、ここにレンタルサーバ上に、”murakami-t情報教育”のサイトを復活させました。今後どのような展開にあるかわかりませんが、このサイトを訪れた方の参考になれば幸いです。
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