会員の様子から

2007.6/23

  久しぶりの寂しい上映会

ここ何回かは、すべて10名以上を記録していたわが上映会も今回、またまた以前に戻ったような観客動員数になってしまった。なんとたった4名であった。以前はこのようなことがたびたびであったので特に気にしなかったが今回だいぶ安定してきたので今回も10名以上は、と期待していたが、残念ながら4名だけの映画鑑賞会になってしまった。確かに、今回は夜の開催、作品が地味、呼び物の俳優や監督ではない、等など、さまざまな理由が考えられるが、特に今回は内容勝負という感じで送り出した作品「マーティ」だったので、特に残念でした。この作品は1955年の作品で、映画とテレビとの確執の中、テレビ界で活躍していた監督を抜擢、俳優もいはゆる有名俳優ではなく、渋い脇役であったアーネスト・ボーグナイインを当て、テレビで放映した作品を映画用に練り直して脚色して製作した作品である。そのような中で作られたものなので、作り手側にはさまざまな思い入れの入った物である。そして実際この作品は歓迎されたのである。日本にもアメリカ公開の同じ年の1955年にすぐ輸入公開された。映画好きにはたまらない作品である。味わい深いセリフ、アメリカの男たちの日常、イタリア移民の生活ぶり、いってみれば一般庶民たちの生活ぶりが描かれ、男女の恋愛感情の表現、家族の嫁、姑の関係がセリフの中に上手に織り込まれ、なかなか味わい深い作品となっている。このような本当の意味で映画の面白さを感じられる作品に人が集まることができるような映画鑑賞会に育てたいと願っている者としては、残念であるが、これが現実ということも肝に銘じてさらに努力していこうと考えました。

  こんなこともありました
 
2007.5/20

日本映画「愛妻物語」(1951)を上映しました。新藤兼人監督の監督デビュー作品でした。しかし、日本映画というだけで敬遠されてしまう方もいるようで、とても残念です。そして、黒白映画というのも、ダメという原因の一つです。モノ黒映画もなかなかすばらしいこtもあるのに、初めからイヤといってしまうのはなんともったいないことと私などは思うのですが、なかなかその思いは伝わりません。映画の好みは様々で良いと思うのですが、鑑賞する前から決め付けてしまうのは、映画の幅を狭めてしまうもったいないことだと思います。ぜひ、これから映画を楽しもうと思う方は自分の好みの映画ばかりでなく、こんな映画はどうかなと思うような作品も鑑賞してみるのも映画を楽しく見る方法の一つのように思います。特に日本映画は捨てたモンではなく、映画を楽しむにはとても良い(まず字幕を読まなくても良い)ものだと思います。 

4月21日「麗しのサブリナ」

 今回は、鑑賞後の感想がとても盛り上がりました。初めて参加された方でとても映画を(映画の見方を)よく知っている方がいらして、ご意見をおっしゃってくれて、とても皆さんがその意見に触発されて楽しくなりました。それは、こんな話からでした。「オードリーが変わったのは確かに、服装や髪型でしたが、もっと変わった点はなかったですか?それは眉毛ではないでしょうか?映画を見るときに何かを気付くことはとても楽しいことです。サブリナが変化したことを良く見るとそんなことにも気付きます。皆さんもどうですか?それから帽子もそうですね。帽子の被り方で経営者とプレ−ボーイの違いを出していました。監督や衣裳などの裏方は見えないところでたくさんの工夫をしています。そんあところを映画から読み取るとさらに楽しくなりますよ。」「また、フランスでの季節の変化をどのように表現していたでしょうか?料理学校の背景の窓に降る雪や風景で今どんな時か、そして2年間が経過していった様子をだしていました。』そんな意見からいろいろと気付いたことが出てきました。「ガラスが壊れる場面が出てきましたが、この会社はプラスチックを開発していますが、その対比を上手に示していました。」「20世紀という言葉が一つキーワードになっていますが、上下(金持ちと貧乏人)との違いをいとも簡単に超えてしまうことが新しい時代というように捕らえています。」
また、「訳しかたが、ちょっと違うということを聞きました。植物の名前が栗と訳されたところがありましたが、本当はマロニエだそうです。」私たちは、字幕がでれば、それを正しいと思ってしまいますが、ときどき間違っていることもあるようです。マロニエの方がパリらしいですね。今回はいろいろな観点から見る見方が会員の方から出されてとても充実した映画会になったことを感謝しています。

3月25日「シェーン」

西部劇はちょっとという女性たちが多いことは知っていましたが、「シェーン」は西部劇というよりホームドラマ的な作品といえるので、多少期待していたが、やはり西部劇はちょっとという方にはなかなか親しみがもてないようです。いつもより少ない人数でした。残念!!アラン・ラッドがいい味を出し、少年との関係や家族との関係を上手に描いている。やはり流れ者は最後に去るしかなく「シェーン、カムバック」の呼び声と共に立ち去っていく。てっきり去って行く場所は少年の家かと思い込んでいたが、酒場だったのに驚いた。何回見てもいいかげんに見ていることがばれてしまうのに、赤面するやら感心するやら。

映画上映会をやっているとなかなか難しい。最後のテロップが流れ終わるまで見て欲しいと思うが、席を立ってしまう人がいろのにがっかりすることがある。また、話しをしたり、ガサゴソした音が気になったりする。また、最近は携帯が途中で鳴ったりするのにはちょっと映画鑑賞のマナーに反していると思います。

◎ 今日も20名弱(18名)の観客が集まりました。
  今回は朝日のマリオンにも掲載され、期待したところ、一件も問い合わせがなかったので、前回のように20名は無理と思って、1時過ぎに行った ところすでに何名かの人が集まっていて、会員の方が心配して待っていてくれました。1時半の開幕時には、前回とほぼ変わらないほどの人数にな っていました。やはり、どのような形で観客数が増減するのか、よくわかりません。特に今回は、今まで一度も会場に足を運んでいただけなかった人 が9名もいたのには驚きました。参加者の中の意見では昔見たことがある作品などで来て頂けたとのことを聞くと、やはりそのような作品を選んだ  時は結果として、20名前後は集まっていただけるのではないかと思います。今回の「陽のあたる場所」はモンゴメリー・クリフトとエリザベス・テイラ  ーとの共演ということで、懐かしさで集客力のある作品だったのでしょう。そして、私たちの研究会もこのプラザイーストという場所に定着してきたの  かもしれません。1998年から10年目に入った実績も多少あるかもしれません。地元の人たちに多少は認知され始めたのかもしれません。
  それにしても、行政というのは、貸してやっているという意識が変わらないのが情けないと思います。我々の税金で作った施設を利用している側を お客様と思っていないと感じることがしばしばあります。なぜでしょう?やはり、役人の考えというのがいつまでも消えないのでしょう。一緒に協力して 地域を盛り上げていこうなどという意識はほとんどといってないように思います。我々はあくまで非営利団体であるのは、今までの活動を見ていれば わかるはずです。会場費がかかり、駐車料金もかかり、その他宣伝費など、諸々の費用の負担は相当なもので、その分は我々、会員の方々の協 力なければできなたったことなのです。会場の利用の仕方で不思議だったのはむしろ借りている側が感じていたことで、明らかに営利団体と思われ た所に貸し出していたのは、会場の貸し出しの方が間違っていたのではないでしょうか?だからといって我々の団体の扱いについて、あれこれ言っ てくるのは、どうしてでしょう。会費を集めなければ、成り立たない個人的な研究会に対して協力こそすれ、何ゆえ苦情をいってくるのでしょうか?
  そして、さらに驚いたのは、今まで一度も請求されなかったスクリーンの代金まで徴収していこうとするのは何なのでしょう?新しい施設の要項を  見ていないので、変更、改正となって、AV装置以外にもスクリーン代を別途集金するようになったのでしょうか?それならば、毎月使用している団体 ぐらいにはなんらかの連絡があってしかるべきではないでしょうか?本当に今回はグチのようになってしまったのは、せっかく多少軌道に乗ってきた 会の活動をより良くしたいという思いが強くあるからなのです。現在、我々の会もだいぶ地元に定着しつつある中で行政やNPO法人などとも連絡し 合いながら新しい方向を考えていこうと思っています。ぜひ、良い智恵があったら、お教えください。 

 ◎ ついに観客が目標の20名に達した日
 

 2007年1月14日
 プラザ・イーストでの上映会(映像シアターでの)で初めて、20名の方々が集まりました。
イタリア映画「道」1954(フェデリコ・フェリーニ監督)を上映したところ、なんと定員80名のところ、20名の観客が集まりました。
とても、和やかな会場で終了してもその感動が会場を包んでいました。
昔見たけれど、すっかり忘れてしまった箇所や場面がたくさんあったことややはり、ニーノ・ロータの主題曲の話しが多くの方から出されました。
どのようなプログラムを組むと観客動員ができろのかが、まだまだつかめずにいますが、名作というだけでなく、その映画に何らかの付加価値がついた作品を選出していくと多くの方々に集まっていただけるのでしょう。でも、まだなかなかどのような作品が望まれているのかはわかりません。
これからも皆さんの要望等をお聞きしながら、上映作品を選出していきたいと思っています。
ぜひ、私たちの上映会にお出かけください。お待ちしています。 

◎ 参加者なんと0人 !!!

 1998/3.21
     1998年1月から始めた「世界映画史講座」PRATTはなんのつてもなしにただ開始したいの一心で始めました。
    参加者は1月1名、2月4名、さあこれからという3月には、待てど暮せど開始10、20分になっても誰も来ません。
    仕方なく、上映作品「カリガリ博士」を途中まで、私一人で鑑賞して、寂しく幕を下ろしました。残念!!
   後日談 : その年の7月「黄金狂時代」、9月「結婚哲学」にはなんと7名の参加者が集まりました。
          その後は10名前後が続いています。年1回の映画祭(無料)には20名前後の観衆が集まっています。    


 ◎ 名作「石の花」にはなんと27名の観客

 2000/2.19
     2000年の2月に公開した「石の花」は第4セミナールームで行いましたが、いつものつもりでギリギリに入って来た会員が中に入ろうとしてビックリ!!!
    会場には一杯の人たちがいるではないですか?これまでの上映会の最高人数27名を記録。
    感想にもいくつか印象的なものがありました。
    感想1: 昔見て感動したので、もう一度見たいと思って見に来ました。とても感動しました。
    感想2: 姉がとても良い映画だというので見に来ました。すばらしかった。
    感想3: 当時はもっとカラーがきれいに見えました。
  「映画会」をやってよかったという思いがしました。(代表より)

   追記 : 2000年は20名以上の観客動員を集めた作品が「第三の男」(29名)「欲望という名の電車」(22名)でした。

  ◎ 「裸の島」DVDにはヒヤヒヤ

 2001/8.18
     6月の「飢餓海峡」は大盛況で21名の観客を集めました。今回の「裸の島」には8名しか集客できませんでした。それも全員会員のみでした。
    開始してから異変に気付いたのは、私だけのようでした。今回初めて、DVDを使用しましたが、会場にはDVDを再生する機械が入っていなかったので、持参してビデオに接続し    て始めました。どうも見ていると変です。画面が波を打っているのです。どうも皆さんは古い作品なのでフィルムが傷んでいるとでも思ったのでしょうが、映像を担当している者とし    てはヒヤヒヤものでした。どうも、ビデオを通して再生したのでガードがかかったようで、時々波打ったような映像になったようです。今はDVDでも再生できる機械が備わったので    そのようなことは起きないようになりました。


 ◎ いくつかの変更 アフリカ映画「チェド」の場合

     上映作品は、1998〜2005の8年間はすべて、私(代表)が選びました。最初に映画会でやりたいと思うものを優先するので、上映会ぎりぎりまで作品が手に入らないこともあり    ました。結局、いくつかは変更せざるを得ないこともありました。特に、手に入りにくい地域の作品は数少ない中の1つを選ぶので、替わりの作品も当然手に入りにくいこととなる。
    特に、ぜひやりたいと思い組んだウスマン・センベーヌ監督(セネガル)の作品は結局やることができなかった。候補作品としては「チェド」を予定していたが、彼の他の作品か他     のアフリカの作家の作品でも仕方がないと思いつつ、準備しました。私は「チェド」を近くの図書館にあったものを借りてみていましたが、その作品は廃棄になってしまったとのこと
    そのため、セネガル大使館に問い合わせをしたり、アフリカのビデオを扱っているビデオショップなどを紹介してもらって、問い合わせをしたが、結局うまくいかず断念。
     確かアフリカからキューバへ飛んで「苺とチョコレート」になったかと思う。これも良かったが。


 ◎ いつかは監督や俳優などにきてもらえることを夢見ています

     今年2006は、映画会も新しい出発をスタートさせ、映画をもう一度振り返って、映画の誕生から21世紀のわたる100年以上を皆さんと辿りながら、映画の発展を見つめ直したい    思っています。そして、この新しい幕明けに、代表は2本の日本映画を代表する監督作品のエキストラに出演しました。
    1本は「それでもワタシはやっていない」という痴漢犯人にされた冤罪事件をテーマにした周防正行監督の作品の1乗客としてのエキストラです。
    周防監督の最初の挨拶が印象的でした。「エキストラも映画を作る一人として大切です。怪獣映画で怪獣に襲われる場面のエキストラがニヤニヤしていたのではダメでしょう。
    今、どのような場面かを考えて出演してください。よろしく」という内容でした。この映画には、ちょっこっと出るか出ないかくらいでしょう。
     もう1本、彩の国エキストラ・ボランティアとして参加した「夕凪の街 桜の国」という漫画の原作(こうの史代著)にした原爆投下のその後の広島を舞台にした作品の映画化で監    督は、佐々部清さんで、これには4日間参加しました。川口のSKIPシティで撮影された”夕凪の街”の主人公が住む商店街のロケの飲み屋に通うノンベイの役(ほとんど酒を飲    まないので適役とはいいがたいが)で台詞はありませんが、役者の後ろを歩いて店に入ったり出たりするので、少なくとも自分は画面に映ればわかる役であった。
    そんなこんなでとても面白い経験ができ、今後もそのような要請があれば参加して、現場での体験をした映画を見て楽しむということができれば、さらに映画を楽しむことができる    と思えるし、そのうちに台詞のあり役や係わった監督や俳優さんたちに「映画会」に来てもらうなどという夢を描いています。



 ◎ 施設が徐々に充実  DVDもできるようになった

     以前「裸の島」を上映したときに、とんでもないことが起きたことは、前に報告しましたが、そのとき使ったのは、DVDでした。まだDVDの再生する機械が導入されていなかった    ために起きたトラブルで、まったく予想しなかったために大変あせりました。しかし、今度DVDが再生できる機械が入ったのでビデオでもDVDでもまたLD(なぜかこれは最初から    入っていた)でも再生できるようになり、今できるものはほぼ上映できるようになりました。今はDVD全盛の時代でこれができなければ放映できなくなってしまうものがたくさん出    てきてしまうので困ってしまう。やっと余り心配せずにできるのはうれしい。でも、わが国の作品は手に入れるのが大変です。なにか良い方法がある方はご連絡ください。

◎ 戦時中に見ていた「ハワイ・マレー沖海戦」

    1942年に公開された「ハワイ・マレー沖海戦」を当時浦和の映画館で見た人が私たちの会員の中にいました。そして、その時の鑑賞の様子を生生しく話してくれました。当時、日本は勝利につぐ勝利、と民衆は教えられ、そのとうりと信じて疑わなかったと私は聞いていたが、この映画を見た観衆は「やった、やった」と日本がアメリカをやっつけ、さらなる戦いに燃える気持ちで鑑賞し、鑑賞後は皆で拍手喝采したそうです。本にはそのように書かれていますが、本当にそうだったのだ、ということがわかり貴重な話を聞きました。映画鑑賞を皆で見る体験の面白さ、そして大事な話が聞ける良さを感じた上映会でした。