2005年12月13日火曜 ベランダにバッタが住みついた
重大に傷ついたバッタがもう1ヶ月も住み付いています。
後ろの大きな足の片方が取れ、もう一方も、大腿から先の足がありません。もう、跳ぶ事は出来ないようです。
昨日、カミさんが、いなくなった、と嘆いていましたが、今朝探してみると、ちゃんと草の間にいました。
段々寒くなり、少しでも暖かい所へ行ったのかも。

2005年11月27日日曜 大野一雄(3):パーティの初日、大野一雄は登場 

フェスティバルの初日10月28日のパーティが始まって1時間ほど経った時、大野一雄は車椅子に乗って登場した。私の目には彼には殆ど意識がないように思えた。数人が跪き、手を取って話しかける。彼に聞こえているのかどうか私にはわからない。私は彼をずっと凝視した。私も彼の手に触れたいと思った。と、何か順番のように、間が空き、私は自然に彼の前に跪き、左手で彼の手に触った、少しひんやりした感触、そして右手で彼の足に触れた、剛健な足は健在だった、ぎゅっと掴むと、強い筋肉と、流れる血が感じられる、もっと早く目覚めていたかった、が、何とか最後の最後少しは間に合ったかもしれないと感じた。彼は相変わらず意識がないように思えた。しかし、同じく車椅子で来た韓国の女性と手を取った時(見えにくいですが、右の写真)、大野は話そうとせず、長い間手と指を動かしていた。手と指でダンスをしている、と考えるのはおかしくない。もう、長い間、立てなくなって、上半身で舞踏をしてきたのだから。<続く>

2005年10月15日火曜 
<前回からの続き>大野一雄(2):そのフェスティバルはかなり盛りだくさんのメニューでした 
 このフェスティバルの日程は以下のようでした。
パフォーマンス:公演
10月28日(金):      観世栄夫+オープニング・パーティ
10月29日(土)30日(日):金満里
11月2日(水)3日(木) :室伏鴻
11月12日(土)13日(日):山崎広太
12月2日(金) :大野慶人(大野一雄の息子)
映画
10月29日(土):「臍と原爆」(土方巽、写真家細江)
          「あんま」(土方巽、監督飯村)
          「バラ色ダンス」(大野一雄+土方巽、監督飯村)
          「肉体の叛乱」(土方巽のソロ:超有名な映像)
          「O氏の曼荼羅」(大野一雄、2時間→しんどかった)
10月30日(日):「O氏の肖像」
          「疱瘡譚」
11月3日:   「卑弥呼」(土方巽一派が素晴らしい)
          「O氏の死者の書」  
11月12日:   「魂の風景」
          「風の風景」
          「Kazuo Ohno」
11月13日:  「O, Kind God!」
          「大野一雄・独りごとのように」
更に「ライトアップ!暗黒舞踏」として、土方巽と直接関係した人を講師にして、暗黒舞踏とは?・・のレクチャーがあった。 結局、公演の最初、28日、及び映画の全てを見に行った。(往復2時間かけて横浜へ、計7回)
特にこの「O氏」三部作はどうしても見たいと思っていたもので、それがいつでも見れる名古屋の美術館まで、行かざるを得ないかなぁ、と思っていたもの。「O氏」とは大野氏の事。
<続く>

2005年10月13日日曜 大野一雄(1):この3週間、舞踏の大野一雄にずっと付き合いました 
舞踏というものには、まだ非常に若い頃、20代に大いに興味を引かれ、一刻、会社をやめて飛び込む・・と言う(出来もしないのに気の迷い)感覚に陥ったこともありました。それから長い年月が経ち、山海塾だけには故合って継続的に見てきましたが、その他の人々には縁がありませんでした。
この数箇月のうちのある日、ある本(「御殿、空を飛ぶ」)を読み、名前も、継続的に活動していた事も知っていたのですが、突然「大野一雄」が気になったのです。
これはやばい、と思いました。もう、9X歳を超えており、今捕まえそこなうと、一生その踊りは見ることができなくなる、と危機感が募りました。
「大野一雄舞踏研究所」と言うのがあって、メールを送り、大野一雄の公演は近々ないかと問合せ、この10月28日から横浜Bankartを中心に、「Kazuo Ohno Festival 2005 」が開催される事を知ったのです。ただ、既にこのフェスティヴァルの初日に大野一雄は99歳になる、もはや多分踊ることは出来ない、との話でした。<続く>

2005年10月10日木曜 ダビンチ展に行きました 
六本木ヒルズのダ・ビンチ展にカミさんと行ってきました。面白かったです。ビル・ゲイツが所有しているダ・ビンチのレスター手稿のオリジナルが目玉です。その天才ぶりを見ていると、いつの間にか、2時間を越える時間をそこで過ごしてしまっていた。最初の予定は1時間だったのだが・・・。
終わって一階下のレストランで東京と富士山の夕日を見ながらケーキ・セットを食べて帰ってきた。下では並木へのイルミネーションが美しく、その傍らでアサヒTVの天気予報もやっていた。なかなか満足。

2005年10月24日月曜 久しぶりにタイに行ってきました
昔タイに4年半駐在していましたが、もはや駐在から帰ってきて、7−8年が経ちました。その後も数年は仕事の関係で行ったり、同じく仕事の関係で中近東とかケニヤなどへの中継としてちょっと寄ったりしましたが、当然駐在のような「住む」と言う感覚とは全く違います。今回はノースウェストのマイルを使って、一人でちょっとした感傷旅行的に、観光ではなく住むという感覚を味わいたいと思いました。まず、楽しいタイの駐在生活を倍加してくれた住んでいたところを尋ねて、大家のおばさんとちょっとお話でも、と菓子折りもって行きました。スクンヴィットの裏側にある家へ歩いて行きました。 が、門は閉じられ、看板が出ていました。<続く>

2005年9月27日火曜 鼓と馬頭琴
またも、少々前の話ですが、10日の日に、上野の国立博物館(?)だったか、有名な、裸の手で(普通は手を保護するためにカバーをつけるそうである)鼓を打つ名人大倉正之助と、モンゴルの馬頭琴の名手2人の演奏があり、無料だ、という事で、そういえば国立博物館も入ったことが無いので、ついでに両方ともと行きました。
入り口の階段に設定された舞台で3人が競演しました。なかなか、良かったですね。特に、入り口階段の踊り場、無料と言うのが効きます(博物館入場料は必要)。文化庁の主催らしい。
また、TVで見ていた鼓奏者の本物の音が聞けたので満足でした。

2005年9月23日金曜 十五夜はきちんと飾りを
少々前の話ですが、十五夜はきれいに晴れた夜になりました。見事な満月が見えました。やはり、きちんとすすきにお団子。
近所の和菓子屋ほしのの前にはかなりな行列が出来ていたとの話でした。近くの工場から作って持ってくるのですが、行列が切れなくて、カミさんによれば、後ろの奥さんが、「ひょっとしたら、十五夜でお団子が一番売れる町かもしれない。」と話している、ほどのものらしい。団子とすすきを一緒にみんな買って帰って行く。

2005年9月15日木曜 初めて原美術館に行った:やなぎみわの世界へ 
このテントをかぶった女の写真を読売新聞の夕刊で見て、これは行かなくては、と思った。原美術館への行き方をチェックし、品川駅から徒歩で向かう、約15分とある。
「無垢な老女と残酷な少女の信じられない物語」の始まりである。 

途中、ちょっと懐かしい開東閣の門の前を過ぎる。これは元岩崎家の邸宅で、今は三菱グループの迎賓館である。前の会社で3-4度海外のディストリビューターを迎えてのパーティに使わせてもらったことがある。昔風の慇懃丁寧な(無礼ではない)管理人がいて、いろいろ細かなことを注意される。下手すると金曜会に報告などされて、面目を失う事にもなる。古めかしい、なんとも魅力的な建物と庭に、どんな海外のディストリビューターも感嘆する。

更に、住宅街へと進みやがて左手に、これも昔の個人住宅という、瀟洒で豪華な邸宅が見える。門の傍には「無垢な老女と残酷な少女の信じられない物語」のプレートが張られている。

入るとすぐきれいな庭。



そして、やなぎみわは館内に入るとすぐ右手の部屋に作られた黒いテントの中のビデオで始まる。

スクリーンにはテントから映した荒野が見え、テント女がずーっと向こうから歩いて来て、テントに入り、そしてまた出てゆく。面白い。各室、白黒の奇妙な写真が続く。極め付きは、二階奥のビデオ。静かに砂女の物語が進み、余りに面白くて、再度見て、また帰り際に見て、計3回も見てしまった。このビデオが欲しい。寝る前に見ると、きっと良く寝られる。

原美術館は気持ちの良い空間だ。建物と、庭と、レストランが一緒になってかもし出す雰囲気が・・・・なんとも。

2005年9月13日火曜 強力な癒し系が増えた
以前横浜美術館にルーブルを見に行ったとき、ミュージアム・ショップに、素晴らしくカワイイ人形を見つけた。不覚にも知らなかったが、「奈良美智」と言う作家が作ったものらしい(ならみち、ではなく、ならよしとも、と言う男性です・・恥かきました)。
カミさん共々気に入ったのですが、結構高い。はい、とそのまま買うのは無理で、検討することとした。
それから横浜美術館からは消え、調べてみると他のショップに売っているところはある。
で、機が熟して、銀座の片隅にある小さな美術アイテムショップで購入しました(最初見てから約2ヵ月半です)。
少し後ろに引いて離すと、ちょろQの様にとことこと前に進む。

2005年9月1日木曜 今夜は渋谷で酒とジャズ
今夜は会社終わって、渋谷を一人で徘徊。
渋谷の最初は、少々気になっていたタワーレコードの隔月発行の無料雑誌
「INTOXICATE(イントシケイト)」を入手するためにタワーレコードへ。無事入手して、これからが本番。
まずは、立ち飲み有名店、富士屋本店へ。   昔よく行っていた「メアリー・ジェーン」のすぐ近く。

相変わらずの気のおけない「酒飲み天国」だ。一人なので夕刊フジを用意して、TVを見たり、夕刊を読んだり、「ひや酒」と「ハムかつ」(これがウマイ)と「オチトロ」など、のんびり、ゆっくり飲む。まだ早いので余り混んでない。この底抜けのリラックスの感覚は余り他には無い(思い出してみると、バンコクで昼間っからビールでも飲んでふらふらとパンティーププラザでPC群を覗いている時とか・・・)。

それから、盛り沢山に、今夜は2軒の初めてのジャズ屋に行く計画です。まず、富士屋に近い「ハードバップ・カフェ・アイリス」。きれいなジャズ屋です。まあ、なかなかです。


それから、道玄坂の頂点近くの「JBS」。ううーーんん、この迫力には参ってしまった。全面LPがぎっしり(写真はその一部)。CDはない。正面に控えるスピーカー。
「リクエストはできるのですか?」「いいですよ。」との返事で、お願いしたのが、「ガトー・バルビエリ」。
おやじさんがスピーカーの近く辺りに移動するのでついて行って、取り出した数枚のうちから、懐かしの「アンダー・ファイアー」を選ぶ。ガトーの朗々としたちょっとエスニックなサックスが流れる・・・・・限りなく気持ち良い。
そんなに遅く家に着いたわけではなかったのだが、完全に酔っ払っていて、帰ってから何をしたか覚えていない。  

2005年8月28日日曜 下北沢でマサコに
ちょっと下北でも、と思って行ってきました。
以前、インターネットを見ていたら、ジャズを流す店として、
「カフェ・オーディネール」という店が見つかって、そこのマスターの日記(?)を見てると、なかなか面白そう。
今回は店の場所の確認だけで店には入らず、彼が、茶沢通りに平行に、静かな道がある、と言っているので、行ってみたが、ものすごく短くて、完全な空振り、私が間違っている可能性が強いが・・・・。

そして、やはり、マサコに。
前回行った時は、中央あたりで不動産屋みたいなお兄さんが、携帯で大声で、通話していて、誰も気にしてないようで不快だったが、今日は大丈夫。多分ほったらかしのオーディオ装置なのだろうけど、気持ちよくジャズが流れる。
「おっ、なかなか」というのがかかったので、ジャケットを見に行ったら、店員もわざわざ出してくれて、なかなか親切。恥ずかしながら、 「ブラッド・メルドー」と言う知らない人だった。

東京に出てきたときから途切れ途切れにずっと通っているが(東京で最初に住んだのが、成城学園、結婚して下北沢、梅ヶ丘、そして現在中野島と、いずれも下北沢から遠くは無い)、もう、何十年ですね。マサコさんはとっくに逝ってしまったが、マル・ウォルドロンとのツーショットは正面入り口にあるし、佇まいと、店の中の雰囲気は健在です。

2005年8月22日月曜 横浜のBankArtでシュリッペンバッハを・・
舞踏の
大野一雄のビデオが見られるところはないか、と探していたら、横浜のBankArtと言うイベント場所にぶつかった。昨年、大野一雄のイベントを行っていたのである。ここは昔の第一銀行をそのまま生かしてイベント会場にしたものだそうです。で、探していた日の翌日の22日にちょっと面白そうなイベントがあり、どうしようかと迷った末、行ってきました。

『ベルリーナー・トリオ”Lok.03“、世界中で活躍するジャズピアニスト高瀬アキ、ドイツの重鎮アレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハ、人気DJ・ターンテーブル奏者DJイルヴァイブが、1929年生まれの元銀行だったBankART1929で、ドイツ無声映画の傑作、「伯林大都会交響曲」(1927年)をバックに即興演奏。』というわけで、ちょっと魅惑的に感じました。
シュリッペンバッハというのはずいぶん昔から欧州で前衛ジャズピアニストとしてがんばっている人で、最近(まだ聴いていないが)モンクの曲を使ってあたらしいCDを出したので話題になっている。結果は??あまり面白くなかった。無声映画も面白くなかったし、即興演奏も別に・・・、更にターンテーブル奏者はシュリッペンバッハの息子との事で、しかもこのターンテーブルが活躍したとはとても思えない。
ちなみに、「伯林」とはベルリンの事です。また、高瀬とシュリッペンバッハは夫婦です。

2005年8月21日日曜 四ツ谷のジャズ屋「イーグル」
このイーグルは、老舗で、私が東京に出てきた頃以前からこの場所にありました。但し、今は地下1階ですが、その頃、建物は地上に山小屋風に建っていた(・・・・と思う)。
久しぶりに会社の帰りに、気になっていた四谷三栄町のラーメン屋或いは中華居酒屋「こうや」に行き、その足でイーグルへ入って行きました(どうも、どこの麺屋の冷やし系も味を損なうまで冷やしすぎだと思う)。
良い音でしたね。本当に、自然な、何時までも聞き入っていたい極上の高音質でした。以前よりも確かにずっと良い音と思いました。ここの音も確実に進化しているようです。(右側のスピーカーの前で大声で仕事の話をしている二人には閉口しましたが、夜は自由なので仕方ない。)
やはり、ジャズ屋の音をもっと聴くようにしなければならないですね。一方携帯的にはE5cのイヤホンで音の淵へと迫り、家ではまず音量が無理なので軽く流して聴く(或いはE5cで)、という生活がいまの所、最善かも。

2005年8月20日土曜 軽井沢のセゾン美術館
軽井沢でちょっと気になるのはセゾン美術館で、やはり行って来ました。 
入って、少し経って、何か大きな音楽ともいえない音が聞こえてきて、何かの作品の音だろうとは思っていたのですが、行けばスイッチか何かを押して音が聞ける、とカミさん共々思い込んでいました。
写真の作品が音の源です。残念なことに、時間が決められていて、1時間に1回しか鳴りません。ちょっと残念でした。

2005年8月6日土曜 軽井沢に行ってきました
8月2日から4日まで、2泊3日で軽井沢に行ってきました。久しぶりの軽井沢です。10年ぶりかも??息子の時間の空いている週に、お義母さん(カミさんのお母さん)との4人組です。
息子も小さいころは毎年行っていたのですが、ほとんど覚えていない、との事、と言うか、もうそんな昔から行っていない、という事でしょう。
写真は、野鳥の森の入り口の、大きな鳥の彫刻、と、私たちが数十年前に、友人だけの参列で、結婚式をあげた、教会です(まだ、残っていましたが、そこを経営していたホテルは別の名前になっていました)。

2005年7月30日土曜 音楽を聴くイヤホーン
ここに写っているのは何の変哲も無いイヤホーンのようですが、実は今のところ世界で最高級(の中の一つと言う人もいます)のイヤホーンと言えます。約5万円(5万5千円ー4万5千円)で売られています。シュアー社のE5cというモデルです。かなり前からこのモデルの噂は聞いていたのですが、極最近、スタバ斉藤という私も結構信用している人間が、「PCウォッチ(ケイタイ・ウォッチ)」と言うWebサイトで、感謝しながら心を込めて誉めていたので、つい無謀にもその気になって、秋葉のラオックスに試聴に行きました。
これの下位モデルにE4cと云う約3万円レベルのものがあり、できれば「大差が無い、これで良い」と言う事になるとありがたい、と思っていました。しかし、試聴すると、確かにこの2万円プラスの差は経済的には大きいが、今後の音楽生活を考えると、E5cしかない、との結論になってしまい、無理やり買ってしまいました。
音楽を聴くのは結構好きで、長い間ジャズに引っかかっていて、昔はジャズ屋の超高級オーディオを自分のリビングのオーディオのように聴いていたのですが、今はそういう機会も少なくなり、スペース的にも、経済的にも、家では無理で、時折聴くジャズ屋の音以外、良い音で聴いていると言う感覚が殆ど無くなり、自覚的に非常に大きなストレスでした。
これで聴き始めて(まだエイジングという慣らし運転が終わってないですが)、いい音で聴いている感覚、聞き惚れている感覚が出てきました。うれしいですね。昔のアルバムをやたら聞きたくもなってきました。マイルスの、コルトレーンの、キースの、オーネットの、ドルフィーの、チェリーの、マルの、カークの、チックの、バドの、諸々の人の音の一音一音が体にはいり込んできます。

2005年7月25日月曜 また一年が経ち、花火大会
また、一年が経ち、23日恒例の花火大会があった。息子は午前中に土手に敷物を敷いて場所取り。女の子らしい。
一方で、築地の和菓子屋で買ったきれいな「金魚」のお菓子も食べました。

2005年7月16日土曜 昔懐かしい一画があった
前回の続きですが、上野の芸大美術館から、白山の「映画館」へ歩いてゆくのに、千駄木を通り、横断途中、昔ながらの美しい一画を見つけました。両脇を新しい建物に挟まれながら、草の生えた地面の小道があって、昔風の家が並んでいます。もちろん住んで生活しているようです。こういう所に住むのも快楽だろうなぁ、と思わせる佇まいです。
この辺りには多くの昔風の路地などがありますが、この場所が「ドキッ」と来たのは、多分、この草の生えた地面ですね。他のどこの路地もアスファルト化、コンクリ化されています。

2005年7月12日火曜 連続的に美術館に行った
6月末には、やはり行っておかなくては、と思って、カミさんと横浜美術館のルーブル展(ルーブルには、大昔、2日間ほど通ったことがあるが、よく覚えていない)、先週には一人で、東京芸大の「植物絵 世界の至宝展」へ、そのついでに、歩いて、気になっていた白山のジャズ屋、名前が(元映画監督がやっているらしく)「映画館」に行ったのだが、閉まっていたという空振り。




2005年7月5日火曜 遂に新しいパソコン購入
ずいぶん前のことですが、面白そうなパソコン・ゲーム(ミスト・ウル)を買ってきて、遊ぼうとしたのですが、私のPC(写真の左手前のシルバー)はビデオ(グラフィック)能力が不足で動かない(通常の使用にはまったく問題ないですが、3Dゲームではビデオ能力がものを言うのです)。ゲーム用(特にリネージュ2)に買ったという息子のPCで惨めに合間を縫っては遊んでいたのですが、やはり何となく楽しくない。
そこで、ゲーム用に購入しました。写真の青いキューブ・スタイルのPCです。最先端のPCではなく、枯れて最低レベルまで安くなったPC、それの特価レベルで購入です、が、ちゃんとゲーム「ミスト・ウル(Mist Uru)」は動きます。今、ウルティマ・オンラインに挑戦しようとしていますが、リネージュ2も機械の能力のチェックという意味でもやって見ます。

2005年6月28日火曜 中野島の駅前に七夕飾りがあがった
この中野島駅は、よく季節季節で飾りを出す。
今回は、当然、七夕である。なかなか立派な七夕飾りで、季節を感じるのはうれしい。

2005年6月24日火曜ダイエット復帰第2弾はカレーうどん
やはり築地ですが、今度は市場外のお店。先日、「xxxでランキングトップのカレーうどん」と言う看板を掲げていたので、一度チェックは必要と思っていた。
今日昼前探したのだけれど、なかなか所在が分からず、やっと発見。その看板を目安にしたのだったが本日はその看板なし。
しかし、看板に偽りなし、でしたね。ウマイ。大した食歴はないけれど、私にとって、カレーうどんのダントツ第1位ですね。
ダイエット明けとは言え、大食いはしない事としているのですが、悪いことにランチとして、小さなご飯、上にしゃけのほぐしが乗っかっているものがサービスで付いていて、うどんだけでも結構な量なのに、カレーに合うので、平らげてしまった。ちょっと心配。
写真がぼけています。店の名は「虎伏(いたどり)」。

2005年6月22日火曜築地の、懐かしの、牛丼
この2週間、ダイエット週間で、朝はスキムミルク入りのヨーグルト、昼はおにぎり1個レベル、夜はいつもより少なめ、を続けて、72Kg+から、68Kg+へと落ちてきた。で、今日の昼食は、久しく食べていない吉野家の牛丼、という事に決定した。
昔からの牛丼は既に吉野家から消えているが、築地の吉野家の原点である第1号店だけは、国産牛肉で同じような味を出し、販売を続けている。で、行ってきました。
少々元々の味を忘れ気味ですが、殆ど昔に近い、と懐かしがりました。値段は昔290円、今500円です。

2005年6月10日金曜やっとのDOSゲーム!!!
かなり根深い趣味の一つですが、昔の、DOSゲームを遊ぶというのがあります。殆どの人が分からないと思いますが、今のゲームと違って、10−20年前のDOSゲームが好きな人はたくさんいます。私もその一人で、気に入ったものを集めています。


写真は、「マーティアン・ドリーム」訳せば「火星人の夢」かな。有名な「ウルティマ」のゲームエンジンを使ってできたもので、日本語バージョンはありません。英語版も、世界的に品薄で、e−bayなどのオークションでもかなりの値段がつきます。1年ほど前、ようやく手に入れたのですが、フロッピーが5インチのものを間違って買ってしまって、途方にくれながらも、5インチのFDDを購入してパソコンにインストールしようとしたのですが、幸運にも3.5インチが手に入り、遊び始めました。


このようなゲームはDOSにしても多量のコンベンショナル・メモリーを必要とし、特別な立ち上げフロッピーを作ってしか遊べないものです。ようやくそれを作って、画面に出てきたのが、写真のものです(これだけ苦労して立ち上げると、これだけでもう満足してしまう)。今、火星に着陸しました(赤い大地に着陸した宇宙船の天井を切って上から眺めた感じです)。


2005年5月30日月曜数十年ぶりに小学校の同窓会
もう、少々前の話になってしまいますが、5月2日長兄の3回忌でいわゆる故郷のお寺に法事に行き、たまたま翌日5月3日、卒業して数十年ぶりに小学校の第1回同窓会を行うと言うので、奇跡的なタイミングの良さで出席しました。
資料を見ると、一クラス60人、三クラスあって、計180人。そして今回の出席者は約30人。名前はかなり覚えているが、顔はなかなか出てこない。でも、見てみるとたちまちその面影を発見する。
写真は小学校卒業写真です。これから数十年が過ぎて・・・。まさか、こんな年になるとは想像もしなかった。もはや、良いことも悪いことも、取り返しがつかないのは(当たり前ですが)、ちょっと残念ですね。とは言え、まだこれから、うまく行けば、2−30年は生きられるかも・・・。

2005年5月29日日曜息子の学園祭
今日は息子の学園祭でいつも通り、バンドで出るというので、カミさんに連れられて遊びに行きました。もう、これで3回目か4回目。息子は(映りが悪いですが)左端の青いシャツを着たキーボード。いつも、バックでキーボード、もう少し、キース・ジャレット並みにソロ・パートでもないのかなぁ。
私の別の大きな関心は、農学部で開かれる無料の日本酒の利き酒会。

2005年5月27日金曜小さな盆栽を買いました
無印良品を歩いていたら、小さな盆栽があった。何となく、育てられそうな気がして、買ってしまった。いつもすぐダメにしてしまうのだが、今回は何とか育って欲しい。
ついでに、手元にあった鹿のフィギュアを飾って、「マン盆栽」ではないが、「アニマル盆栽」となっています。

2005年4月3日日曜 ペプシのファミコン・フィギア
ペプシがファミコンのキャラクターのフィギアをおまけにつけるキャンペーンを始めたので、大変だった。こういうものに熱くなるカミさんは大忙しで、フィギアは袋の中に入っていて、中にどのキャラクターが入っているかわからないので、袋の上からキャラクターを知るため、キャラクターの写真を目の前にイメージトレーニングをして、スーパーでチェックして、買ってくるわけである。


遂に、ペプシ・ダイエット15種類、ペプシ・ツイスト15種類の30種をコンプリートです。その他にも、家の中に散らばっているし、更には、イタリアのゲームフリークから10個買ってくれ、と頼まれていて、袋のままキャラクターが重ならないようにして達成済みである。
ペプシ飲料が大量に溜まり、暖かくなる季節には毎日飲まなくてはならないと言う事になる。

2005年3月20日日曜 横浜のマイクロソフトのセミナーに行きましたが・・・
3月16日の午後横浜でマイクロソフトのセキュリティ・サミットがあるとの事で、少々門外漢だが、どんなことを考えているか、と聞きにいった。それは午後からなので、、ちょうど向かいの横浜美術館で「デシャン」をやっているらしいので、午前中は会社の休暇を取って、行ってきました。なかなか充実したデシャン展でした。昔から「大ガラス」と言うのを聞いていて、恥ずかしながら、一体何なのかと疑問に思っていたがようやく分かった。また、立派な大きな烏(からす)が作られていて、これはこれで最高に面白い。
美術館の最後にショップに寄ると、この前のスペイン旅行で見たボッシュの絵の中に出てくる怪物のフィギュアがあって、びっくり、耳とナイフのものを一つ買いました。どこからこんな奇妙なデザインが出てくるのでしょうね。

セミナーは大変な人がぎっしりでしたが、会場の後ろからは海がパノラマ状に見えて快適。


2005年2月27日日曜 今年は携帯ゲームの大物が出現
昨年12月から携帯ゲーム機の大物が登場した。一つは任天堂のNintendo DSで2画面が特徴、もう一つはソニーのプレイステーション・ポータブルと言う正に新登場というものです。もう一つ、これは目立たないけれども、昔のファミコンの携帯ゲーム機もこっそり出ている。
写真は上がソニープレステポータブル、下がファミコンの携帯機ポケファミ、任天堂DSはまだ買っていません。

ソニーのプレステ・ポータブルPSPは画面が大きく美しい。未だ品薄で大変。画面は「ポポロクロイス」です。
まだ日本だけの発売で、USAとかヨーロッパのゲームファンはやきもきしていて、現在も日本から1万円くらい上乗せして、オークションなどで売られている
こっそり出た昔のファミコンの携帯機。やはり、大きなTV画面用なので、このサイズの画面にすると文字が小さくてうまく読めない。老眼用を二重にかけて、プレイ可能。画面はバーズテイルII。
任天堂のDSはまだ購入してないが、お金さえ出来れば買うつもり。マザー3が出れば、即買いである。こんな年は余りないかも・・・。


2005年2月12日土曜 今日は噂の六角橋商店街
東急線白楽駅から、六角橋商店街、というのがある、とTVで見たので行ってきました。面白いのは駅から折れて続く広い道のある商店街(右の写真)と、完全に平行に、3−4m離れた所を細い商店街(左の写真)が走っている。だから、時々横の細い道で繋がっているので、細い商店街と広い商店街を適当に選びながら通れるのだ。もちろん、狭いほうが面白い。

狭いほうでは、猫を主題にしたお店、が面白かった、その隣はアンティーク屋で、なかなかです。太い道のほうでは、ちょっと横に入ったジャズやがありました(写真は写り悪いですがドアにサックスが飾ってあります)、少々年配の女性がやっていて、音はそれなりに小さかったのですが、立派なアルティック風(?)の巨大スピーカ、スウィングジャーナルなどの雑誌で正統派ジャズ喫茶でした。そんな長くはないですが、なかなか面白い商店街でした。もう一つ、忘れてならないのが、こだわりの古本屋、鉄塔書店、面白い本屋さんです、書店の方針で厳選された本だけが、並んでいます。200円のアフリカの宗教、と言うのを買いました。

2005年2月10日木曜 昨年と同じNADAでニューオーリンズに行きました
昨年はラスベガスに行きましたが、今年はピンチヒッターで参加、憧れのジャズ発祥の地、ニューオーリンズです。ミシシッピー川のほとりにあるコンベンション・センターで行われました。(1月28日から2月2日まで出張)

ちょうど、ニューオーリンズはお祭りの最中で、一日中パレードが繰り出しています。人口の60%以上を黒人が占めるので、パレードの参加者もやはり黒人が多いようです。夜は少し寒かったのですが、大勢の学生、生徒ががんばっていました。

団体行動なので、なかなか自由時間がとれず、でも何とか、サッチモ(ルイ・アームストロング)に敬意を表するために、その名がついた公園の入り口まで行きました(ゲートのアーチに名前の電飾が施されています)。また、フレンチ・クォーター(元々フランス領でナポレオンが売却した地域)のジャズ屋で一杯飲みながら、悠々たるジャズも聴きました。


2005年1月17日月曜 その後の巨大バンクー
無事お正月も過ぎ、いつもの通り、明治神宮にお参りし、いつもと同じようなことをお願いし、グダグダと短いお正月休みを終えた。大きなバンクーはというと、いつもの何食わぬ顔で、その辺をうろうろしていて、特に役に立つわけではないが、何かほんわかと場が和むのである。
更に、カミさんによれば、自分の息子の小さい頃のイメージに何となく似ている、ということで、見ていると、懐かしい、そうである。

2004年12月18日日曜日比谷のロイカトーンに振られて、ふらふらと
日比谷公園でタイのロイカトーン祭りがあると言うので、何となくいつものタイ組みの二人とそこで飲み食いして、・・と話していたが時間も決めず、適当に・・・、と言うことで(でしょう??)、本日は家族全員それぞれ外出なので、早めに出ました。お昼ごろ日比谷公園に着いたのですが、代々木公園でのタイのフェスティバル規模を何となくイメージしていたので、まったく規模が小さく、気落ちして(但し、ロイカトーンは夕方からが本番なのでちょっと早とちりかも)、懐かしの「センレック(タイのビーフン汁麺)」を食べただけで(うまかった)、歩いて、気になっていた東京駅ステーションギャラリーの浮世絵画家の絵を見に行った。「国芳」と「暁斎」で、江戸後半から明治にかけての浮世絵画家。期待以上に面白い。その中で、暁斎が、お世話になっている大商人の娘が14歳で死に、慰めるために、娘が臨終から、地獄めぐりして、最後に極楽に行く連続絵の一部があったが、確かにせめてもの慰めになるかもしれない。(写真のパンフレットは国芳の「鯨と宮本武蔵」と暁斎の「芝居の緞帳絵(大きな布への絵です)」

それから、一度は行かなければ、と思っていた、陸の孤島「砂町銀座」へ行くこと決心した。東西線大手町駅まで歩き、「南砂町駅」で降りてからずーーっと歩き、まだかなぁ、と疲れ始めた頃、突然小さな幅の商店街が左に出現し、上に「砂町銀座」と書いてある。狭い道幅、それを更に両側の店が少しづつ張り出し、更に狭くなる、と言う、真性商店街の王道を行っている。狭くて活気があって、バライティに富んでいて、ちゃんと長い、すばらしい商店街です。

歩きつかれたが、今日はついで、と、「以前から気になっていたシリーズ」として、新宿のジャズ喫茶、「ナルシス」に行こうと決心した。幸い、地下鉄「西大島駅」が見つかり、ここから新宿へと向かう。「ナルシス」は最近では珍しい昔ながらのジャズ喫茶で、しかも、周りのアダルト環境に負けず、歌舞伎町のど真ん中、コマ劇場の近くの雑居ビルの2階にあるとか・・・。そろそろ薄暗くなり、ようやく探し当て、まさにアダルトに囲まれた聖地であった。細長い店、黒ずくめのおかっぱのかなりの年配の女性が一人切り盛りし、古いジャズ雑誌とLPがしっかり並び、気持ちの良いジャズの音が流れてくる。うーーん、すばらしい。

(「ナルシス」の写真はインターネットから無断拝借、すみません)


2004年12月7日火曜 念願の(?)ビッグ・バンクーを住まわせる事に・・・
バンクーというキャラクターはご存知のとおり(?)旧住友銀行のオリジナルキャラクターで、「バザールでゴザール」とか、「団子三兄弟」、のイラストを書いた人が作ったペーソスあふれるキャラクターである。私もカミサンもその「のほほんとした様子」が気に入っていて、結構家の中に氾濫している。
これを知るきっかけは、今のマンションに入ったとき、これが住友系なので毎月の積立金なども住友銀行に口座を作って引き落とし、と言うシステムで、カミサンは「何で住友なの・・・!」と文句を言いながら初めて住友銀行に入ったのでした。座って待っているとカウンターに身の丈もあるような大きなバンクー(写真にはタバコの箱が写っています)が座っていて、小さな女の子がちょこちょこと近づいていって、触り始めた、と、バンクーが落っこちて来て、女の子はそのバンクーに押し倒される格好となり、中から大慌てで飛び出してきた女子行員が助け上げた(その真摯な様子とか、大慌ての気持ちの入れ込みがカミサンを印象深くしている)、と言う光景が未だに我が家の話題に上るのである。
その身の丈バンクーが何とオークションに出たので(出たのを見たのはこれで二度目で、前回は約1年前、余りに高くなって降りました)、今日は勝負の日になり、何とか勝ち取りました。今は、代金を誰が払うのか、どこに住まわせるのか、が議題です。

2004年12月4日土曜 遂に、都電に乗りました
以前(2月27日)、都電荒川線(と言ってもこの線しかないですが・・)の一方の終点三ノ輪橋を覗いただけで乗らないで、今度はいつか全線走破、と思っていたのですが、先の11月20日、ようやく実行しました(そんな大げさな事では全くありませんが・・)。

住んでいる中野島から小田急、JRと乗り継いで、都電と交わる最も便利そうな「JRの大塚」で乗り換え、車内で1日乗車券400円を買い、意気揚々と乗り込む。たった一両なので大きな町の駅では結構長い行列も出来ていました。
一乗り160円なので、3回は乗らないとペイしない。途中で降りたり、次の駅まで歩いたり、おばあちゃんの巣鴨を確認したり、気になったラーメン屋に舞い戻ったり、まあまあおもしろかったですね。(結局6回乗ったので十分ペイしました)
写真は、(上左)行商のおばさんが野菜を売る大塚駅、(上右)さすがに混雑の巣鴨、(下右)「荒川一丁目」の公園、(下左)終点の早稲田

2004年11月24日水曜今の机の現状
実はもう2−3年前から息子と部屋を取り替えて、現在はこんな机環境にいます。
パソコンは机に2台が鎮座し、両方独立して動きます。左がシャープの液晶一体型で中古です、右はこの間買ったNEC(一番右の銀色に光っている縦型)用に使っている三菱の特異なディスプレイで、古いパソコン(PC88や、X68やFM−Townsや)もすべて写せると言う優れもので、今後は出てこないだろうと思って、実は2台をキープしています)。非常に多機能で、入力は5+S映像、また、USBもつながる・・・・。
更に、両方ともTVが見えます。
前の机周辺(左上にある「部屋に住むもの」の最初の写真)と比べるとずいぶんすっきり(?)、特に液晶ディスプレイのおかげで、しています(と、私は思っているのですが・・・)。周りはゴチャゴチャです・・・・・が、このゴチャゴチャ感がないと嫌なのです。

2004年11月17日水曜ラフロイグ:シングル・カスク

ラフロイグと言う結構有名なシングルモルトです。その味は、煙くさく、刺激的で・・・たまらないですね。しかも、これはカスク(樽からそのまま瓶詰めしたもの)で、アルコール度も57度(普通は40度)。しかも、これはそんなに高くない。幸せですね。こんなのが、その辺の酒屋で買える時代です(大昔は、海外出張の度に、ジョニ黒だとか、シーバスだとか、今ではその辺に安く売っているものを、後生大事に買って来たものです)。
最初の写真の後ろに写っている木の皮のバッグはカンボディアで買ってきたものです。優雅でしょう。
今日300MBに増量されました。このままでも同じですが、こちらのサイトの方が、今後は正しいかも
http://www.geocities.jp/totox/ 試してみてください。

2004年11月15日月曜遂にプロバイダーを代えました
実は、随分前、7年ほど前?ADSLが始まりかけた時、パナソニック系のHi−Hoと言うプロバイダーを使い始めました。まだ、その頃はヤフーBBが始まっていない頃で、パナソニックの力を信じたのですが、駄目でした。業界のトップを走るつもりはなかったようです。そうして、遂に、ハイホーには退会届、ヤフーには入会手続きを開始しました(これまで乗り換えるのは大変面倒だったのです=2週間くらいインターネットが使えなかった)。これで、無料ホームページも300MBとなります(現在もヤフーの無料ホームページですが、非会員なのでこれまで12MB,昨日から25MBと徐々に50MBまで上がることになっているのですが、これからは会員なので、300MBになり、しかも広告無し、になります)。少々では一杯になりません。嬉しいです。12月1日からですが・・・。

2004年11月9日火曜カンボディアに行きました


長い間、更新しませんでしたが、何となく忙しかったのと、もう容量が満杯だったのと、どこかへ移転しようとしながら努力しなかったのと・・・です。
もう古い話になってしまいますが、8月30日から7日間、カンボディア、アンコールワットに行って来ました。私は1995年(タイ駐在中、まだポルポトの残党がいる頃で、私たちが行く2週間前にアメリカ人が殺された)以来の2度目、で、今回は家族の要望で一緒に行って来ました。久しぶりのカンボディアでしたが、遺跡群の素晴らしさは全く変わっていませんでしたが、ただ街は変わりました。

2004年6月5日土曜岡本太郎美術館のアフリカン・アート

向ヶ丘遊園の岡本太郎美術館は一度行かなくては・・と思いながら行けず、アフリカン・アートもやっているので、行ってみました。
アフリカンアートと言うのは、今回はストリートアートと称し、前にテレビで見た、特殊な棺おけとか、町のお土産みたいなものとか、面白そう。
やはり、むちゃくちゃおもしろく、長い間中で遊んでしまった。
棺おけの中で、展示場の真ん中に置かれたライオンの棺おけには靴を脱いで入ってよいとの事なので、入ってみた。ものすごく落ち着けて、そのまま眠ってしまいそう。
写真は「海老」と「ビール瓶」と「蝶か蛾」の棺おけ。「海老好き人間又は海老成金」と「大酒のみ又はビール会社のマネジャー」と「昆虫好き又は蝶の生まれ変わりみたいな人」だったのだろう。
お店は、町の散髪屋、です。中身の小道具も全部揃っているし、周りの人物写真はヘアスタイルのサンプルなのです。

2004年5月8日土曜タイ・フード・フェス
毎年恒例のタイフードフェスティバルが代々木公園で開かれると言うので、のこのこ出かけた。例のタイSSコンビも来ると言う。大変は人出で、どこも長蛇の列、比較的空いているところで、とりあえずタイの麺、センレックを食べる、500円、と、食べていたら直ぐ近くで300円・・・・。この連休ズーッとタイに行っていたSSコンビはそれでもタイフェスに来る、なんと言うタイ・フリークだろう。若い方のS氏は自慢のきれいなブルーの30万円の自転車に乗って・・・。タイのビール、シンハーとチャーン(象)を飲んで、チェンマイのカオソイ(カレー揚げ麺)を食べて、私は久しぶりにタイの風味を満喫。


2004年4月18日日曜今日は、世田谷線
昔世田谷線の沿線に住んでいて、あの都電然とした、のんびり電車は好きだったが、引越しで離れ、久しぶりに、新しくなった世田谷線、更に、1日乗車券300円、と言うので、行って見た。昔住んでいた山下駅(=小田急線の豪徳寺)の辺りは、駅はきれいになっているが商店街はほとんどそのまま。終点の下高井戸も相変わらずごちゃごちゃしていて、おもしろい。

もう一つ、世田谷線の一方の終点三軒茶屋の近くに、元気なおばさんの楽しい居酒屋+定食屋があり(味とめ)、朝の10時半からやっている、と言うのもあった。ところがこちらは閉まっていて、と言いながら少しドアが開いていて、直ぐ近くでおばさんがタオルの準備をしている。「今日は休みですか?」と聞くと、「雑誌に載ったのは良いが<私もこれを見た>、土日は15時半からなのに、毎日10時半と書かれて、土日も早くからお客さんが来て、説明するためにここに居る。読者が200万人もいるんだって・・・。」と言う気の毒な状態・・・全く、・・マジにやってよと、その雑誌(ビッグコミック・オリジナル)。

もう一軒、前に世田谷通りを車で行っていた時見かけた、昭和初期の雰囲気を再現したラーメン屋(実はお好み焼きやだった)にも行ってみたが、残念ながら、午後6時からの開店。しかし、この電信柱も、昔の郵便ポストも、ガラガラの引き戸も、壁にかかっている町内回覧版もその他隅々まで、徹底的にレトロをがんばっている。

結構空振りの多い一日でしたが、懐かしの世田谷線、と言う事で、まあまあでした。


2004年2月27日金曜遂に南千住・都電
一度は都電に乗らなくては、とか、どうも南千住はおもしろそうだ、と思いながら、何かチャンスを逃し・・・・・で、今日ちょっと下見に行きました。南千住の駅に降りて、仲通り商店街を歩いてみると、否応も無い商店街のかげりが見える(と言っても最盛期を知っているわけではない)。抜けてジョイフルと言う都電の始発駅近くの商店街は結構頑張っている。今回は都電にも乗らず、簡単な下見として、次回じっくり都電巡回も含めて・・・。


2004年2月11日火曜つげ義春のゲーム
つげ義春のパソコンゲームで「ねじ式」と言うのがあって、久しぶりにやって見た。ねじ式だけでなく、あの頃の一連のつげの漫画が投入されて一つのゲームになっており、「李さん一家」とか、「げんせんかん主人」とか、「赤い花」とか、・・・・・。相変わらずの、つげの雰囲気は気分いいですね。


2004年2月5日木曜ラスベガスに行ってきました
このページもほったらかしで、正月も何も飛び越して、突然ですがラスベガスに行ってきました。NADAと言う米国の自動車ディーラーの組織が年一回催すコンベンションで、メーカーを横断している大組織です。ディーラーのビジネスの利益を上げる、ワークショップとか、ソフトウェア会社がディーラーに売り込んだり、1月30日から2月5日まで開かれました。会社の仕事で行ってきました。夜は賭けもしないで、各ホテルなどが催すイベントめぐり、これは宝島ホテルが催している海賊船とアマゾネス船(??)のミュージカル仕立てのイベントです。


2003年11月18日金曜折りたたみ自転車が当たった
カミさんが近くのスーパーのある食品のキャンペーンに応募して、ずいぶん経って、ハガキで一等賞の自転車が当たったとの連絡が来た。 本当は特賞の何かが欲しかったらしいのだが(もはや特等が何かは忘れた、らしい)一等賞が当たったと言うわけです。

一応、今この自転車が必要と言うわけでもないので、どうしようかと考えています。とりあえず、プータロウを乗せて、遊んでいます。
後姿がかっこ良いでしょう。

2003年10月28日火曜「下町酒場巡礼」
帰りの電車で、図書館で借りた「下町酒場巡礼」を立ちながら読んでいると、突然、派手目の中年の女性が、大きな声で「おもしろそうな本を読んでいますね。」「突然で変ですけど、あまりに面白そうな本なので・・。」「どこの出版ですか?」「どこの図書館で借りたのですか?」と連発して、唖然として、私がした適当な返事に満足して、降りて行った。確かにその筋の人には魅力的な題名だが、突然の攻撃になすすべも無かった。一緒に飲むとおもしろそうな人だったが・・・。


2003年10月11日土曜スペインで見た楽器は「ニッケルハルパ」だった
下の9月17日で、スペインのトレドの辻音楽師が弾いていた楽器は、いろいろ調べると、スウェーデンの民族楽器「ニッケルハルパ」だった。インターネットで探しているうちに、深く関わっておられる方から、今度スウェーデン大使館で、スウェーデンから第一人者が来てコンサートをする、と言うお誘いを受け、早速行って来ました。200人程度のホールだが、ニッケルハルパは美しく響いていた。早速その演奏者のCDを買い、サインももらって、本気で演奏を習いたいな、と言う気が強くなってきた。


2003年9月27日土曜舞踏<山海塾>をご存知ですか?
いわゆる「舞踏<Butoh>」は世界的な、最先端のダンスに数えられるようになりましたが、その国際性の獲得のさきがけが「山海塾」でした。昔、海外の広告宣伝をやっている時に縁があり、時折、未だに律儀に、招待状が送られてきます。で、昨日、三軒茶屋の「世田谷パブリック・シアター」へ見に行きました。満員の盛況で、相変わらず、約1時間半、全くの緊張の内に終わります。これだけ緊張を保持する(しなければならない)機会はなかなか貴重です。


2003年9月18日木曜自分のおみやげ
まず、ダリ美術館での下の写真にある「唇ソファ」で、蝋で作られた「唇ソファ」蝋燭です、巾10cmくらいです。

これが、ガウディのチェス・・これほどガウディのセンスが出ているお土産品はない。下に出ている煙突型のものが取り上げられている。これは、グエル(本当は「グエイ」らしい)邸の屋上にあるもの。まん前のホテル(ホテル・ガウディ)に泊まり、丁度屋上の辺りの部屋だったので、毎朝毎晩このグエル邸の屋上のおもしろさを楽しんだ。


2003年9月17日水曜スペインに行きました
9月5日に出発し、16日に帰ってきました。前半がバルセロナ、後半がマドリッド。また、全体まとめたいと思いますが、取りあえず帰国直後の感想を・・・。ゆっくり考えるとまた違うかもしれませんが、まず「ガウディ」、そして「闘牛」、ちょっと離れて「ダリ」「ボッシュ」その他多くの画家達、番外で「トレドの辻音楽師」「マドリッドの怖さ」でしょうか。

一番の目的が「ガウディ」だったので、その予想を上回る凄さに満足した。ガウディの作品を使っての陶製のチェスも素晴らしかったので悩んだ末、私にしては大枚○万円を払って買って来た。




闘牛は最後の日が日曜だったので幸運にも見ることができた。確かに、その昔からの伝統イベントは練りに練られ、完璧に近い儀式として、凄かった。闘牛士が牛に引っ掛けられ担がれて退場するハプニングもあり(かなりの重症の気がする)、さすが伝統芸術と感動しました。日本でいえば、相撲と歌舞伎の様式美に似ているような気がします。


2日間家族より早く着いた私はお気に入りの「ダリ」のフィゲラス(バルセロナから電車で2時間)の「ダリ美術館」へ行った。相変わらずのダリだが、あんだけダリが濃いと少々しんどかった。

もう一つマドリッドのプラド美術館で「ボッシュ」を見た。昔から好きな画家だったがあの代表作がここにあるとは知らなかった

番外の「トレドの辻音楽師」はスペインでは至る所音楽家達が演奏し小銭を稼いでいるが、このトレドの女性は、私が見たことも無い弦楽器を演奏し、その音の響きに完全に魅了された。たまたまアメリカ人が、「一体その楽器は何か?」と聞き、傍受したのだが「スェーデンの民族弦楽器」との事、帰ってから調べようと思った。

番外2番は、マドリッドは全く油断できない町だった。日本人が狙われるとは聞いていたが、まさにこの私も2回その危なさに接触した。皆さん気をつけて下さい。


2003年8月6日水曜小さな万能選手ザウルス
ザウルスがリナックス・ベースになって、新登場してから、ずーっと狙ってきた。2世代目でやっと入手、買ってもらった。こんなに小さくても、もはやパソコンである。画面はゲームを登録している画面だが、LINUXベースなので、世界中でソフトが自由に開発される。


2003年7月20日日曜また、花火の日が来ました
今年は、何となく盛り上がりが少なかった。いつのまにか、えっ、明日だ、となって・・・・花火自体も何か予算縮小、と言う感じだったが、まあ、ビールを飲みながら、一応楽しみました。


2003年6月16日月曜日付が前後しますが、七回忌で岡山・津山へ
亡母の七回忌と言う事で、岡山へ。なかなかこちらに来ないので、津山にも寄ってしまった。もう、30年もこの地で頑張っている友人のジャズ喫茶「邪美館」でくだをまく

開店当時、私が無理やり送った看板?見たいなものも健在だ。こんな田舎で、このレベルのジャズ喫茶を続けている事自体が驚異だし、随分この辺りの人の心の支えになっているに違いない。もし、私がここに住んでいたら、この喫茶店の存在に感謝しただろう。


2003年7月8日火曜2つをこなした日
長い間、このホームページほったらかしで、亡母の七回忌とか、息子の部屋との交換引越し(部屋の作りはまだ終わっていない)、とか、拡張サイトに手を入れるのが億劫だったりで・・・。 今日は外で仕事があり、場所を見ると、ずーっと気にかかっていた、市ヶ谷の蕎麦屋の近くなので、少々早めに出て、蕎麦屋に向かった。雑誌の記事で、カレー南蛮そばがむちゃくちゃうまくて、客の70%がそれをオーダーする、との話で、一度は行って見なくては・・・と思っていた。 確かに美味いが、大体期待が長く続くと頭でふくらみ、実際食べた時、案外感激が薄いものだ・・・と言う事になる。

仕事終わって少々早いので、これも気にかかっていた、下北の「POSY」に行く事にした。お年寄りの婦人が経営しているジャズ屋さんである。下北の南口から、茶沢通りに出て、見つけた、小さなジャズ屋で、さすがに一番乗り、店内は黒一色に塗られているが、窓が道路に面し、暗い感じではない。ジムビームを飲み、いい気分ですね。


2003年4月18日金曜マクドナルドが・・・
マクドナルドがあの顔の大きい犬のプレミアムを始めて、当然カミさんははまったが、最期の犬が近くの店で売り切れで、電話をかけて、小雨の中、自転車をすっ飛ばして、入手、で、プータローの庇護の元、無事揃いました。私は近くの店に無いというので、築地の店に行ったがやはり品切れで、たまたま行った秋葉の店に全種類のこっていたので電話すると、既に入手済み、との事。迫力ありますね

全種類は6種類ですが、一つは息子が無理やり鞄につけさせられているので写っているのは5種類です。また写真に英検のパンフが写っているのは、それまで母親の肝いりで、英検1級を目指していた息子が、突然、重要なのはTOEICであって英検は誰も認めていない、ので、無駄だ、と言って、受験を放棄したので、英検に執着している母親があてつけでプータローに持たせて毎日息子に見せ付けている、と言うだけです。

2003年4月6日日曜やっと花見
全くこの気まぐれな天気と気温にはまいったが、今日は少々風は強いが・・まあ温かく、昨日の雨にも負けず桜は残っていたので、カミさんと国立の大学通りへ行った。こちらからは南武線の保谷から国立駅へ向かって歩く事になる。桜は立派で、大変な人出である。一年に一回、短い期間の桜の季節は、昔タイ駐在の頃も、何とか日本に行こうと策略を巡らせたものだ。

2003年4月4日金曜せっかく築地にいるので
ホームページの拡張は現在進行中ですが、今日は築地の有名寿司店「大和寿司」に朝から行って見た。何しろ朝の5時半頃から開店し、午後1時過ぎには閉店するというので、幸い朝食も食べていないので9時半頃会社を抜け出し、築地市場の中に潜入。もはや一段落しており、市場は結構のんびり。大和寿司にも空き席あり、おまかせの安いほう2千円(高いほうは3千円)を食べる。もちろん満足感。何となくぶっきらぼうな態度を予想していたが、非常に感じが良い。親切で気さくで、立派な寿司、はやりますよね(特に相手をしてくれた人が6―70歳のおじいさんだからか?)。隣の子連れのおばさんは、私がお任せの安い方を言ったものだから、自分のを確認して(3千円の方だった・・・何も言わないと高い方になる?)、急遽安い方へ転換。更に、私に「ここにはメニューがあるのですか」、目の前のオジサンに聞けと思ったら、すぐオジサンがやさしく説明・・。で、なかなか良い朝でした。
場外にでると、都知事に立候補のドクターの宣伝カーが休んでいる。いつも元気に頑張っていますね。ちょっと詐欺師的に見られているけれど、凄い人かも・・・・。

2003年3月21日金曜段々このホームページの容量が一杯に・・・更に戦争も始まり・・
これは無料のホームページなのですが、容量の上限に近づいてきて、余り増やす事ができず、どこかを追加で用意するか、引越しするか、そろそろ考えなくてはならない状況です。 別件ですが、先日またインドネシアに行きました。 いつまでも寒いし・・・。

2003年2月24日月曜西表島へ・・・
西表島(いりおもてじま=イリオモテヤマネコで有名)に行ってきました。2月21日早朝6時25分で羽田出発、石垣島9時半、船で40分で西表島には午前中に着いてしまった。この辺の島は皆沖縄の近くと思っている人も多いでしょうが、石垣は台湾に近く、沖縄まで450km、台湾まで290kmと言う位置にあります。今日24日に帰ってきました。
2月には珍しいという晴れの日が続き、汗ばむ3日間でした。カヌー、ジャングル探査、泡盛、バイク疾走・・・。泊まりは、西表銀座(スーパーがあるだけ)から入った道の突き当たりにある広い芝生と、昔からの涼み台を持ち、裏の階段を下りるとすぐ砂浜のまるも荘。住み心地良かった。疲れると浜辺で泡盛飲み放題。取りあえず、民宿と、カヌーの川遊びの写真です。

2003年2月19日水曜超レトロなゲーム・センター
何かに、会社近くの東銀座から、雨に濡れないで東京駅の八重洲地下街とか、ブックセンターに行ける、とあったので実行してみた。東銀座から銀座駅まではシンプルに地下を行き、更に有楽町まではまともに行け、そこから国際フォーラムを通って、丸ビルとか八重洲には雨に濡れないで、行ける。途中、一つの選択肢として、東京交通会館を通る方法があり、その地下は、ビルが古いせいもあり、レトロ感覚満載である。中でも、リノと言うゲームセンターのレトロさは、田舎のひなびた旅館のゲームコーナーとか、デパートの屋上のゲームコーナーの比ではない。(続く)

2003年2月11日火曜マン・レイの唇
本日は祝日で、ずうーと気になっていた大きな家具屋にカミさんと行く事にした。キッチンの食器棚およびレンジなどを置く家具を探していて、なかなか気に入ったのが無いので、探す範囲を広げようと、車で府中の大きな家具屋に行った。
さすがに想像以上に多くの種類があり、気に入ったのもあったがやはりもう一度サイズを測り、費用を検討しなければならないので、帰ることにした、その帰りがけ、売り場のディスプレイだが、値札のついた売り物だったのが、このマン・レイのポスター、結構有名な、空に唇がある奴。カミさん共々気に入ったのだが結構高い。悩んだ末買いました。(少々光が入ったりで、良い写真ではないですね)

2003年2月4日火曜久しぶり集合
久しぶりに皆が集まった。恵比寿のタイ料理屋シャンプライ。常連おじさんメンバーSG氏(グループのハブ)、SS氏(ちょっとだけ若い)、私、常連若年の眼が引っかき傷としか思えないMS氏に、中心人物のYT嬢(通称小雪<ホンワカ・バージョン>=築地の魚は漁師が直接持ち寄っていると思っていた)、その横の席で仕事をしている若年妻帯者S氏、頭の回転速いのにホンワカな社長秘書IY嬢の強力7人組が、奇しくも集まり、そこでSS氏がくだらないマスクを持って来たものだから、つけてみた、男だけ。撮影は携帯電話で小雪嬢。随分盛り上がって、私は久しぶりに大笑い。

2003年1月31日土曜マイルスの映像
e-bayオークションを見ていると、ラ・モンテ・ヤング等の映像を売っていたので、試しに買ってみた(15ドル)。そこでその売主は、他にも非売品の(或いは、TV局が撮影したが放映しなかった分など)ビデオがある、と言うリストを一緒に送って来た。しかも、買ったビデオは90分なので後30分余裕があるのでリスト中で30分只だよ、と言うので、その中で、エレクトリックの時期(アガルタ、パンゲアの来日時)のドイツでのマイルスの映像があるらしいのでそれを30分入れてくれ、と注文した。写真はその中の1シーンです(マイルスが下を向いてペットを吹いており、首に長い白いマフラーを垂らしている・・・分かりにくいかも)。映像はひどく荒れていて、10回以上はダビングした後、と言うレベルだ。でも、確かに、あの頃のマイルスが写っており、聞こえてくる音楽は、正しくあの頃のマイルスで、しかも演奏が凄い、凄すぎるレベルである。これを美しい映像と素晴らしい音で聞くとどんなに凄いかー、と思う。あの頃日本にも来て、一緒に来たリーブマン、ピート・コージ達も写っている。凄い演奏だ。誰か原版に近いものを持っていないかー、と叫びたい。が、とにかくこんなレベルでも見て、聞けるのは信じられないくらい、嬉しい。

2003年1月18日土曜目指すは横浜山下町ミントンハウス
関東地区だけだろうと思いますが、有名な横浜の崎陽軒のシュウマイ弁当のテレビCFで渋いジャズ・バーとその主人が出てきます。余りにかっこよく、最初はスタジオのセットではないかと思っていたのですが、実在するお店との事で、調べてみると山下町にある「ミントン・ハウス」との事。ミントンハウスとは「ミントンハウスのチャーリークリスチャン」と言う有名アルバムがある位で、ジャズ創世記の有名なジャズ・クラブの名前である。
だから、東京地区だけでも、荻窪?だとか3−4店のジャズ関連のお店があるくらいだ。もう少し調べると、山下町のミントンハウスは非常に古くからあるジャズ・バーで22年前の(1980年)「ジャズ日本列島」に既に掲載されている。と言う事で、行かざるを得ない、ので本日行って来ました。当時は14時からやっていたとの事で、15時頃に行くと、店には17時から、と書いてあるので(シャッターに書かれている14時は消されていて、下にダンボールのきれっぱしが落っこちていて、そこに17時からと書いてある)、伊勢佐木町で時間をつぶし、17時過ぎに行きました、イメージ通りのかっこ良さで感動しましたね。ジムビームとスキャパを各一杯オン・ザ・ロックで飲んで1350円の明朗会計でした。近くにあったら足繁く通うのになぁーー。

2003年1月16日木曜オン・ラインのゲームから逃げ出しました
昨年の11月頃、ふと、これまで気にしながらも、二の足を踏んでいたオンライン・ゲームに入ってみようと思った。いろいろあるのだが、何となく日本製のあの雰囲気は嫌になっていたので、このキャメロットと言う、如何にも外人センスのアーサー王の時代・・・。しかし、ギブアップ、何しろ全部英語だし、マニュアル的には一応分かるのだが、現実のゲームの中では、一体どうすれば良いのかが良くわからない、この世界をうろうろしているだけで、それはそれなりに楽しいのだが、先に進んで行けそうに無い、ので辞めます。1ヶ月1500円程度(ドル建て)なのだが、ペイしませんでした。 (二枚目の写真の後姿が私です)

2003年1月11日土曜忙しくて不幸な日
今日から3連休。で、最初の日として、忙しい予定を組んだ。ずうーっと気になっていた牛田(うしだ)、と言う町に行く事、タワーレコードで「ミュゼ」を手に入れること、新宿の京王デパートの有名な「大駅弁大会」で目的の駅弁を買う事。 まず、北千住に近い牛田、これは東京新聞の記事で見たのだが、かなりうらぶれた商店街が写っていて、「商店街研究家(いつから!?)」としては、一度行かなければ、と思っていた。
行きがけ、中目黒を乗り越して渋谷まで行ってしまい、時間のロス(これが不幸の最初)、また中目黒まで戻って、隣のプラットホームに止まっている電車に乗ろうとして急いで階段を下り、上り、足が疲れて躓いて、ひざを打ち(第二の不幸)、その為眼前でドアがしまり(第三の不幸)、膝をいたわりながら10分を待つ。
北千住に着き、乗り換えて牛田行きのプラットホームに行くと次の電車が人身事故のため遅れる(第四の不幸)、との事、北千住で降りて北千住のうらぶれた方(大体表口の方はどこでも同じで面白くない)の商店街(写真)を散策(ついでに150円のカツサンド、値段の倍くらいうまかった)、ついでに歩いて牛田まで行ってしまった。新聞の写真の雰囲気は全く無い、完全に東京新聞のでっち上げで、詐欺だ!(第五の不幸)
で秋葉原へ(牛田駅でも目前でドアが閉まった:第六の不幸)、いつものジャンク街を軽く見て、新宿へ、京王デパートの駅弁売り場は、何十年ぶりに味わう電車のラッシュアワー並だった、動けない、前に行けない(第七の不幸)、でもようやく、目的の、カミさん要望の「山陰線亀岡駅の栗めし」、私の好きな「岡山祭り寿司」は売り切れだったが(第八の不幸)、滑り止めの「大村寿司」、そして「小倉のういろう」も購入、タワーレコードには「ミュゼ」は無く(第九の不幸)、帰りに、いつもの「鶴亀食堂」に寄って、春菊てんぷら(べたべた:第十の不幸)と酒2合飲んで帰った。

2003年1月5日日曜1500円シリーズのDVD:2001年宇宙の旅、とブレード・ランナー
ワーナーがDVDで1500円シリーズと言うのを出しており、その中に、「2001年宇宙の旅」と「ブレード・ランナー」と言う、私のベスト10に入っている映画があったので、タワーレコードで買った。基本的には見ているので、そのシーン、シーンを細切れに見ているが、さすがDVDはきれいだし、各々のシーンが一つ一つ鮮やかに再現されて、長いストーリーを見ているとはまた違う面白さがあると思います。