太田家住宅は、古くより瀬戸内海の要所として栄えた鞆港の中央部に位置し、
江戸時代に保命酒醸造業を営んだ商家の遺構で、国の重要文化財に指定されています。
玄関には、唐破風造りの看板掛を取り付け、屋根には杉玉掛を設けていて、
造り酒屋の構えをよく残しています。
維新の夜明けも近い1863年尊皇攘夷を主張する三条実美ら7人の公卿は
公武合体派により京都を追放され、長州を頼って都落ちをしました。
一行は、ここ旧保命酒屋に立ち寄りますが、その時三条実美は世に有名な保命酒
をたたえる和歌をのこしました。この歌の、竹の葉が保命酒のことです。
”世にならす鞆の港の竹の葉を