鞆の浦は潮待ちの港と言われていました。瀬戸内海の中央部に位置していて、満潮から干潮にかけて、豊後水道・紀伊水道へ
向けて潮が流れ、干潮から満潮にかけて、豊後水道・紀伊水道から鞆の浦に向けて潮が流れます。
つまり、満潮に乗って船は鞆港に入り、干潮に乗って鞆港を出る潮待ちの港であったのです。
船の出入りを誘導し、”海上闇夜東西を失ひし時”の燈台、これが常夜灯です。
この雄大な塔の高さは5.5m、基礎石は3.6mです。
竿柱の南面に『金比羅大権現』北面に『当所祇園宮』の石額を掲げています。
これは信仰の対象ではなく、両者とも海上安全の守護神であることから、この石額を掲げたのです。
燈火燃料は油を使用し、明治4年の公文書では、「油一日5勺(0.27l)、燈しん一日5厘」
とありました。当時の模様が目に浮かんできます。
常夜灯は瀬戸内では”とうろどう(燈籠塔)”と親しみを込めて呼ばれ、
江戸期の常夜灯、雁木、波止場、焚場がセットで現存しているのは瀬戸内海では鞆港だけです。