空襲の話の感想

                                   2014.2.3 更新

出前講座で 富山大空襲の話を聞いた 子どもたちの感想文

 

戦争は既に終わったこと≠ナはない

富山市藤ノ木中学校2年

 

 2013年12月6日、富山市藤ノ木中学校2年生136人が、富山大空襲のことを学びました。「会」の和田事務局長が「写真で見る富山大空襲」と題してパワーポイントの映像を見せながら話しました。後日、学年主任のS先生からDVDと手紙、感想文をお送りいただきました。抜粋して紹介します(◎印は。S先生のお手紙)。

 

◎貴重なお話bを聞かせていただき、ありがとうございました

 どの生徒のフ感想文を読んでも、お話をしっかり受け止め、まっすぐな気持ちを持っていると感じます。この子達の将来も戦争のない平和な時代であってほしいと願います。(S先生)

○私は藤木にノ住んでいますが、祖父母宅と曽祖父母宅が清水町にあり、星井町なども前から親しんでいる町です。そんな所も、市民1人あたり約3発と焼夷弾が雨のように降ってくる空襲があり、その爪跡が今も残っていると知り、戦争は既に終わったこと≠ナはないと実感しました。身近にも空襲を体験した人がいます。戦争の事実は残酷だけれど、そこから目を背けず、知ることから始めたいと思いました。(MSさん)

○富山大空襲Pでは死亡原因の半分以上が焼夷弾の直撃だと聞き、たくさんの爆弾が落とされたのだと分かりました。また「防空壕は安全」と聞かされていたのでそこにいて死亡したという話に驚きました。今日のお話を今後の調べ学習に生かしていきたいです。(AKくん)

○お話を聞い「て、ひどい話だと思いました。えらい人たちは爆弾が落ちてくることを市民に伝えなかったし、焼夷弾で火の海になって、逃げようとした人たちに「火を消せ」などと命令し足止めして、結局その人たちは死んでしまったので、とてもひどいことだと思いました。(MSくん)

○戦争の話なネんて聞いても悲しくなるだけだ思っていて、正直あまり聞きたくありませんでした。でも話が始まると、なぜか聞き入ってしまいました。たくさんの人が「殺された」こと、アメリカ軍の予告ビラがうそにまみれていたことなど、とても悲しくなりましたが、悔しくも思いました。今私達が生きていることは、とても平和なことだとわかりました。これからの平和学習を頑張っていこうと思います。(ITさん)

○戦争は、人lが殺しあうだけでなく大切なものを失ってしまう、人間の歴史の中で最悪の出来事だと思います。最近、交戦権をみとめ自衛隊を国防軍と改称して戦争ができるようにしようという国会の動きもありますが、こんな悲劇を二度と繰り返さないように、戦争の悲惨さを伝えていかねばならないと思いました。(IYさん)

 

戦争の悲劇、絶対に忘れない

魚津市経田小学校6年

 

 2013年11月21日、魚津市片貝小学校6年生83人が富山大空襲の話を聞きました。「会」の佐藤幹事が「富山大空襲と当時の暮らし」と題してパワーポイントの映像を見せながら話しました。送られた感想文の中から抜粋して紹介します。

 

○お話を聞い「て、戦争はこわくて苦しいものだと改めて思いました。戦争の時の子ども達は都会から離れて集団疎開したり、女子児童も武術の授業を受けたりしてかわいそうだと思いました。ジャズやクラシック音楽をきいたりひいたりしてはいけなかったと知ってびっくりしました。佐藤先生の家族は火の粉や煙の中を逃げ、川にとびこみぬれた布団をかぶり助かってよかったと思います。最後には日本が降伏して戦争が終わってよかったと思いました。(NMさん)

○お話を聞い「て、どうして太平洋戦争が起きたのかや当時の暮らしについて良く分かりました。その頃は、どじょうやたにし、イナゴまで食べていたと聞いて、こわいなあと思いました。私はこれから給食の時間は好き嫌いせず、食べ物を大事にしないといけないと改めて思いました。私は、実はあんまり社会の授業は好きじゃなかったけど、今日のお話を聞いて興味を持ちました。とても勉強になりました。(NAさん)

○私は戦争がェ起こした悲劇は絶対に忘れません。日本がやったことややられたこと、広島と長崎に落とされた原ばくのおそろしさ、富山大空しゅうのことを絶対に忘れません。今、テレビなどで憲法改正と言われています。私は絶対に反対です。

 戦争をおこアすとたくさんの命がうばわれるだけだし、深い体や心の傷が一生残ります。私は今日聞いた話をしっかりと後世に伝えていきたいと思いました。そして、日本の平和、世界の平和をしっかりと私たちの世代で守っていきたいと思います。(NTさん)

○このようなネ悲しい戦争が起きた理由とその戦争の出来事が、教科書や先生の話から想像していたよりはるかにひどいものだと知り、おどろきました。なぜ周りの味方の国がこう参したのに日本はこう参しなくて、しかも逆てんの可能性もないのに無だな努力をしてより多くの死者をだす道を選んだのか、不思ぎに思い、ポツダム宣言をのむのがおそすぎたと思いました。もしいつか戦争が起きたとしても、すごい勢いで反対して、やめさせたいと思いました。(IMくん)

 

平和にくらせることに感謝したい

                                         南砺市福光東部小学校6年

 

2013年11月14日、南砺市福光東部小学校6年生61人を対象に、社会科学習の一環として、「会」の佐藤進幹事が「富山大空襲と当時の暮らし」と題して講演しました。後日、送られてきた感想文からいくつか抜粋して紹介します。

 

○戦争があった頃は、今のわたしのような普通の生活ができなかったと聞いて、びっくりしました、佐藤さんが、私よりも幼い十さいの時に、空襲にあっているというのはとてもこわかったと思います。いくつもの焼夷弾が降ってきて命からがら川へ飛びこんだと聞いて、想像しただけでもこわかったです。私たちはこれから、食べ物に感謝をして、身近な暴力をなくし、戦争のない社会にしていきたいです。(MSさん)

○おそろしい戦争の話を聞いて思ったことが二つある。一つは戦死者の多さ、それも戦地へ向かうと中で亡くなっている、これはわたしにとっては無意味な死。一番大切なことは多くの人が生き残ること。当時の政府の人にはもっと冷静に考えてほしかった。二つ目は富山大空襲。多くの人が亡くなったが、苦しみながらも生き残ってくれた人たちがいた。だから富山市はいま成り立っていて、私たちがいることに感謝したい、暴力はふるわないことが大切であり、そして戦争のない世界を目指したい。(NRさん)

○昔の子供達は勉強や食事も十分にできず、いなかにそかいして親と会えなくてかわいそうだなと思いました。今の子供達はご飯が十分にあるのに好ききらいをして残したり、平気で暴言をはいてけんかをしたりして、本当にいいのかなと思いました。ぼく達が今平和にくらせるのは、昔の人達のものすごい苦労と犠牲のおかげです。一日一日を大事に生きたいです。(IRくん)

    一番心に残ったのはおにぎりの話です。食料不足でお腹がすいている時には涙を流すほどにおにぎりが美味しく感じられたのだと思いました。戦争中は自由な考えを持つのが禁じられていたと聞いて、人間らしく考えることも許されないのは、ひどいと思いました。私は佐藤さんのような体験はしたくないと思います。そのために、戦争を二度としないような世の中を目指していきたいと思いました。(TNさん)

     

 

平和とは、すばらしいもの

富山市大広田小学校6年

 

 2013年11月14日、富山市大広田小学校6年生約80人が富山大空襲の話を聞きました。会員の舘盛貞信さんが自らの戦争・富山大空襲の体験などを語りました。後日舘盛さんに送られてきた「舘盛さんへの手紙」の中からいくつか抜粋して紹介します。

 

○お話を聞い「て、やっぱり戦争ってこわくて悲しいものなのだと心から思いました。ばくだんによって町が焼かれたり、全身が焼けた人をまのあたりにされて、本当に悲しい思いをされたのだと思いました。本当に戦争は怖いものなのだと思い、戦争なんてなくなればいいと思いました。(YSさん)

○改めて戦争はあってはならないと思いました。舘盛さんが初めに言われた「世の中に対してほどこしの心を持つ」とはどういうことなのか、考えながらお話を聞いていました。お話の中で、ばくだんに当たってけがをした人を近くの川に連れて行って助けたり、うでをけがした人に服で包帯をつくって巻いてあげた利したという話を聞いて、そういう周りの人のことを思った行動が、助け合う、ほどこすということなのかなと思いました。(TKさん)

○戦争がどれ黷セけの命をうばい、どれだけこわいものかを知りました。とくに心にのこったのは、天皇のためなら命をすてろと言われていたことです。国民一人一人が国を作っているのに、天皇だけ生き残ってもそれは国とは言えないと思います。舘盛さんのお話のように、人々がめぐむ、与え合うのが国だと思います。(NEさん)

○私もおばあちゃんに戦争の話を聞いたことがあります。舘盛さんのお話を聞いて心が痛くなりました、戦争は深こくで、二度とおこしてはだめだと思います。平和とはすばらしいものだと思えました。私は、これか命を大切にして、平和であることのうれしさを大切にしていきたいです。(NYさん)

○お話を聞い「て、戦争があった時代は毎日が死ととなりあわせの恐怖でいっぱいの状況だったんだ思いました。それと、おばあさんの言った「世の中に対してほどこしの心をもつ」という言葉も心に残りました。私は少し短気なので、それをあらためて友達を大切にしようと思いました。舘盛さん、いつまでも元気で長生きしてください。(SSさん)

○戦争は一瞬uにしてたくさんの人の命を奪うこわいものだと改めて思いました。つらかったことを思い出してわざわざ私たちに教えてくださってありがとうございました。舘盛さんなど昔戦争を体験された方が今まで未来へ伝えてきたから、今の日本が戦争なく平和に暮らせているのだと思います。私たちはなんて幸せな時代に生まれたのだろうといつも思っています。自分がつらくても、日本のためにと毎年6年生に戦争のことを伝えてきてくださった舘盛さんはかっこいいです。感謝してます。これからも戦争がない平和な世の中であり続けてほしいと願っています。お話を聞いたことを生かしてどんどん勉強に取り入れていきたいと思いました。(TEさん)

 

せんそう、二度とおきてほしくない

舟橋村舟橋小学校3年

 

 2013年11月8日、舟橋村舟橋小学校3年生40人が富山大空襲の話を聞きました。「会」の前野時子幹事が自作の絵本『ほむら色の空』を映像で見せながら、富山大空襲の体験を語りました。送られてきた感想文から抜粋して紹介します。◎印は担任の二人の先生からのお手紙です。

 

◎先日は戦争体験をお話しいただき、子どもたちは、戦争のことはよく知らないまでも、その悲惨さ、悲しさや空しさなどを感じておりました。また、家では、家族と戦争の話をする機会をもち、一緒に考え、今の平和を話し合う機会となったようです。学校の図書館司書に戦争に関する書籍を薦めてもらい、読んでいる子どももいます。国語「ちいちゃんのかげおくり」の感想文に、お聞きしたことも加えながら自分の感想を書いている子どももいます。きっと子どもたちは、お話を聞いたことを、大きくなっても心のどこかに留めておくことと思います。(担任S&M)

○時子さんのフお母さんがしょういだんが頭にあたってなくなってしまったので、わたしはびっくりしました。とてもざんねんです。何故、せんそうをしたのかわかりませんが、多くの人がなくなってしまうせんそうは、、二どとおきてほしくないです。今日一日生きている時間は、あたりまえではなく、たいせつな時間なのだと心から思いました。(HAさん)

○せんそうのフお話を聞いて、せんそうがおこると大変なことになることがわかりました。家族みんながせんそうにまきこまれていなくなって、ぼく一人になったらこわくてたまりません。「ちいちゃんのかげおくり」のことも思い出すと悲しくなりました。今、せんそうがなくてとてもよかったです。村の図書館でマンガ「はだしのゲン」をかりて読みました。とてもざんこくなころし合いで、たくさんの人がしんでいきました。体がガタガタふるえるほどにこわくなりました。こんなせんそうがおきてほしくないです。ぼくにできることはなんだろうと考えました。それは相手を思いやることだけです。今も世界のどこかでせんそうをしている国があって、人びとがくるしんでいるとお父さんから聞きました。せんそうをおこしている人たちは、相手を思いやり、早くせんそうをやめてなかよくすればいいと思います。(TRくん)

 

これからもせんそうの話、つづけて!

富山市針原小学校3年

 

 2013年10月11日、富山市針原小学校3年生46人が富山大空襲の話を聞きました。「会」の前野時子幹事が自作の絵本『ほむら色の空』を映像で見せながら、富山大空襲の体験を語りました。送られた「前野時子さんへのお手紙」の中からいくつか抜粋して紹介します。初めの◎印は担任の二人の先生からの手紙です。

 

◎冷気が一段iと強まりましたが、お変わりありませんでしょうか。富山大空しゅうの貴重な体験を話していただきありがとうございました。そのおかげで、国語科「ちいちゃんのかげおくり」の学習での子どもたちの考えがより深いものとなりました。わたしたち担任も戦争のことがわかり、ためになる時間でした。(担任H&K)

○もう葉っぱマの色づくきせつになりました。この前はありがとうございました。わたしが一番心にのこったことは、しょういだんやばくだんで家がこわされたりもやされたりしてしまったことです。これからもせんそうの悲しみをわすれません。(DHさん)

○わたしがいちばん心ののこったことは、前野さんのお母さん

がなくなられたことです。前野さんが小さいころのことなので、かわいそうです。これからもお体に気をつけてげんきでいてください。(KHさん)

○せんそうがェこわいことは知っていましたが、お話を聞いて、もっとこわくなりました。せんそうは、人の命をふつうにこわしてしまうので、とてもこわいですね。(HKさん)

○かぜをひかゥれていませんか。わたしは少しせきがでていますこの間は、「ほむら色の空」を読んでいただきありがとうございます。わたしはこのお話を聞いて、せんそうのこわさなどを知りました。「もうせんそうをしてほしくない」と心からそう思います。これからもせんそうがなく、平和な時代がつづきますように…(TYさん)

○お話を聞い「て、せんそうがとてもこわいということがわかりました。もうせんそうはおこしたくないですね。(UOくん)

○これから冬~になって寒くなりそうですが、体ちょうをくずさないでください。「ほむら色の空」を読んでもらって、せんそうは二どとやってほしくないなと思いました。せんそうを味わった前野さんはとてもこわかったと思います。(KSくん)

○お話を聞い「て、せんそうってこわいんだとかんじました。一番心にのこったことは、お母さんがばくだんにあたってなくなったところです。かわいそうだとおもいました。これからも、せんそうのお話をつづけてください。(TRさん)

    お話を聞いて、せんそうというものがどんなにこわいかが分かりました。富山にもばくだんやしょういだんがたくさん落とされて二千七百人ほどの方たちがなくなられたことをはじめて知ったので、すごくおどろきました。だから今はへいわでよかったです。(YKさん)

     

 

戦争や空襲は絶対にダメ!

                                            射水市新湊小学校6年

 

2013年10月11日、射水市新湊小学校6年生50人を対象に、社会科学習の一環として、「会」の松浦晴芳幹事が「戦争の時代と富山県の空襲」と題してパワーポイントを使い授業をしました。後日、学校から送られてきた感想文のなかからいくつか抜粋して紹介します。

○授業を受けて、心に残っていることが二つある。一つ目は、戦争中の学校について。小学校の名前が国民学校になったり、教科書も「ススメ ススメ ヘイタイススメ」や「日本は神の国、強い国、えらい国」などという内容がかいてあることがわかったし、天皇の写真などがまつられているところに向かってとても深い礼をしていたことも分かった。大人だけが戦争にくわわっているのでなく子どもたちも戦争にえいきょうされて、全て戦争一色だと思った。二つ目は、富山市の被害が大きいわけについて。そのわけは爆弾を落とすと予告しているのに、市民に避難指示を出さなかったからだというのが分かった。(Yさん)

○ぼくは、最初「富山大空しゅう」は、富山市の方だけだと思っていた。けれど、新湊にも機雷が落とされていた事を聞いて、びっくりした。また、アメリカだけが悪いのかと思っていたが、日本もマレー半島、アメリカ軍港に攻げきをしたり、朝鮮人、中国人にも差別をしたりして、いろいろな外国の人、国々に迷わくをかけていた事が分かったた。一番ぼくが心に残ったのが、日本と戦争をした国で戦場になった国を資料で見ると、イギリス、アメリカ、中国、ニューギニア、ビルマ、フランス、タイ、インドネシアなど数えきれないほどの国と戦争をしていた事が分かった。戦争は二度としてはいけない事が分かった。(Sくん)

○戦争の時代の富山の空襲について、分かりやすくお話してくださってありがとうございました。私は「たたみ16枚に1発の爆弾が落とされた」ということを聞いて、とてもおどろいた。ほとんどにげ場がないので大変だったことが分かった。そして死者約3千人、負傷者約8千人、爆撃目標区域の99.5%が焼失という事も分かり、「戦争はもうしてほしくない」「殺し合ったりなんて絶対にしないで!」と改めて思った。私は図書室で「りんこちゃんの8月1日」や戦争の本を読み、すごく感動した。広島の原爆ドームにも行った事がある。戦争について聞いたり見たりするといつも「かわいそう」「どうしてこんなことするんだろう」と思う。今の日本は戦争はしていないが、これからもしないでいてほしいと思った。「富山大空襲」の事についてもっと知りたい。(Iさん)

○日本は、たくさんの国と戦争をしていた事を知り、とても残念だった。でも改めて今は「平和」だなと感じた。パンプキン作戦は初めて知り、リハーサルで爆弾を落とされたという事に、とてもびっくりした。富山大空襲は聞いた事があったけど、たくさんの人が亡くなり、たくさんの人が悲しい思いをした空襲だったことが分かり、全国一の率と聞き、そんなに大きな空襲が富山であったなんて信じられない。これからも戦争、空襲の事をもっと調べてくわしくなりたいです。そして多くの命がうばわれた戦争や空襲を絶対にしないようにしていきたいし、「戦争や空襲は絶対にしたらダメ」という事を色んな人に伝えていきたいです。(Mさん)

 

自分のいのちを大切にしたい

富山市西田地方小学校3年

 

 2013年9月9日、富山市西田地方小学校3年生49人が富山大空襲の話を聞きました。「会」の前野幹事が自作の絵本『ほむら色の空』を映像で見せながら、富山大空襲の体験を語りました。送られた「前野時子さんへのお手紙」の中からいくつか抜粋して紹介します。

 

○お話を聞い「て、なみだが少しでてきました。ばくだんがお母さんの頭にあたって、お母さんがなくなられた所です。ぼくのお母さんにそんなことがおきたらどうしようと思って、ないてしまいました。こんど、その本をよみたいです。(SMくん)

○ぼくは前野さんに本を読んでもらって、かわいそうだなあと思っていました。お母さんの頭にしょういだんが当たって亡くなられてしまったからです。でも、前野さんのお母さんは、天からきっと見まもっていると思いました。(ETくん)

○せんそうのフことは少しは知っていたけど、お話を聞いてくわしいことが分かって、うれしかったです。わたしは前野さんがこられるまでどきどきしていました。どんなことをおしえてくれるのかを待っていました。前の日におかあさんにそのことを話すと「こういうお話はめったにないことだから、ちゃんとお話を聞いてね」と言われていて、ちゃんと聞くことができたので、うれしかったです。教えてもらってさいこうでした。(URさん)

○きょうはありがとうございました。せんそうのことがたくさんわかりました。前野さんは、3歳だったのにいっぱいおぼえていて、すごいと思いました。おかあさんがなくなってかなしいのに、せんそうのはなしをしてくれてありがとうございました。わかりやすく話してくださったおかげで、いっぱいノートに書けました。(HMさん)

○わたしも二年生の夏休みに、ひいおばあちゃんにせんそうの話を聞いたことがあるけれど、前野さんもひいおばあちゃんみたいに、くるしい、かなしい思いをたくさんして生きているので、すごくかわいそうだと思いました。たくさんお話を聞かせてくれてありがとうございます。(NYさん)

○今日は「富x山大空しゅう」のお話を聞かせていただき、有難うございました。富山大空しゅうのことがすごく分かりました。「ちいちゃんのかげおくり」も、せんそうの話なので、前野さんのお話をいかそうと思います。今日はありがとうございました。(Hさん)

○今日は、あまり話したくないのに、長い時間お話しいただいてありがとうございます! この町の人が3000人もなくなったのを知って、とてもショックを受け、びっくりしました。『ほむら色の空』を見て、わたしは、自分のいのちを大切にしようと思います。本当にありがとうございます。(TYさん)

 

これからも戦争がないように…

魚津市片貝小学校4〜6年

 

 2013年8月1日、魚津市片貝小学校4〜6年生42人が富山大空襲の話を聞きました。「会」の佐藤幹事が「富山大空襲と当時の暮らし」と題してパワーポイントの映像を見せながら話しました。送られた感想文の中から大事な所を抜粋して紹介します。

 

○ぼくが一番ヤびっくりしたことは、ばくだんでみんなけがをしたり死んだりしたことです。二番めは、学校のグランドがいも畑になったことです。そのころ自分がいたらどんなだっただろうと思いました。本もののぼうくうずきんやしょういだんのかけらをみたことも、とてもびっくりしました。ぼくのおじいちゃんも戦争に行きましたが、今も生きています。ぼくは今の時代に生まれてとてもうれしいです。また戦争があったらとてもかなしいです。平和になってとてもうれしいです。これからも戦争がないようにいのっています。(WSくん)

○私が一番印象にのこったのは、ばくだんが町じゅうに落とされてぎせいしゃがたくさん出たことです。戦争ってすごくこわいんだと思いました。もし自分が戦争の時代に生まれていたらたいへんだったろうから、今の時代に生まれてわたしは昔の人にくらべたらすごくしあわせなんだと思いました。昔の人はすごくたいへんだったんだと思いました。(OSさん)

○わたしは、A戦争中にたべるものがなくて、学校のグラウンドに畑を作ったりして、居間とぜんぜんちがうということがわかりました。女の人も竹やりを持たされてくんれんしたり、犬も戦争に行ったなどは、今まで考えたこともありませんでした。中学生は勉強もせずに働かされて、多くの人がなくなって、かわいそうだと思いました。ぼうくうずきんや当時の教科書を見たりして、当時のことが 少し分かりました。今では考えられないことです。もう二度 と戦争が起きないように、平和でいてほしいと思いました。(YMさん)

○お話をきい「てびっくりしたことがふたつあります。ひとつめは、女子児童がおなかがすいてお手玉のあずきを食べたという話です。おなかをこわさなかったのかなと思いました。ふたつめは、学校のグラウンドにさつまいもをうえたことです。お話をきいて、命を大切にしようと思いました。(AKさん)

○私が一番おィどろき、悲しかったのは、私たちと〃ぐらいの子どもが、男女関係なく竹のぼうなどで闘う練習をしていたこと、そしてご飯がまともに食べられなかったことです。戦争に反対すると「国を大事にしていない」とか「非国民」とか言われていたと聞くと、こわくなるし、人間とはとても悪い生き物だとも思います。今はとても豊かでめぐまれているのかなと思いました。私もし昔にタイムスリップして行けたら、食べ物などをくばって少しでも人を助けて、人が次々となくなっていくのを防ぎたいなと思いました。(HRさん)

○あらためてト、空しゅうはひどいものだとわかりました。つみもない子どもが、父さんが、母さんが、空しゅうでなくなったり、生きのびても食べ物がなくてなくなったり、とてもくるしいことだったということがわかりました。だから、いまの命を大切にして、このことを忘れず、こらからは戦争のない世界になってほしいです。(OTくん)

 

 

 

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