学校長式辞

 「エベレストに最初に登頂したのはみんなの先輩である植村直己であると言われ
 ているが,実は松浦輝夫氏である。アタック隊に指名された植村直己は登頂最後
 の場面で先輩の松浦輝夫氏に先を譲った。また山頂で高価なカメラを捨て,多くの
 石を拾い集めて隊員に持ち帰った。
  これを生徒諸君はどう感じ取るか。機会があればみんなと話し合いたい。」
 簡単な式辞であったが,自分は多くの人に支えられているという思いから,周りへ
 の気配り,配慮など今希薄になっている人間関係の大切さを語られた・・・ような気
 がする。
  ちなみに植村さんはイヌイットの世界でも大変愛された人物であった。
 国民栄誉賞を1984年に受賞,この賞は現在まで15名が受賞。最初は王貞治(ソフトバンク監督),
 15人目はマラソンの高橋尚子などすごい顔ぶれである。豊高の後輩として誇りを持ちたい。

 植村直己さんは、どんな人物だったのだろうか。様々な本に植村直己さんについて人柄を紹介しているが、まだまだ不思議さをもっている人である。
 文藝春秋6月号(2005)に松浦輝夫氏が「植村直己エヴェレスト登頂の瞬間」という記事を書いておられた。登頂前日から当日の様子を次のように書いておられる。
「マシュマロなどの簡単な食事を終え、明日は、『四時に起床、五時に出発』と決めシュラフに入った。酸素マスクをしながら寝るも、マスクの中に氷がはりつき、酸素が流れてこない。息苦しくなって目が覚め、氷を除いてまだ浅い眠りに戻り、・・・。ふと目を覚ますと、四時半をまわっていた。慌てて『おい、起きろ!』と声をかけると、植村君は雪をとかして湯を沸かしていたが、開口一番、『松浦さん、今日は快晴無風です。』
 出発は六時過ぎ。お互いをザイルで結わえ、登攀を開始する。頂上まで300メートルの高さはわずかの距離に思えるが、地上8000メートルでは途方もなく長い。酸素を吸っても脚は重く、数歩歩くと、ピッケルに寄りかかる始末だ。ナイフがあったら自分の胸を切りひらき、存分に呼吸したい衝動にすらかられた。
 エヴェレストに挑戦できるのは夢だったが、なぜこんな苦しいめまでして登らなければならないのかという思いは、頂上に着くまでの三時間あまり消えなかった。なにくそ、俺たちのj責任は重い、這ってでもいかなくちゃならん、と自分に言い聞かせ、鉛の足を運んだ−。』
 松浦氏が酸素マスクの中に氷がはりつき、酸素が流れてこなくjてなかなか眠れなかったにもかかわらず、植村直己さんは、松浦氏よりも先に起き、もう既に出発の準備をしているのである。植村直己さんは、十分に寝ていたのであろうか。今まで鍛えた彼の体力がこんなにもすがすがしい姿をみせたのだろうか。松浦氏は、続けて次のように綴っている。
「1時間はあっという間にすぎた。いざ下りる段になって、頂上直下のガレ場で植村直己君は石をリュックに詰めている。私も、折しも開かれていた大阪万博でタイムカプセルに入れる石ころをもってくるよう頼まれていたが、彼の拾う量は尋常ではない。『急斜で危ないから少し捨てろよ』と言うと、『頂上の石は、二度と取りにこれない。お世話になった人のためにも持ち帰る』ときかない。そして、『それより、松浦さん、これはどうですか?』と、私がNHKから預かったテレビカメラを指すのである。『撮り終えた最後のフイルムをとりだしたら、手が滑って落ちたことにしましょう。』という提案に乗って、当時、数百万はすると聞いた代物を岩陰に置き、彼の石を半分もった。」
 松浦氏は、植村直己さんがエヴェレストの頂上で拾った石は尋常ではないといっている。松浦氏が「危ないから少し捨てろ」といってもきかないでいる。これは、一体どういうことなのであろうか。地上8000メートルは、酸素を吸っても脚が重く、数歩歩くと、ピッケルに寄りかかる始末だと松浦氏は記している。さらに、「なぜ、こんな苦しいめまでして登らなければならないのか」とまで口にしている。だが、植村直己さんは、石を持って帰ろうとする。
 植村直己さんのお世話になった人に石を差し上げたいという気持ちが、苦しさや危険をも押し黙らせてしまうパワーがある。


 終業式に先立ち,ALTのRYAN先生の離任式が行われた。
 彼は本校で3年間英語の指導をした。気さくな性格であらゆる場所で生徒達が声をかけ,また彼からも気軽に声を
かけ,生徒達は教室以外でも真の英語を学ぶことが出来た。私(武田)も彼から多くのことを学ぶことが出来た。
英語はもちろん歴史,地理,コンピュータまで。また体育の授業ではアルティメットの指導もしてもらった。もちろん英
語で・・・。中学,高校時代は水泳部に所属し,授業では何度かデモンストレーションをしてもらった。残念ながら大学
時代所属していたカーリングは教えてもらうことが出来なかった。カナダに帰ったら,大学で教員の免許取得をめざし
頑張るそうです。その指導ぶりを是非いつか拝見したいと思います。


以下彼のスピーチです。訳してみてください。

Good morning everyone!
“Parting is such sweet sorrow.” This line comes from one of William Shakespeare’s most famous plays: Romeo & Juliet. There is a lot to learn from this one line. The famous two lovers are sad to be leaving each other, but they are also thinking about the future and the next time they see each other, so their parting is actually sweet. That’s what I want you all to be thinking right now.

I’m very sad to be leaving all of you. I’m very sad that today is the last time I can give you all a speech at Toyooka High School. I’m very sad that my 3 years here in Japan has already disappeared. But, at the same time, everyone needs to look to the future, not to the past. I hope with all my heart to meet you all again sometime in the future.

You know, coming to Japan was easily the best decision I’ve made in my life so far. I’ve had the opportunity to try so many different activities, visit so many exciting places, and most importantly meet so many interesting people like all of you. While I hope you’ve learnt a lot from me, you should know that I have learnt a lot from you too. Your commitment to your clubs and education has been a great inspiration to me.

Please keep trying hard in studying English. Having any foreign language ability can open so many doors to you that you don’t even realize. I know great English ability is within the reach of all of you. It’s not an impossible dream. I’ve seen all of you drastically improve your English in the time you’ve been here at Toyooka High School. You can do it!

Anyway, with all that said, I want to say thank you. Thank you for making me part of your community. Thank you for always making me smile. And most importantly, thank you for being the special people you are. I will never forget any one of you.

Good luck in the future!!! Thank you.

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