ノーベル賞受賞者 白川 英樹氏 講演会
                                                             9月17日(水)


ノーベル賞受賞の感想を聞かれて「うれしくもあり,迷惑でも
あり・・・」ちょうど退官の年だったので化学者として追求する
基盤も無くなるので気楽にできる予定だった
フォーラム「学ぶということ」大阪大学名誉教授の畑田先生
も参加「πはどうして3.14なのか」ただ数字を記憶するのでは
なく・・・

講演の要旨    感想文


 豊高祭と本校SSH事業の共催で,2000年のノーベル化学賞受賞者である筑波大学名誉教授の白川英樹博士を招き
「セレンディピティを知っていますか」〜導電性高分子を発見するまで〜 というテーマの講演を聴いた。
講演
  まずセレンディピティとは「何かを探しているときに,偶然や賢明さで他の役立つものを発見すること」ということで,偉大な発見の種は私たちの身の回りにある。予想外の結果を「誤り」や「失敗」として捨ててはならない。旺盛な観察力や好奇心や認知力を持つことにより新たな発見も可能になる。それを「待ちかまえた知性の持ち主だけに好意を表す」と表現されました。
  携帯電話の中に使われている小さな電池やコンデンサー、タッチパネルのような感圧スイッチなど、電気が通るプラスチックは、現在ではさまざまな場所で使われています。白川教授はこの電気を通すプラスチックの発明でノーベル化学賞を受賞されたわけですが,ドーピング(薬品を加えることにより,金属やプラスチックの性質を変える)をプラスチックに与えることにより人工筋肉とか柔らかいロボットを作ることも可能になった。氏は中学校の卒業文集ですでに「プラスチックの研究をしたい」と書いておられる。「母がビニールで温かい弁当を包むとそのビニールは延びて元に戻らない。そうならないビニールの風呂敷を作れたら人々の役に立つと思う」と考えられ,その道に進まれたらしい。同じように2001年にノーベル化学賞を受賞された野依良治教授も「ナイロンは水と空気と石炭から出来ている」と聞かされて化学の道を志したケースと似ている。


ここでセレンディピティについて学習しましょう。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)

 「serendipity」という言葉はホレス・ウォルポールゴシック小説の「オトラント城奇譚」の作者として知られる人物)が1754年に造語したものであり、彼が子供のときに読んだ『セレンディップの三人の王子』という童話に因んだ造語である(セレンディップは現在のスリランカなので「スリランカの3人の王子」という意味の題名である)。ウォルポールがこの言葉を初めて用いたのは、友人に宛てた書簡において、自分がしたちょっとした発見について説明しているくだりにおいてであり、その書簡の原文も知られている。

セレンディピティの代表例
  アレクサンダー・フレミングによるリゾチームおよびペニシリンの発見 
   
フレミングが培養実験のときに誤って、雑菌であるアオカビを混入させたことが、後に世界中の人々を感染症から救うこ   とになる抗生物発見のきっかけになった。   




 「セレンディピティを養う」ためには 常識や偶然を改めて疑ってみる,何事にも積極的な活動,多くの情報に接するよう努力することが大切

  化学者であっても社会に生かすためには文系も学ばなければならない。文系であっても最低限の科学的知識を身につけなければならない。すなわち
    ○学んで役に立たない教科はない
    ○理系・文系の区別なく(差別なく)学ぶ
    ○自ら学ぶ姿勢が最も大切
    ○学ぶべき動機を積極的に探そう

                            このことが大切である

  「本物を見る」
白川教授が子供の頃,食虫植物であるモウセンゴケに興味を持ち,図鑑で調べて野山を歩いた。しかし図鑑にあるようなモウセンゴケを見つけることができなかった。しかしあるとき偶然に見つけることができた。そうすると以後は(土地の形状や周りの植物の生育状態などから)簡単に見つけることができた。図鑑ではなく,本物を見ることが大切であることを知った。これは芸術作品でも同じことだと思います。
   

生徒の感想より(3年生)
 「好きなことを極める=生きがい」あたりまえのことかもしれないが,今目前の受験を控えてこのことをすっかり忘れていた。講演の内容は難しかったが,白川先生,畑田先生の内側から出てくる情熱を大いに感じ取ることができた。生き生きとした姿をうらやましく思った。好きなことを貪欲に追求していくうちにいろいろな分野の学問がリンクして,それが結果的に「学ぶ喜び」になるのだろうと思った。私の好きなこと・・・・音楽・哲学・犯罪学そして文章を書くこと。これらを追い求めているうちに今まで嫌いだったことが好きになれたら最高だ。
 私は常に受け身だったので「つかまえる偶然」に出会うためにも,もっと積極性を持たないといけないと講演を聴いて感じました。身の回りにたくさんある偶然を見逃さないようにどんなことにも好奇心を持って積極的に取り組もうと思いました。 

全校生からアンケートをとりました。  1.印象に残った言葉・こと  2.感想
 以下に簡単に紹介しておきます。是非他の人はどのように感じているかを知ってください。
 白川教授は「講演の最初から下を向いていた生徒がいたことが残念だ」と言っておられたそうです。
「途中からなら,私の話がまずい・・・と反省するのですが・・・」最前列にいた3年生は大いに反省

   
1 印象に残った言葉・こと


一番心に残っているのが、「人生には多くの偶然が存在しているけど、それを見つけるためには、普段から周りを見ること、当たり前のことを改めて疑ってみること、いろいろなことに興味を持つことが大切である。自分に偶然を迎え入れる準備ができており、偶然を自分のものにできる力が必要」という言葉。
やってくる偶然と迎えにいく偶然があり、偶然は誰にでも舞い降りてくるものではなく、待ち構えている心や洞察力、旺盛な好奇心、教養のある人がきっかけをつかむことができる。
セレンディピティとは天賦の才能などではなくて、多方面への広い教養と好奇心と洞察力によって身につくものである。高校時代に学んでいる勉強が教養となり体験が洞察力を生むのである。
しなくてよい教科などない。理系、文系の区別なく幅広い知識を身につけることが大切であり、それが教養となって洞察力がつき、セレンディピティに繋がるセレンディピティは天賦の才能ではなく、だれにでも努力次第で身につけることができる。そのためには実験し、記録し、考察することが大切だ。
科学の発明をするのは理系の人間だが、それを実際生活に生かすのは文系の人間である。
実際に見ないと何も分からないと子どものときに気付いた。実物を見て初めてわかることもある。
失敗をただの失敗とみずに、そこにあるものに気づく力を持っている人がいる。
物事の根本的なことの勉強(木は浮くのになぜ木の粉は沈むのか
円周率を出す方法など
)は大切だ。
授業には受身ではなく自ら好奇心を持って積極的に参加すること。人から教えてもらうのではなく、自ら学ぼうとすることが大切だ。自分で問題を作り、それを自分で解いてみるのも力になる。
勉強は受験のためではなく、身近なところで不思議に思ったことを知りたいと思い、なぜそうなるのか疑問を持つことが大切である。
教えられなければ学ばなくていいのではなく、自ら進んで学ぶことが大切。学ぶ動機を積極的に探すこと。
世界平和のためにしっかり勉強してほしい。


2 感想
専門用語も多く難しかった。理解できない自分が残念でもっと勉強したいと思った。
白川氏の話はとても難しくて理解できないことがあったが、この話が理解できたらかっこいいなあと少し勉強の意欲が出た。
文系の人間には今日の話はあまり聞く機会のない話であり、今までもこれからも、自分の進路の学びでは決して知ることのできない新しい世界を教えてもらった。それがとても楽しかった。専門的な話 で理解するのに時間がかかりそうなところも多々あったが、素晴らしい機会を与えられたと思う。
自分と住む世界はほぼ同じはずなのに( 時代の違いはあるにしても)、自分には見る目がないため、自分が見ることを怠っているため、洞察力のある人が見ている世界のほんの少しですら私には見えていない。自分の見える世界をもう少し広げたいと思った。
私とお2人の先生の違いは、こだわり方だと思った。図鑑で植物を見ても探そうとは思わないのが私。そこが違うと思った。私ももっと学びたいと思う。
ただ頭の中で考えるだけにせず、実際に行動に移してみることがどれだけ大切なのか改めて感じた。白川氏のようにずっと何十年も研究し続けることは, いくら好きなことだとしても根気のいることだし、すごくかっこいいと思った。
何事も考えているだけでなく、どんどん自分で行動し、結果までたどりつくことが大切だと一番強く思った。その過程の中でもし失敗しても、そこからまた何か学べるのではないかと積極的に考えていくことによって成功への道が切り開かれるのだと感じた。
自分とは全く違った考え方に触れて、すごいなと思うことがたくさんあった。何事も受身になるのではなく自発的にやるようにしたいと思った。
また新たな人の生き方を見せてもらったと思った。自ら学ぼうという意欲を持つことで、学ぶ価値は何倍にも増える気がした。
将来成功するためには才能ではなく、努力を続けること。好きなことを見つけて追求し続けることが何より大切で、そうすることが未来の成功につながり、また思わぬものを偶然発見する能力を養うことにもなる。
難しい話で頭が完全についていかなかったが、無駄な勉強は無いという言葉だけは残っている。こんな勉強要らないのでは、とよく思っていたけど、勉強に対する見方を少し変えてみようと思った。
学ぶことの大切さはよくわかった。学校で学んでいるのはすべて大学受験のためだと思っていたが、今日の講演を聞いて、自分のために勉強するということも大切だと気づいた。
今後の自分に大変参考になる話だった。普段何気なく受けていた授業だけれど、自ら進んで積極的に学ぼうとする姿勢がどれほど大切かを学んだ。失敗を活かして成功に導いたことは素晴らしいと思う。どのような結果でもそれを活かすことの大切さを学んだ。
勉強する意味なんて考えたこともなかったし、私の学習は完全に受身だ。だから新しい考えを取り入 れることができて本当にためになった。才能より努力と聞いてとてもやる気が起きた。最後まで諦めずに自分のために、世界の平和のために頑張ります。
物事を考えるときは、一つの視点からだけでなく、いろいろな方向から見つめて考えるということは大事だと思った。物事の視点を変えることは、社会生活での人間関係であれ、数学の問題を解いているときでも必要なことだ、意識して暮らしたい。ノーベル賞を取るような人も元は私たちと同じような高校生だったわけで、取り組み方や考え方を変えれば、自分ももっと変われるのではと思った。
大学に進学するにあたり、高校時代の勉強がいかに大切かわかった。さらに大学で自発的に研究していくことが、将来の自分の成功につながる道だと知った。自分で工夫をこらして何でもやってみることが自分に欠けていることだと気づいた。
自分が普段している勉強は出された問題を解くばかりで、本質から学んでいない気がした。これからの勉強では答えを見たときもどうしてこうなるのかなど、方向を変えて考えてみたい。自分で問題を考えてそれを自分で解いたりするのも良い考えだと思った。来年受験生となる今、勉強に対しての意欲を上げてくれるような機会を設けてもらい良かった。


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