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1)進化論の出る前から私たちは、生物の類縁関係に興味があった。リンネの分類体系ができたのは18世紀初めのころのことである 2)進化論が認められるようになってからは、生物が互いにいつごろから別々の方向に進み出したのか、ということに興味がもたれるようになった 3)つまり、系統進化学の誕生である。それは二つの生物の分岐年代を問題にする 4)分岐年代は、はじめのころは化石を用いて推定されていた 5)分子進化が一定の速さで進むことが分かってからは、分子の違いから分岐年代を推定できるようになった 6)分子系統学の誕生である 2004年05月20日 17時50分42秒 |
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1)生物の進化につれて、たんぱく質が一定の速度で変化していくことが分かってきた 2)逆に言うと、現存の生物には、たんぱく質分子が変化してきたその変化の結果が遺跡として残っている、ということである 3)生物進化になぞらえて、生物の進化に伴う分子の変化を分子進化と呼ぶ 4)たんぱく質が分子進化するということは、DNAも分子進化するということである 5)現在ではたんぱく質よりDNAの分析の方が容易である 6)DNAの分子進化に関する研究が、現在はきわめて盛んである 2004年05月20日 17時31分49秒 |
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1)脊椎動物は化石が豊富に得られるので分岐年代がかなり正確に分かっている 2)一方で生化学の発展につれて、異種の生物間の同類たんぱく質のアミノ酸配列がくわしく分かってきた。たとえば、サメからヒトにいたる各種動物のヘモグロビンα鎖のアミノ酸配列が明らかになった 3)二つの動物のヘモグロビンα鎖のアミノ酸の違いの数の大きさと分岐年代とを対応させて比較したら、アミノ酸1個の違いが約7×10(6乗)年に相当した 4)ほかにも同様のたんぱく質が見つかっている 5)このことから、古い生物から新しい生物へ向かっていくときにたんぱく質も変化していく、と考えられるようになった 2004年05月20日 17時19分02秒 |
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ダーウィン以来の進化学は形態を根拠として、各生物グループ間の類縁関係を論じてきた。それでは、生物進化の証拠となった形態の特徴はどんなものであったか。 1)化石からの証拠がある。異なった地層に含まれる化石を地層の年代に沿って並べると化石のかたちが変化していることが分かる 2)生物を分類すると、グループが順次まとめられて、ある階層性をなすということがある。分類はこれまで形態で行われてきた 3)地理的分布を調べると、種が次第に環境に適応して分化していったと考えないと理解できないことが多い 4)個体発生は系統発生を繰り返す、という事実は、進化を考えると理解しやすい 2004年05月20日 16時59分04秒 |
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1)生物は一つの共通の祖先から由来し、自然淘汰(自然選択)によって進化したことを主張した 2)ダーウィンが『種の起源』を書いた時点で、すでに少なくとも20人が進化がおこることを主張していた 3)自然淘汰の原理もダーウィンだけの考えではなく、ウォーレスもまったく同じ考えに達していた[別の人の本では、ダーウィンの方が20年も前にこの考えを思いついていたという] 4)ダーウィンが近代進化学の祖と言われるのは、進化の証拠を集め、それらを自然淘汰によって合理的に、かつ説得力のある形で説明できたからである 2004年05月20日 16時29分49秒 |
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生物が進化すると最初に言ったのはラマルクではない |
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1)ラマルクは生物進化の理論らしい理論を打ち立てたおそらく最初の人である 2)しかし、生物が進化すると最初に言ったのはラマルクではない 3)フランスのビュッフォンは18世紀のなかごろにそのことをはっきりと述べている 4)ラマルクの偉大なところは、生物が進化する仕組みを述べたことである 5)彼の説が当時の学会に受け入れられなかった大きな理由は、進化の証拠がまだ希薄だったことである。世に出るのが早すぎた天才だった 6)ただし「用不用説」はずっとあとになってワイスマンによって完全に否定された。かくして、用不用説は、間違いだったかも知れないが、生物進化に理論らしい理論を打ち出したのは、きわめて優れた業績だった 2004年05月20日 16時01分44秒 |