日記帳16 人類の歴史

(H16年8月17日) ヒトとチンパンジーの分岐年代は220〜340万年前

  1)霊長目と偶蹄目の分岐は6500万年前である
  2)恐竜の絶滅がこのころであった[『ヒトと自然』8ページ図I-7に見られる]ことは、最近(1984年ごろ)の精密な年代測定の結果ほぼ確定されている
  3)有胎盤哺乳類の適応放散がこのころ(6500万年前ごろ)に起こったと考えられる
  4)ミカエル・ノバセリ博士は、霊長目と偶蹄目の分岐は6500万年〜7500万年前と述べた
  5)外群に偶蹄目を持ってきて、7500万年前という数値をヒトと偶蹄目の分岐年代として、類人猿とヒトが分岐した年代を、ミトコンドリアDNAの分子時計を使って計算すると次のようになる(68%信頼限界)
  6)ヒト:テナガザル    1290〜1890万年前
   ヒト:オランウータン  1090〜1570万年前
   ヒト:ゴリラ        330〜490万年前
   ヒト:チンパンジー   220〜340万年前
  7)6500万年前の数値を使えば、上記の値はさらに現在に近づいた値となる
  8)ヒトとチンパンジーの分岐年代は、これまで考えられてきたのよりずっと小さい値である可能性が高いことが分かろう
2004年08月17日 14時35分34秒

(H16年8月16日) ルーシーはヒトの直接の祖先だろうか

  1)ここでは、ゴリラ、チンパンジー、ヒトの関係を考察する
  2)人類進化の初期に直立姿勢がとられ、手が歩行の用から自由になって、ものを運んだり道具を作ったり使ったりするようになり、それらのことが脳が進化するためのきっかけになった、というのが普通の考え方である
  3)アウストラロピテクス・アファレンシスがヒトとチンパンジーが分かれた後のヒトの祖先であり、アフリカヌスを経てホモ・サピエンスに進化したと考えられている
  4)アウストラロピテクス・アファレンシスは375万年前から280万年前まで生存していたらしい。アウストラロピテクス・アフリカヌスは280万年前からホモ・ハビリスが出現した190万年前まで生存したようだ。アファレンシス、アフリカヌスのあいだでは、脳の目だった増大はない
  5)190万年前のホモ・ハビリスになって脳の容積は750立方センチになった。これはアフリカヌスのおよそ2倍である。375万年前から190万年前まで脳容積の増大は認められないのである。直立二足歩行は、すぐには脳容積の増大をもたらさなかったのである
  6)ヒトとチンパンジーの分岐は大雑把に400万年前である
  7)アウストラロピテクス・アファレンシス(ルーシー)が、ヒトの祖先だとすると、それはチンパンジーが分かれてすぐのものだということになる
  8)アファレンシスがヒトの祖先とすると、そのアファレンシスまでヒトの祖先とみなせる化石でたどることができる。しかし、チンパンジーにつながる化石が見つかってない
  9)チンパンジーは直立二足歩行していて、その後に二足歩行を捨てて森林に戻っていったのではないか。ゴリラも同様の経緯をとったと考えられないか
2004年08月16日 17時50分04秒

(H16年8月16日) ホモ・エレクトス

  1)1891年に、ジャワでピテカントロプス・エレクトスが発見され、1920年代にはいって、北京原人の化石が発見された。両者は今では、ホモ・エレクトスと呼ばれている。1907年に発見されたハイデルベルグ人もホモ・エレクトス(直立原人)とされている
  2)1924年、南アフリカのヨハネスブルグから200キロメートルほど離れたタウングにおいて、アウストラロピテクス・アフリカヌスの子供の化石が見つかった。「タウングの子供」と呼ばれている。直立二足歩行していた
  3)アウストラロピテクス・アフリカヌスについては、その後、脊椎、骨盤、大腿骨などの化石も発見され、直立二足歩行していたことが確立された
  4)1932年、インドのシロリク高地でラマピテクス・ブレビロストリスと呼ばれる類人猿の化石が見つかった
  5)当時、アウストラロピテクスもラマピテクスもヒトの祖先とは認めてもらえなかった
  6)1950年代になって、アウストラロピテクス・アフリカヌスがヒトの祖先と考えられるようになり、ラマピテクスもヒトの祖先と考えられるようになった。つまりラマピテクスは一度はヒトの祖先と考えられた時代があったことになる
  7)ラマピテクス、アウストラロピテクスの臼歯のエナメル質が厚く、チンパンジー、ゴリラのエナメル質が薄いことが注目された結果である。オランウータンの臼歯のエナメル質が厚いことは注意を引かなかったのである
2004年08月16日 16時54分33秒

(H16年8月16日) ルーシーはヒトの直接の祖先

  1)ヒト上科とは、現生のものとしては、テナガザル、フクロテナガザル、オランウータン、ゴリラ、チンパンジーなどの類人猿とヒトを含む分類群である
  2)1974年11月30日、アメリカクリーブランド自然博物館の人類学者ドナルド・ジョハンソンらは、エチオピアのハダールでおよそ300万年前の霊長類化石を見つけた
  3)全身骨格の40%が回収された。直立歩行していたことは明らかだった。この化石には[ちょっとした訳があって]「ルーシー」という名前がつけられた
  4)1978年には、タンザニアのラエトリで、およそ375万年前と推定される猿人の足跡の化石が見つかった。直立歩行していたことは明らかだった
  5)これらの直立二足歩行していた猿人はアウストラロピテクス・アファレンシス、つまりアファール猿人と呼ばれる
  6)ゴリラのような容貌をしたルーシーは、直立二足歩行していたことから、ヒトの祖先ということになった
  7)これが、タウングの子供で代表されるアウストラロピテクス・アフリカヌスを経てホモ・サピエンスに進化したと考えられている
2004年08月16日 15時27分29秒

(H16年8月15日) プロプリオピテクスの時代」

  1)プロプリオピテクスは、漸新世の生物である。漸新世は、3700万年前から2400万年前までをいう。そしてヒト上科の進化の出発点は、1600万年前に起こった
  2)類人猿の出発点はプロプリオピテクスである
  3)これは漸新世の初期の3500万年前のころのことである。エジプトのファイユーム層から出土している
  4)1700万年前の地層から[プロプリオピテクスの後継のような]現生の類人猿の共通の祖先とみなせる化石が見つかっている。名前はついてないようだ
  5)このあと、一方は小型化してプリオピテクスを経てテナガザルへ、もう一方は大型化してラマピテクス(シバピテクス)が1300万年前に生まれた
  6)ラマピテクスは森林を伝ってアジアへわたり、その後の寒冷化でアジアに取り残されオランウータンになった
  7)ドリオピテクス[これは逆に、草原型のまま残されたラマピテクスである]は、ヒト、ゴリラ、チンパンジーへと進化していくことになる
2004年08月15日 12時05分02秒


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