TOP10 HITS OF LAST CENTURY
Presented by meantime

■ 洋楽ラジオ・チャート1980年間(その2)

11.エモーショナル・レスキュー/ローリング・ストーンズ
12.アップサイド・ダウン/ダイアナ・ロス
13.マジック/オリビア・ニュートン・ジョン
14.地獄へ道づれ/クイーン
15.ダンシング・シスター/ノーランズ
16.ヒム/ルパート・ホルムズ
17.涙に染めて/カーラ・ボノフ
18.ロスト・イン・ラヴ/エア・サプライ
19.カム・バック/J.ガイルズ・バンド
20.言いだせなくて/イーグルス

11位 Emotional Rescue - The Rolling Stones('80米3位/英9位)
 時代の趨勢に合わせ、ある意味“節操なく”次々と流行りのサウンドを取り入れていった70年代以降のローリング・ストーンズが、この年発表した「エモーショナル・レスキュー」で挑戦したのはマーヴィン・ゲイの「Got To Give It Up(『黒い夜』'77米1位/英7位)」を彷佛させる(ミック・ジャガーが大半を裏声で歌う!)R&Bサウンド。メンバーたちによるグルーヴ感の欠如した演奏(失礼?)が、元ネタの「完コピ」にとどまらないストーンズならではのオリジナリティを発揮する結果を招いているのだが、一説によるとこれはジョルジオ・モロダーなどが作るユーロ・ディスコ的な無機質感を出すため敢えてそうしているのではないか?との話も。いかにも当時の音っぽいサックスだけは今となっては余計に感じられる。
12位 Upside Down - Diana Ross('80米1位/英2位)
 70年代末に斬新なディスコ・サウンドで一世を風靡したシックのバーナード・エドワーズとナイル・ロジャースの2人をプロデューサーに迎え、ダイアナ・ロスが制作したのが1980年の「Diana」。しかし仕上がった音源はあまりにもシック色が強過ぎ、主役のダイアナが霞んで見えるということでモータウン内で急遽ミックスがし直され(オリジナルはボブ・クリアマウンテン)若干“水増し”後リリースされたのが完成バージョンだった。とはいえサウンドの斬新さは損なわれておらずファーストシングルの「アップサイド・ダウン」は見事全米ナンバー1を獲得。2003年になってようやくオリジナル・ミックスがCD化されたが、今聴くと余計な装飾も多く、当時のモータウンの判断はあながち間違いではなかった、との印象を受けた。
13位 Magic - Olivia Newton-John('80米1位/英32位)
 1978年の映画「グリース」の大ヒットで女優としてのキャリアにも箔がついたオリビアが、続いて出演したのがミュージカル・ファンタジー「ザナドゥ」。音楽の女神役で登場する彼女がミュージカル映画の伝説的存在であるジーン・ヶリー(この映画は最後の本格的な出演作となった)とダンスするシーンが設けられるなど話題性には事欠かなかったが、肝心の映画の出来が芳しくなく商業的に失敗に終わった。しかし人気絶頂期にあった彼女が歌うサントラ曲はことごとく大ヒット、おまけに振付師として参加していた11歳年下のマット・ラッタンジィと出逢ったのもこの映画で、1985年に2人は結婚(その10年後に離婚)。勢いづいていた彼女は、駄作映画への出演でさえキャリアの肥やしにしてしまったのだった。
14位 Another One Bites the Dust - Queen('80米1位/英7位)
 クイーンのアルバム「The Game」から2曲目の全米ナンバー1ヒット。この曲を作ったのはバンド“第4の男”ジョン・ディーコンで、アルバムを聴いてこの曲を気に入り、バンドにシングルカットを勧めたのはマイケル・ジャクソンだったという。「地獄へ道づれ」のサウンドはジャクソンばかりでなくR&Bファンをも魅了し、R&Bチャートでも最高2位を記録する大ヒット(他に彼らがR&Bチャートに送り込んだのは「Body Language('82米POP11位/R&B30位)」のみ)となったが、これはシックの「Good Times('79米1位/英5位)」に曲調が極似していたことが最大の理由。当時シックの面々と友人関係にあったディーコンが、彼らとつるんでいるうち“不可抗力で”思いついたフレーズが、これなのだという・・。
15位 I'm In The Mood For Dancing - The Nolans('79英3位)
 ディスコ全盛期には世界各地から“白人版スリー・ディグリーズ”的な女性グループが登場し、ドイツのアラベスク、イギリスのドゥーリーズなど数々のグループが我が国でも人気を呼んだが、後に「キャンディ・ポップ」と称されジャンルとして認識されるようになるこの流れを象徴する存在となったグループがノーランズ。アイルランド出身の6人姉妹(この曲がヒットした時は5人組)は当初イージー・リスニング系のファミリー・グループとして英米をツアーして回っていたが、70年代末に英エピックと契約した際にポップにイメージチェンジ。イギリスにおけるブレイク作でもあった「ダンシング・シスター」は往年のマイケル・ジャクソンを彷佛させるバーナデットの“少年声”が眩しいバブルガム・ソウルである。
16位 Him - Rupert Holmes('80米6位/英31位)
 イギリス生まれ、ニューヨーク育ちのルパート・ホルムズが初めて全米ヒットを放ったのは1978年の「Let's Get Crazy Tonight(米72位)」だが、その名がチャートに登場するのは意外に古く70年のストリート・ピープル「Jennifer Tomkins(米36位)」や71年のボーイズ「Timothy(米17位)」などのクレジットにもその名前が確認できるベテラン。バーブラ・ストライサンドのソングライターとしても注目された彼がアーティストとしてブレイクしたのは前年の「Escape (The Pina Colada Song)(米1位/英23位)」で、都会の男女の「ちょっといい話」的内容のこの曲に続いてヒットした「ヒム」は爽やかなAORサウンド。詞の内容はともかく耳障りのよさがこの時期の“クリスタルな”雰囲気にマッチした結果の大ヒットであろう。
17位 Trouble Again - Karla Bonoff
 1952年ロサンゼルス生まれのカーラ・ボノフは70年代のウェスト・コースト・ロックを裏方から支えた有能なシンガーソングライターの一人。リンダ・ロンシュタットに数多くの作品を提供したことで注目された彼女は1977年にソロデビュー。セカンド・アルバム「Restless Nights(ささやく夜)」に収録されていた「涙に染めて」は“ロンシュタット・タイプ”のAORナンバー(リンダも89年のアルバム「Cry Like a Rainstorm - Howl ! Like the Wind」でこの曲をカバーしている)で、日本のみで好評を博した。彼女がようやく全米TOP40にランクインを果たすのはこの2年後に発表したジャッキー・ムーアのR&Bカバー「Personally('82米19位)」なので、これはかなりの「先物買いヒット」ということになる。
18位 Lost In Love - Air Supply('80米3位)
 1980年代前半は数多くのオーストラリア出身アーティストが全米チャートに進出し、さながら“オージー・インヴェイジョン”の様相があったが、その中で先陣をきって大成功を収めたのがエア・サプライ。ラッセル・ヒッチコックとグラハム・ラッセルの2人が生み出すロマンチックで美しいハーモニーは一世を風靡し、80〜82年にかけて連続7曲を全米チャートのTOP5に送り込む大活躍をみせた。アメリカにおけるファースト・ヒットでもある「ロスト・イン・ラヴ」はアコースティックなサウンドが印象的なナンバーで、70年代のブレッドやファイアーフォールなどの流れを汲む“ソフト・ロック”。AORブームに沸く我が国でも好意的に受け入れられ、彼らはこの曲を皮切りに幾つもの印象的なヒットを残している。
19位 Come Back - J. Geils Band('80米32位)
 ボストン出身のJ.ガイルズ・バンドはギタリストのジェローム・ガイルズがリーダーを務めるロックバンドで、ボーカルのピーター・ウルフやハーモニカのマジック・ディックら強烈なキャラクターたちのライブ・パフォーマンスは70年代初頭より高い評価を得ていた。アルバム・セールスは好調ながらも大ヒットに恵まれず“カルト・バンド”的地位に甘んじていた彼らは70年代末にレーベルを移籍、メジャー化を図った第2作目がこの年発表された「Love Stinks」だった。「カム・バック」はこのアルバムを代表するナンバーではないが、エレクトリック・ファンク調のサウンドが新しい層のファンを生んだのかミドル・ヒットを記録。彼らのメジャー路線はこの翌年発表の「Freeze-Frame」で大輪の華を咲かせることとなる。
20位 I Can't Tell You Why - Eagles('80米8位)
 “第一期”イーグルスの終焉を飾る大ヒット。グレン・フライとドン・ヘンリーに新メンバー(「ホテル・カリフォルニア」ツアーより参加)のティモシー・B・シュミットが加わって作られたこの曲は、シュミットのハイトーン・ボイスが印象的なバラード。何度も別れようと思い、何度も辛い時期を過ごしながら、でも別れられない・・という男女の関係が歌われたこの曲に、バンドの人間関係を連想した音楽ファンも当時多かったのではないだろうか。70年代を通してイーグルスのライバル的存在(成功の規模は比べものにならなかったが)だったバンド、ポコの主要メンバーとして活躍したシュミットは80年代以降、業界で最も多忙なゲスト・ボーカリストとして現在まで数えきれないほどの作品にその特徴的な声を貸している。


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