ウユニ塩湖 旅行記

ウユニ塩湖

ウユニの町

ボリビアの首都ラパスを昨夜に出発した長距離バスは、ひどい悪路を走り続け、10時間後のウユニに到着した。ボリビア南西部、ラパスから550km離れた標高3,660mにあるウユニは、塩の生産とウユニ塩湖観光を主要産業とした人口1万人の小さな町。

バスを降りるとウユニ塩湖ツアーを催行するBrisa Toursのスタッフが客引きをしていたのでオフィスに着いて行き、このあとからの一泊二日のウユニ塩湖ツアー(45USドル)に申し込んだ。このツアーは、ラパスのバスターミナルで出会ったIさんのほか、卒業旅行で南米を旅する三人の女子大生と、NY在住で南米旅行中の日本人男性も一緒だった。

ウユニ塩湖 列車の墓場 ウユニ塩湖 列車の墓場

僕ら七人を乗せたランクルは、11時にウユニを出発。列車の墓場と呼ばれる場所へ向かった。ここにはかつてこの地で使われていた蒸気機関車が放置され、朽ちるに任されている。アンデスの大地に横たわる錆びれた廃列車は遺跡のようだった。列車の墓場を後にしてしばらく走ると、真っ白な景色が広がり始めた。

アンデスのビクーニャ

ウユニ塩湖の畔でビクーニャの群れが塩の大地に生えた草を食む。

ウユニ塩湖 お土産屋

ウユニ塩湖へ入る前に立ち寄った土産物屋の前でビクーニャの子供がうろついていた。野生種のビクーニャを家畜化したものがアルパカで、そのアルパカよりもスマートな印象。土産物屋では、塩や塩の結晶を加工したものが売られていた。

ウユニ塩湖の採掘所

ウユニ塩湖の塩の採掘所で車を降りた。ウユニ塩湖の塩の採掘は、地面をシャベルで掘って高さ1mほどの山にして、数日間日干しにしたものをトラックで町へ運ぶそうだ。塩の大地はアスファルトのように固く、舐めてみるとやはりしょっぱい。

ウユニ塩湖

塩の採掘所の周辺は、少し水が溜まっていて、その水に空が滲んでいた。ウユニ塩湖のあるボリビアのアンデスは、11月~3月が雨季、4月~10月が乾季になる。今はちょうど雨季が終わって乾期が始まる頃なので、塩湖(Salt Lake)が塩原(Salt Flat)へと変わる時期。雨季に天気が良いとウユニ塩湖に張った水が空を映し出し、俗に言うアンデスの鏡の状態になる。その時は空の中に立っているような体験することができるそうだ。

水の張ったウユニ塩湖 ウユニ塩湖に浸かる

裸足になって塩湖に入ってみる。塩で凝固点が下がっているからか氷水のように冷たい。塩の大地はガチガチに固まっていて、砂利道を裸足で歩いているように足の裏が痛かった。

ウユニ塩湖 ランクル

永遠に続くかのような真っ白な世界をひた走り、ウユニ塩湖の上に建つ塩のホテルへ向かった。白い大地と青い空だけに挟まれるのは不思議な感覚で、どこか別の惑星にいるような感じだ。

塩のホテル Playa Blanca

塩の上に刻まれたタイヤ跡の上を時速100キロを超えるスピードで進み、ウユニの町を出てから2時間半、今夜宿泊する塩のホテルHotel Playa Blancaに到着した。塩の大地に孤立したこのホテルは、壁やベッド、テーブルや椅子まで全て塩の大地を切り出したブロックで出来ている。さすがに壁やベッドを舐めて確認はしなかったが、この旅で泊まってきたホテルのなかで究極に変り種のホテルだ。

塩のホテル Playa Blanca

塩のホテルについた僕らは、明日の昼にツアーの迎えが来るまでの24時間ここで自由時間となった。塩のホテルからは、地平線にうっすらとアンデスの影が見えるだけだった。

ウユニ塩湖 ランクル

アルティプラーノと呼ばれるアンデスの高原地帯の標高3,700mにあるウユニ塩湖は、南北約100km、東西約250km、面積約12,000k㎡の塩の大地。東京、神奈川、埼玉、千葉を合わせた広さが塩だけなのだから凄いとしか言いようがない。そしてウユニ塩湖は、地球上で最も平らな場所なのだそう。

ウユニ塩湖

アンデス山脈は、1億年前に太平洋プレート、ナスカプレート、南米大陸プレートがぶつかり隆起して形成したが、その際に大量の海水も持ち上げられそのまま山の上に残された。ウユニ塩湖のあるアルティプラーノは外に流れる川が形成されなかったことから、隆起した際に残った海水は気の遠くなるような歳月をかけて干上がり、塩だけが残ったそうだ。

塩の結晶採取

ウユニ塩湖に残された僕らが始めたのは、塩の結晶採取。ウユニ塩湖にはところどころ小さな穴が開いていて、穴の下には冷たい水が溜まっている。

ウユニの塩の結晶

その穴に手を突っ込むと、結晶化した塩の塊をとることが出来る。塩水の穴に腕を突っ込んで結晶を掴んで引き剥がすと、ナタデココのような塩の結晶がガバッと採れた。このとき貝の化石も出てきたが、これはいつの時代の貝だろう。皆でワイワイと結晶採取をしていたら、あっという間に夕暮れの時間がやってきた。

ウユニ塩湖 夕焼け ウユニ塩湖の日没 ウユニ塩湖に浮かぶ月

頃、ウユニ塩湖のかなたに沈む夕陽を塩のホテルから眺めた。ついさっきまで真っ白に輝いていた大地に長い影が落ちる。静かになるとここが全く音のない世界だということに気付く。月の浮かぶ日没の空に徐々に星が現れる。美しい時間の流れだった。

ウユニ塩湖 星空

塩のホテルの夕食は、温かいスープやパスタ、コカ茶などで十分満足できるもの。ビールを飲みながら楽しい夕食だった。ほろ酔いで外に出たら月明かりがウユニ塩湖を照らしていた。満天の星空は地平線近くまで星が瞬いている。アンデスに来てからずっと雨期だったので星空を眺めるのは久しぶりだ。みなで首が痛くなるまで星空を見上げた。ロウソクの灯りで夜を過ごし、ウユニ塩湖の夜は更けていった。

ウユニ塩湖

ウユニ塩湖の朝

目覚ましの音でに目覚める。ウユニ塩湖の夜は寒いと聞いていたが、塩のベッドにはリャマの毛布が敷いてあったので、ぐっすりと眠ることができた。ホテルには水道がないのでペットボトルの水で顔を洗い、ペンライトの明かりでコンタクトレンズを入れる。外に出ると空が淡いパステルカラーに染まっていた。凍えるほど寒かったがしばらく日の出を待った。

ウユニ塩湖 日の出

過ぎ、遠くに見えるアンデスの向こうから太陽が昇り始めた。朝日に照らされたウユニ塩湖がキラキラ輝く。頬に太陽の光が当たり寒さが和らいでくる。昨日の夕暮れに続きなんて贅沢な時間だろう。空の色の変化が美しかった。

塩のホテル Playa Blanca

パンとコーヒーの朝食を終えてから、昼まで塩の上で過ごした。標高が高いうえに照り返しが強いため、昨日だけであっと言う間に日焼けしてしまった。ウユニ塩湖は乾燥しているので唇もカサカサだった。

魚の島 Isla de Pesca

昼過ぎに迎えに来たツアーのランクルに乗り込み、魚の島(Isla de Pesca)へ向かった。ウユニ塩湖の中心にある魚の島は、高さ40mの島の形が遠くから見たときに魚のように見えることから呼ばれている。インカの人々は、ウユニ塩湖を横断する際にこの島を中継地点として利用していたそうだ。島にはインカの人々が植えた無数のサボテンが生えていた。

ウユニ塩湖のサボテン ウユニ塩湖のサボテン

真っ白な世界にサボテンだらけの不思議な光景だ。サボテンも見たことがないほどの高さまで成長していて、巨大なサボテンがニョキニョキ生えている。看板の付いたこの島で一番高いサボテンは12.03mだった。約1時間ほどサボテンの間を歩き、その後に昼食をとった。

ウユニ塩湖 幾何学模様

魚の島周辺は、遠くまで幾何学模様の突起が表れていた。ウユニ塩湖では対象物がないので遠近感がなくなるが、このあたりは突起のおかげでなんとなく距離が掴める。

ウユニ塩湖のガス

ツアーの最後は、塩湖の底からガスが発生している場所に立ち寄った。火山性のガスなのだろうか。硫黄の匂いはなく、熱くもなかった。ウユニ塩湖には何百万トンというリチウムが埋蔵されているらしく、最近は景観以外でも注目を集めているとか。

ウユニ塩湖 ウユニ塩湖とアルパカ

ウユニの町への帰る途中、少し水が張っている場所があり、湖面に空が映っていた。

ウユニ塩湖ツアーを終えて町に戻ったのは。僕らはウユニ塩湖の存在を知らなかったが、旅の途中でボリビアまで行くなら絶対ウユニ塩湖に行った方がいいと薦められ、ペルーのクスコから1,000km以上をバスに乗ってはるばるやってきたわけだが、ここには本当に来て良かった。20時発のバスでラパスへ向かった。

ウユニ塩湖からラパスへ

ラパス Sherpa Designs

ウユニを出発したバスは、約10時間後のにラパスに到着。バスターミナルで明日のクスコ行きバスのチケットを購入し、先日泊まったオスタルAustriaに再びチェックイン。午後からお土産を探しに町を歩いた。

アンデスの土産物屋では、アルパカ100%ではないのにアルパカ100%と偽ってセーターなどが売られている、せっかくボリビアまで来たのだから、父親のために本物のアルパカを土産に買おうと思い、ラパスで日本人が経営するSherpa Designsでスーツの下に着られるようなベストを探した。悩んだ末、ただのアルパカではなく、さらに質の良いベビーアルパカのベストを買った。確かに触ってみるとベビーアルパカの毛は、しっとりしていて滑らかで肌触りが良い。アルパカの子供は、毛を刈りすぎてしまうと死んでしまうため、少量ずつしか刈ることが出来ないので貴重なのだそう。

ラパスからクスコへ

ラパス

クスコ行きのバスはラパスのバスターミナルをに出発した。天気が良かったので、バスの窓からはコルディエラオリエンタル山脈をバックにしたラパスの街並みが見渡せた。

ボリビアは1週間の滞在だったが、ラパスは、民族衣装を着たアイマラ族と欧米化した混血の若者、民族の伝統と近代化がごちゃ混ぜの印象だった。酸素が薄い上に自動車の排気ガスで空気が悪く歩くのが酷だった。ボリビアにはアマゾンもあるので、機会があればジャングルへ入っていくのも楽しそうだ。

デサグアデーロ

バスはに国境デサグアデーロに到着。先日ここでペルーの国境警察にお金を盗まれたことを思い出す。ボリビアのイミグレで出国スタンプを押してもらい、歩いてペルー側へ…。事前に泥棒と言うスペイン語を覚えておいたので、あの緑色の建物の前でラドロン!と叫んでやりたかったが、そんな勇気はなく、写真を撮影するだけに留めた。オフィスの前に座ってカモになりそうな旅行者を探している国境警察は盗みのプロだ。

ペルーからチリへ

クスコ空港

クスコに戻ってから1ヶ月以上過ごしたアンデスを離れて飛行機でリマへ飛び、その翌日にリマから次の目的地チリのサンティアゴへ飛んだ。続きを読む