白砂漠 黒砂漠 旅行記
カイロからバハレイヤ・オアシスへ
カイロのトルゴマーン・バスターミナルをに出発したアッパーエジプト社のバスは、夜の砂漠を西へと進み、にバハレイヤ・オアシスの中心バウィーティーという砂漠の町に到着した。バスを降りると、Desert Safari Homeというホテルのオーナーが客引きに来ていた。トゥクトゥクに乗ってホテルまで連れて行ってもらうと、深夜だというのにシャイとデーツ(ナツメヤシ)でもてなしてくれた。砂漠の夜空には、美しい満月が浮かんでいた。
白砂漠 黒砂漠 ツアー
エジプトの国土の90%は砂漠だ。サハラ砂漠の一部であるリビア砂漠は、世界で最も乾燥した地域とされ、場所によっては20年以上全く雨が降らないらしい。西方砂漠とも呼ばれるリビア砂漠には、海抜0m以下まで窪んだ土地があって、地下水が沸きオアシス都市が形成されている。大きなオアシスは、西方砂漠に4箇所あり、僕らが訪れたバハレイヤ・オアシス (Bahariyya Oasis)もそのひとつだ。
カイロから西へ350km離れたバハレイヤまで来たのは、白砂漠 黒砂漠と呼ばれる砂漠へ行ってみたかったからだ。ホテルで一泊二日の砂漠ツアーに申し込み、午後から出発することになった。
ホテルが催行する一泊二日の白砂漠・黒砂漠ツアーの料金は、ランクル1台につき750エジプトポンド(15,000円)。僕らと一緒にホテルに到着したフランス人男性とアメリカ人女性のカップルも一緒なので、ツアー料金は、一人187エジプトポンド(3,750円)だった。料金には、食事や白砂漠でのキャンプ費用が含まれている。
べドウィン族のドライバー、マハルが運転するランクルに乗って1時間走ると黒砂漠と呼ばれる甘食パンのような形の山がボコボコと点在している場所に着いた。ランクルを降りて山の頂上まで登る。足元には玄武岩の黒い欠片が散らばっていて、歩くとジャリジャリ音を立てた。
強い風が吹く頂上からは、どこか他の星のような黒砂漠が地平線まで広がっていた。この黒砂漠でNASAが月面着陸の模擬練習をしたそうだがそれも納得できる。古代の地球の海底火山の隆起跡だろうか。ダイナミックで途方もない眺めだった。
黒砂漠から移動すること1時間、温泉が湧くオアシスに到着。井戸から勢いよく溢れ出る水に手を触れると温かい。周辺には畑があり農作物が育てられている。砂漠の中でもイスラムの午後の礼拝は、メッカを向いて祈りを捧げていた。
ベドウィン族の食堂で昼食をとった。店の小さな男の子がジャンベを見事に叩くので感心していたら、その姉と思われる女の子がさらに上手に叩くので驚いた。そのリズムに合わせて陽気なベドウィンの母親がダンス!ダンス!と喉を鳴らしながら僕らを踊らせようとする。一緒に居たアメリカ人のジェーンは思いっきり踊っていた。
砂漠のランチは、タヒーナというヨーグルトベースの酸味のある2種類のスープにアエーシを付けて食べるものでおいしかった。ジャンベとベドウィンの踊りを見ながら楽しいランチだった。
次に向かったのはクリスタル・マウンテン。このあたりの岩は結晶で出来ていて、大小様々なクリスタルが散らばっていた。赤茶の透明色をしたクリスタルが多く、それに日光が反射してキラキラ輝いている。いくつかきれいなクリスタルを拾い集めた。
地平線に太陽が沈む頃、今夜キャンプをする白砂漠に到着した。白砂漠には、石灰岩の巨石が点在していて、なかにはマッシュルームのような形をしたものもある。白砂漠の夕焼けを眺めたあと、暗くなる前にキャンプを張る場所を探しながらランクルで移動した。
僕ら五人は、白砂漠の巨大な岩の横でキャンプすることになった。ドライバーのマハルは、手際よくランクルの横に風除けの幕を張り、地面に絨毯を敷いて今夜の寝床を作る。テントに入って寝るのではなく、星空を眺めながら外で寝るのがベドウィン・キャンプのスタイル。車のバッテリーから電気を取って小さな電球を灯す。マハルは途中で買ったニワトリにナイフを入れ、薪で焚いた火で夕飯の支度を始めた。
白砂漠の静寂のなかで炎を囲って食べるチキンスープとライスは、シンプルだがとてもおいしかった。食べ終えるとマハルがジャンベを叩いてベドウィンの歌を歌った。昇ってくる月の明かりに照らされた夜の砂漠にジャンベのリズムと砂漠の民の歌が響いていい感じだ。その後、フランス人のジョーが黒い箱からサックスを取り出した。彼らの荷物にやたら大きな箱があるなと思っていが、サックスのケースだったようだ。最初は吹くのをためらっていたが、ジェーンにはやし立てられるといくつか曲を吹いてくれた。
そんな感じで白砂漠の夜は更けていった。冬の砂漠は寒くて眠れないほど冷え込むと聞いていたので心配だったが、毛布に包まっていればそれほど寒くはない。砂漠の上に寝転がって星空の下で目を瞑ると、遠くからサバクギツネの鳴き声が聞こえた。
白砂漠 黒砂漠 ツアー
6時半、砂漠に敷いた絨毯の上で目を開けると、空が薄いブルーとピンクのパステルカラーに染まっていた。徐々に明るくなっていく東の空を見ながら日の出を待つ。前に地平線から太陽がぼんやりにじみながら顔を出した。白砂漠の奇妙な形をした岩が朝日でピンク色に染まる。
僕らの寝床のまわりを見ると砂の上にキツネの足跡があった。昨夜、マハルがキツネは砂漠で鳥を食べると言っていてその時はよくわからなかったが、夕飯に出た鶏肉のおこぼれを食べにくるという意味だった。こんな土地にも小さな生き物の姿があり、わずかながら植物も生えていた。
焚き火で沸かしたシャーイと直火でトーストしたアエーシの朝食を食べ、明るくなった白砂漠を探索しに出掛けた。
白砂漠がある一帯は、ファラフラと呼ばれていて、かつて海の底だった。何億年も前の珊瑚や貝が堆積して岩石化し、それが砂漠の風に運ばれる砂に削られたことから、白砂漠の不思議な景観が生み出されたそうだ。
白砂漠の岩は、背丈くらいの大きさから10m近くある巨大なものまで様々。比較的柔らかい岩なので上の方から崩れているものも多い。
長いを年月かけて風化された岩は、そのひとつひとつが芸術品のよう。上部だけが絶妙なバランスで残っているものもあった。
白砂漠をしばらく歩き回り、アスワンで購入したラクダの香水瓶に砂漠の砂を入れてお土産にした。砂漠の砂を記念に持って帰ろうとするのは日本人だけらしい。
キャンプ後は、小さなゴミひとつ残さず片付けてランクルに乗り込んだ。ドライバーのマハルは、アラブの流行音楽を大音量で鳴らしながら砂漠の上を突き進み、たまに車体を軽くドリフトさせたりして僕らを楽しませてくれる。
一泊二日の白砂漠・黒砂漠ツアーは、想像力を刺激するような美しい景色の連続で、ここまでの旅で見てきた景色の中でもインパクトが強く、ずっと忘れられないものになりそうだ。
サファリツアーを終えてから日没まで時間があったので、バウィーティーのローカルエリアを散策。狭い迷路のような路地には、簡素な造りの背の低い住居が並んでいて、これぞ砂漠の町という雰囲気。
角を曲がる度に小さな子供たちが遊んでいる姿に出くわし、僕らを見かけるとハロー!ハウアーユー?と大声で近寄ってくる。凄く離れたところからも僕らを観光客だと見分けて大声でハロー!!と叫んでいたので、ここの子供たちは視力がいいのだろう。オアシスの子供たちは、やんちゃで元気いっぱいだった。
街角のピラミッドの落書き。
バウィーティーの民家。メッカ巡礼の絵がドアの上に描かれている。
この晩、ホテルのレストランで59歳のオランダ人男性と一緒に夕飯を食べた。年齢ほど老けて見えないこの男性は、世界中を150ヶ国以上も一人で旅していて、僕らが旅してきたアジアも20年以上前にバックパッカーとしてまわったそうだ。ネパールのアンナプルナ・トレッキングや、香港のチョンキン・マンションの話、チベットの話など、世代を越えて旅の話ができた。
この男性は、世界各地でいろいろな遺跡を見てきたが、1番はカンボジアのアンコール遺跡で、次はペルーのマチュピチュだと言っていた。俺の英語はオランダ訛りで聞き取りづらいだろう?と言うが僕らのジャパングリッシュも同じようなものだ。
深夜には、ホテルの中庭でオーナー達とシーシャ(水タバコ)をブクブクと吸いながら、エジプトやイスラムのこと、日本のことを話しながら過ごした。
バハレイヤ オアシスからカイロへ
ゲストハウスのオーナーがバスが停まる場所までトゥクトゥクで送ってくれた。手配してもらった朝のカイロ行きのバスに乗り込む。
アッパーエジプト社のバスで、エンジンの調子が悪いうえ、大音量でエジプトポップが響く疲れるバスだった。5時間後、カイロ行きのバスなのになぜか手前のギザで降ろされたので、ギザ駅からメトロでカイロのサダト駅まで移動する。砂漠のオアシスからカイロに戻ってくると、車のクラクションの音がそれまで以上にうるさく感じた。
エジプトビザの延長
次の目的地ダハブに行っている間にエジプト滞在ビザの期限が切れるかもしれないので、タハリール広場にあるパスポート・オフィスに行ったら、金曜は礼拝日だからという理由で休みだった。スタッフによると、ビザが切れた後に延長手続きをしても問題ないらしい。その言葉を信用して、今夜のダハブ行き長距離バスのチケットを取りに行った。ダハブまでのバスは、80ポンド(1,600円)。深夜発なので、溜まった写真をDVDに焼いたりして時間を潰し、夜遅くに再びバスターミナルに向かった。続きを読む