
2018/06/15
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写真図ー1 「永正祐定」
祐定は、銘鑑によれば南北朝期からその名前を見ます。
初代が、永正から天文の間の年紀のものがあり、二代は、永禄から天正にかけての年紀のものを見ます。本品は初代の与三左衛門かと思われます。初代は、永正八年以前の作品に俗銘を切ったものがない、と言われています。又 拵えは見事な太刀ごしらえで、鍔、鞘、に家紋が入っています。金物一式 赤銅魚々子地造りです。大変見事な商品です。ぜひお手に取ってごらんください
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写真図ー2 「大和大掾藤原正則」
初代大和大掾藤原正則は山城三条吉則の末裔で、越前藩主松平のお抱え刀工 時代は江戸時代 元和頃(1681年) 現在の大和町に移住し、鍛刀した良工として知られる。本品は 冠落とし造りで、梵字の彫刻が3箇所あります。初代正則の優品です。付属の拵は大変古い拵えで、江戸肥後拵え 金物と鍔は特に古く名作です。大和大掾藤原正則は重要刀剣にも数本入っています。
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写真図ー3 「相州綱広」
新々刀伝相州綱広 すりあげ無銘となっていますが 正宗末孫相模国綱廣と名乗る12代相州綱廣位と思います。江戸に出て水心子正秀の弟子となりました。本刀は幕末文化頃(1804年)(214年前)の作で、刀姿は元身幅広く先身幅の広い切っ先の延びた重ねの厚い素晴らしく豪壮な姿をし 刃紋も見事な刃紋で名刀です。拵えも幕末のころ作りました豪壮な拵えです。ぜひ家の家宝にいかがでしょうか、
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写真図ー4 「和泉守藤原国貞」
脇差和泉守国貞 2本棒樋彫刻入り 天正十七年日州飫肥に生まれ、上京して堀川国広の門人となり、師、国広没後は国広の高弟である越後守国儔に学び、後に初代河内守国助と共に大阪に移り、大坂新刀創始者の一人となった名工です。なお、子の井上真改も初期銘を国貞と銘を打ちましたので、これと区別するために初代国貞を「親国貞」二代国貞を「真改国貞」と呼称しています。拵えも古く 打ち刀拵えです。すり上げのため 名前が途中切れとなっていますが、たしかな名刀です。宜しくお願い致します。
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