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三信ビルディング

東京都千代田区有楽町1丁目4-1

私はビル解体が決まって勤務先が立ち退くまで三信ビルに十数年通っていました。
古い三信ビルを取り上げているウェブサイトはよく見られるけど、デザイン的な部分を扱っていることが多く、 ビルの中で毎日過ごした身として、また古い機械好きとしていささか物足りないと感じていたところ、 「鉄道のある風景」 というサイトに三信ビルの写真が比較的多く収蔵されているのを見つけ、 しばらく閲覧しているうちに解説などしてみようという気になり作成したのがこのページです。 したがってこのページの写真の多くが「鉄道のある風景」の「著作権とリンク」に基づいて リンクにより表示させており、元の大きな写真はそれらの写真をクリックすると 「鉄道のある風景」サイトの大きな画像のページが別窓で開きます。
なお、私の解説は基本的に記憶に頼って書いていますので、もし間違いがあってもご容赦ください。 (2007/01/10)

屋上鉄塔
鉄塔がいつ建てられたのかはわからないが、テレビ放送開始ごろのことを調べているときに 実験放送か試験放送くらいのころの記述にこの鉄塔が出てきたように記憶する。 当時はNHKも渋谷でなく三信ビルの近所にあったので可能性はあるが、 調べたのは20年以上も前なので、かなりあやふやな記憶である。 今でこそ他のビルにくらべて低く小さく見えるが、以前は日比谷から大手町まで 三信ビルと同じ高さでビルがずーっと揃っていたので、 祝田橋や馬場先門あたりで信号待ちしていると鉄塔が高く見えていたのを覚えている。

日比谷公園から見た三信ビル
他のウェブサイトでもよく見かけるアングルだけどこの写真のいいところは、 何と言ってもゆがみの矯正されていること。そして自動車や通行人、立ち木、電線が ほとんど写っていない点も見逃せない (うーん、僕だったら道路をもう少し減らして鉄塔を入れたい)。 三信ビルとは関係ないけど、 現在はテレビカメラや一眼レフなどアオリのできない小型カメラが幅を利かせているせいか、 ゆがみを気にしない絵(写真)が多過ぎて、建物の良さが見えません! (テレビニュースなどで東京高裁の建物が出るとそのゆがみに悲しくなります)

西側入口の造作と外壁の剥落防止
この水飲み場みたいな造作は何の設備か私もわからない(水道の配管などもなかったし…)、 でもここにフラワーアレンジメントでも飾ればきれいかもしれない。 外壁に規則的に並んでいる小さなポツポツは、20年足らず前に ビル全体の外壁に打ち込んだ剥落防止のボルトで、それ以前はありませんでした。 そのころの私はまだ三信ビルが通勤先ではなかったけれどビルの前はほぼ毎日通っていたので、 工事していたのは覚えています。そして古くから三信ビルに通勤していた先輩社員の話によれば、 工事の騒音に悩まされたそうです。

北側の増築部分
三井不動産はこの新しくなった部分を増築部分と呼んでいました。 少しだけお部屋が広くなったんですね、部屋に入ると境目がわかります。 三信ビルのパンフレットには戦災による破損と劣化により1955年に増築改修したとあります。 ところで第一生命のGHQは有名ですが、そのころの三信ビルは横流し?物資を扱う不良外人の溜まり場だったとか、 そんな怪しげな話も聞いたことあります(表のGHQと裏の三信ビルとも聞いた)。 三信ビルも第一生命と同じように接収されたかどうかは知りませんが、 古いテナントにアカ抜けたというかバタ臭い感じがあったのは、そのころの名残かもしれない (バタ臭いという意味わかるかな、悪い意味でもないんですよ)。

北側出入口
三信ビルにとって裏口といえるのこの出入口は早朝のゴミの搬出や荷物の台車がよく出入りしていた。 三信ビルはすべての出入口が階段になっており台車や車椅子にとって不便なビルであるが、 まわりの地盤沈下によってこのような大きな段差ができたという話をたびたび聞きます。 話の真偽はわからないが、この写真でも左側の柱の下、地面すれすれのところに現在は 使っていない雨水の排水管らしき穴が半分ほど見えており、当初は地面の下だったのかもしれない。 出入口両側の柱にある照明器具は蛍光灯なので戦後のものだろうが、 ビル南側に並んでいる柱の照明器具も以前は同じ物が使われていたようだ。

北側出入口のドアハンドル
三信ビルを所有する三井不動産は2005年1月にビル解体を発表し2006年1月限りで 立ち退いて欲しいという話だったが、この写真の右側ドアのハンドルを2005年9月に交換している。 よく見るとパイプの取り付けられている座板が右側ドアの方が多少きれいなのがわかるだろうか。 私は交換作業をしているところを偶然この目で見ている訳だが、交換直後はもうピッカピカの新品で、 ビル解体が決まってからも特注品と思われる高価そうなドアハンドルを用意したのには驚いた。 予備品の在庫があってもおかしくないけれど、長期在庫品を磨いてピカピカにしたようにも 感じられなかったので本当の新造品かもしれない。なお「おす」「ひく」のプレートは交換していない。

地下1階商店街の廊下
これは日比谷三井ビルとの連絡地下道から撮影している、三信ビルでいえば東の端に近く、 東階段の斜め向いといったところ。写真で奥の突き当たりが歯科医院でとなりに内科と薬局もある。 この内科医院は鍼治療が好きで風邪でも鍼を打ってくれたものです。 それから、天井の照明がこうなったのは5年くらい前で、 それ以前はサークライン(丸い蛍光灯)の入ったグローブが2列に並んでいた。 突き当りを左に商店街の西端まで行くと地下鉄のA11出口なので、 三信ビルに用がなくても通勤者の通路になっていて、 地下1階は日比谷三井ビルを通って東京宝塚劇場まで直結している。つまりその気になれば 宝塚劇場から銀座や大手町、八重洲あたりまで、雨にぬれずに地下道を歩いて行ける。

1階廊下のカウンター
この写真は「鉄道のある風景」のものではない 左側の写真は東側出入口から中央エレベータホールに向かって撮影されている。 写真の外側もっと左は荷物用エレベータ、右は非常階段(3階から上は鉄扉がある)がある。 写真に写っている左側の何もない壁は2006年1月まで公衆電話とたばこの自販機が置かれていたが、 古くは右の写真のようにカウンターが設置され係員が応対していた。 これのかすかな痕跡としてカウンター部分の床は他より磨耗が少なく、ほんの少し盛り上がっている。 なお、カウンターの向い側は古くから靴店になっており(10年近く前に閉店)、 その店舗の北側外壁のシャッター部分に看板の絵が現在も残っているはずである。

71A-71Gii