昨夜から台所に放置されていたアップルクランブルを、
黒っぽいギネスビールとともに賞味している。
パン屋で買ってきてオーブントースターでちょっと焼きなおした
だけだが、焼いたリンゴの優しい甘さと、
ビスケットを砕いたようなクランブルの食感はほろ苦いビールによく合う。
オレが三切れ目に手を出したところで、
口の周りに泡ヒゲを付けた隊長が呟いた。
「悪いことすると赤い部屋に入れられちまうんだよ」
「赤い部屋?ホラー映画っぽい響きっすね。『戦慄!呪われた赤い部屋
〜迫り来る死霊のマツケンサンバ〜』みたいな」
「ほんと知識の引き出しがごちゃごちゃになってる奴だな、ロッドっつう生き物は。
赤い部屋ってのは、あれ、ほら、…なんだっけ」
わざとなのか酒のせいなのか素でボケてるのかはわからない。
Gが助け舟を出した。
「ブロンテの『ジェーン・エア』ですね」
「そうそう、それそれ!主人公がちっちゃい頃、意地悪な叔母に
閉じ込められて発作起こした、あそこだよ。
俺んちにもあーゆー薄暗い部屋があってさあ、
お仕置きっつうと夕飯抜きプラス赤い部屋で一晩過ごすってのが定番だったんだ」
「で、隊長は悪い子だったから赤い部屋の常連だったんすね」
「まったくもってそう。おっかしいよなあ。
花壇掘り返したのもご先祖の肖像画に落書きしたのも
家庭教師の帽子にくっついてたダチョウの羽むしったのも
兄貴の革靴履いて水たまりに突っ込んだのも、
ぜんぶサービスと一緒だったんだけどな。
一番キツかったのがよりにもよって誕生日に赤い部屋送りになった時で、
そらもう泣きじゃくった記憶がある」
「さすが我らが隊長、要領が悪くていらっしゃる」
ああ、マーカーがいい具合にまとめた!
「なんだよ、お前にとっちゃ隊長=不器用なのかよ」
ふてくされる隊長に、突っ込まずにはいられなかった。
「え、まさか自覚ないんすか?」
それも隊長ん家のお仕置きのスタンダードメニューだったという、ケツ叩きをやられた。
とっても恥ずかしかった。
●
特に用もないんだけど、と言いながら医務室に三時間も居座っています。
近況や下らない雑談を交わした後、
サービスはにやにやしながら古いノートを私に放って寄越しました。
もうそろそろ帰って欲しいと思いながらもつい受け取ってしまうのですから、
竹馬の友情があまり美しいのも考え物です。
ノートには拙い字でこうありました。
2月13日
あしたはぼくとサービスのたんじょう日です。
ふたごなので、二人いっしょにおいわいします。
あしたがたのしみで、今日はちゃんとねられるかわかりません。
ぼくはサービスに、にわで見つけたがまがえるをあげます。
とうみんしていたのをほりおこしたのです。
もう、ちゃんと、はこに入れてあります。
サービスがよろこぶといいです。
「先日実家に帰って見つけたんだ。面白いだろ」
「悪趣味ですね、人の日記をさらすなんて。で、どうしたんですかガマガエル」
「渡されたさ。リボン付きで。悲鳴上げて失神してやった。罰として部屋に閉じ込められていたな」
サービスはくすくす笑いました。心底愉快なようでした。
「失神?そんなタマじゃないくせに」
私はサービスがガマガエルどころか蛇もヤスデも恐れないのを知っています。
「私は家庭内ではお姫様だったから。
お姫様らしくしとやかで高貴じゃなきゃいけなかったんだ。
繊細さは上流階級の淑女の必須の美徳だろう、違うかい?」
「あなたが井戸に毬を落とした暁には、そのカエルに取って貰えたでしょうに」
グリム童話に出てくる不誠実なお姫様さながらですよ、本当に。
「カエルに救われるなんて真っ平ごめんさ。
王子様が化けたカエルでもね。それより従者の方がいい」
彼は失ってしまった従者を思ったのか、ため息を一つつきます。
さらに続ける声は、急に秘密めいたトーンを帯びました。
「本当に王子様を欲しがっているのはハーレムの方だよ」
ぞくりとしました。だって、あなた、それは…若干おぞましい。
「だから何だってんですか。私はご免蒙りますよ、あいにく器じゃないもんで」
「誰もそんなことは言ってないよ」
不意にサービスは悲しげに顔をゆがめました。
「かわいそうなハーレム。私には彼を分かれない。
あのまま、おままごとに生きるしかないのだろうか。」
我々は黙って医務室を出て、夕食を共にしました。
その夜徹夜でバイオ根っ子人間のためにかぼちゃパンツを作成し、
履かせてみました。
おまけで、銀紙の冠と白馬のぬいぐるみも付けて贈ったのに、
ハーレムにはえらく不評でした。