師匠に「納豆買って来い」言われた。この暑いのになんで。
可愛い弟子、焼死してまうで。
「ロッドはん叩き起こしてお願いしたらどないですか?
昨夜いきなり上がりこんできてからずぅっと寝てますやん」
「あの歩く拡声器を起動させたいのか。そうか。
あれは見境がないからな。
お前、寝とる間に自分が何をされたかも分かっとらんらしいな。
まず、うなじに…」
「ええわもう、止してぇな、与えんといてそんな不快な情報。
わてが悪ぅおした。起こさんでよろしおす。むしろ永眠の方向で」
「よし、永眠処置はこの師が速やかにかつ穏やかに遂行しておこう。だから納豆」
って、師匠、タタミの上で思いっきり涼んでるやん!
…世の中不公平なんもいい加減慣れてきたわ。
絶対あれや、わてのおらん内にくだらなーい昼メロでも観て
大爆笑する気に違いないわ。けさテレビ欄の「愛の嵐総集編<再>」のとこに
印つけてたん、わて見たもん。
「行ってまいります…」
「ああ、お早うお帰り」
あいさつだけは如才ないとこが、またえらい師匠らしいわ。
●
商店街ではあっちこっちに笹が突き刺さって、
色とりどりの短冊が垂れ下がってる。
小さい子がぎょうさん来て、何やわいわい言うてる。
色んなこと書いてあるなあ。
「おとうとがほしい」
「50メートルおよげますように」
「世界せいふくしたい」
最後の奴なんか、他人とは思えんわ。
それにしても、願い事を人前にさらすやなんて。
あないなこと、皆さんよう平気でしはりますなあ。
わてはあかんわ。
自分の願い事なんか、人に知られるん、怖あて怖あて。
「こないなけったいな事考えて、こいつおかしいんと違うか」て思われたら、嫌やもん。
今までずっとそればっかしやったもん。
せやから、七夕好かんのん、わて。
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帰ってきたら師匠は出かけとって
(どうでもええけどテレビつけっぱなしやったで、師匠)、
ロッドはんはまだイビキかいとった。
夕飯の用意が終わって一時間後、
わての空腹感がそろそろ飢餓感に変わってきた頃に、
ようやく師匠が帰ってきはった。
みごとな青竹いっぽん担いで。
「今日は七夕だぞ!覚えとったかお前!」
へえ、あんたが昼メロ見とる間に再認識させていただいたわ。
「日本にいる以上日本の伝統は敬わんとな!
それがフィールドワークの基礎というものだ!」
あんな、あんたは文化人類学者と違うねんで。
「おい、爆竹はどうした爆竹は」
日本の七夕は爆竹使わへんねん。
説明しても納得する人やないから、しゃあない、夕飯の後、
また山下りて買うてきた。
野心のある男は忍耐が大事や。
いやなことがあっても人生の修行や。
暑くて暗くて虫がいて一人ぼっちで…何や、いつものことやん。
ふたたび帰ってきたら、師匠こんどは墨と硯と筆出して張りきっとった。
「おおアラシヤマ帰ったな。今、自分の欲望を思うさま書き殴っとるところだ」
せめて願望、言うて。あとな、無理して筆で書かんでもええんよ。
これ、書初めと違うさかいにな。まったく、
墨汁そないにこぼして、タタミの掃除誰がすると思ってるねん。
「あらん、マーカーちゃん、なに書いてるのぅ?」
いかにも眠そうなロッドはんが覗きこむ。
イビキの音がせんと思たら、起きてたん?
「七夕の願い事だ。お前との愛が永遠でありますように、とな」
「それ、ほんと!?…マーカー、愛してるよお〜っ!」
「嘘に決まっとるだろうが信じるなバカ!いつ私がお前を愛した!!」
あーあー、よう燃えてるわあ。
再三言うけど誰が掃除すると思ってるねん、このおもろい夫婦。
それにしても師匠、笑えない冗談やったわ。
いやぁ怖い、もし師匠が本気で、
わての修行の場が男色休憩所に大変身してまったら、わて立ち直れへん!
●
師匠が鳴らす爆竹が響く。
山彦まで聞こえる。
ああ、山奥に住んでて良かった。
ご近所から苦情来ぃへんもんなあ。
「アラちゃんは短冊に何書くの?」
ロッドはんほんまタフやなあ。もう回復したんか。
決めてへんかったさかい丁度ええわ。
「I wish Rod's never gonna burned again」書いたるわ。
「ありがと、アラちゃんて優しいねえー。マーカーちゃんと大違い」
「そら、おおきに」
もちろん裏には、「At least till the next weekend」って付け足した。
(ほら、あんまし超現実的な願い事しても、織姫さん困るやろ)