*少年GとGパパの過去話を100%捏造でお届けしております。
辛いのかどうかはわからず、ただ胸が苦しくはあった。
積んである荒縄の上に腰かけたが、納屋の外は夜だったため窓からは何も見えなかった。空気が冷えて湿っていたから、霧が出ていたのかもしれない。
「どうして」
自分でも気づかないうちに呟いていた。
「どうして僕は怒られたんだろう」
衰弱した猫を拾った。暖かくして牛乳を与えた。
一人で世話をするから飼わせて欲しいと頼んだ。それだけの話だったのに。
…いいや、怒られるのに理由なんてないのだ。
あえて言うなら、それは自分が悪い子だからだ。
父の子なのに、てんで出来損ないだからだ。
いい子になりたいのに、なろうとしない怠け者だからだ。
少なくとも父の規定では、そういうことになっているからだ。
だから「余計なことをするな」という父の言いつけを守れない。
あるいは守らない。
猫は近所の老婆に引き取られ、少年の俺は納屋に入れられた。
●
現在の俺がその時の父の心情を察するに、恐らくこんなものだろう。
「子どもの顔を見るたびに湧き上がる、
あのイライラとも怒りとも嫌悪ともつかない、不快さはなんなんだ」
(それはあなた自身の引け目の表れでしかない)
「俺を見る生意気な目に腹が立つ」(上に同じ)
「なぜ俺に逆らう?」(あなたの認識では、あなたの想定の範疇を超える行為はあなたに対する反逆と同義だ)
「俺を怒らせて楽しいのか?」(俺は成人するまでに幾度となくこう言われた)
「俺を恐れないのか?俺の暴力的性向を」(あなたはそんな粗暴な手段で子どもを恐れさせたかったのか?)
「俺が駄目な男だと言いたいのか?」(あなたの息子はそこまで残酷ではない。当時も今も)
「俺はあいつの唯一の父親なんじゃないのか!」(疑う余地もなくそうだ。我々はよく似ている)
「あいつは一体俺を愛しているのか?」(さあ?)
「あいつは一体俺に愛されたいのか?」(さあ?)
「俺は父を愛していたし愛されたいと思いもしたのに」(それはあなたが墓場まで持っていくべき事柄だ)
「何がどう間違ってこんなことになったんだ!」(…さあ?)
…俺の見たところ、父はえらく単純な男だ。
他人に内実があるということに気づきもしないような。
●
手の甲を眺めた。壁板のささくれでひっかいてしまったのだ。
血は出ていないかと思ったのだが、いかんせん電灯もついていない納屋は暗い。
目を閉じて、手の甲にできた傷を想像した。じんわりと血のにじんだ、浅い傷。
放っておいてもすぐ消えるような軽い傷のはずなのに、とても痛い。
暗い中でじっとしていたから、余計痛みがしみたのかもしれない。
ひりひりする手をもう一度眺めて、少年の俺は考え始める。
父さんと僕が仲良くできる方法はないんだろうか?
答えは見つからないまま傷だけが疼く。
●
乱暴に揺り起こされて目が覚めた。
「もう部屋に戻れ」
カンテラを持った父だった(それにしても前時代的な家庭だ)。
「お前、その血はどうした」
あらためてカンテラの明かりに照らされると、傷は結構な大きさに見えた。
血はすでに随分前に止まっていたが、乾いた血痕がシャツにまでこびり付いている。
「すみません、シャツを汚してしまって」
「バカ、シャツよりお前だ。手当てするから来い」
居間のテーブルには夕食の残りが置いてあった。
母の姿はなかったから、もう寝室で休んでいたのだろう。
椅子に座らされ、消毒液で傷口を拭われながら、父の顔をまじまじと見た。
「痛むか」
「いえ、平気です」
目が合った。そのまま黙っていた。
「…自分の子どもの血を見るのは、いい気分じゃないな」
「たいした怪我じゃないです」
きれいに洗われた傷口は、もう塞がりかけている。
「それでもだ。心臓が張り裂けそうになる」
●
手を伸ばした。そうすることが当たり前のような気がしたのだ。
そのまま父の首に腕を回して抱きしめた。
最初からそうすれば良かったのだ、父がそうしなかったのなら。
父の額に口付けた。頑固で単純で不器用で、しかし時折は愛しい父の額に。
彼は大層嫌そうな顔をしていた。