マーカーが高い塔を見上げているときはるか上空で カラスがカーと鳴いた。おかしいな、何であんなに 遠くを飛ぶ鳥の声が聞こえるのだろう。

その塔は巨大な菩薩だった。菩薩の形をした塔ではなく、 歴然と菩薩だった。彼は菩薩の足元から頭を見上げた。 目、鼻、耳、顔にあるあらゆる窓から人間のような物体が ポロポロ落ちてきていた。落ちた人間たちは菩薩が胸元で 組んでいる手に次々と落ちていった。手の上には肉塊と その魂が山のように降り積もっては光を放ちながら消えて いく。愉快だ、愉快だ、と誰かが叫んだ。

突然強く右腕を巨大なエビに引っ張られた。激痛 が走った。彼は引っ張られて初めて気づいた。彼の 右腕は普段とは比べ物にならないくらい細く、長く なっていたのだ。困ったな、これじゃあ仕事に支障 が出る。こんな腕は捨ててしまいたい、漠然とそう 考えた。再度右腕が強く引っ張られた。

「やめてくれ、痛いんだ」

「お前は自分の父親に歯向かうのか」

彼の右腕をつかんで放さなかったのは、彼の父親 だった。その顔はところどころエビになってしまっ ていたので彼には今まで分からなかっただけで。

「お前は何故あそこに並ばないんだ」

そう言って父親は彼の後ろを指差した。いつのま にやらそこには菩薩の中に入ろうとする人間の行列 ができていた。顔が犬になってるやつ、たこの足の やつ、羊の腹をもったやつ、さまざまな人間が気持 ち悪いくらい整然としてそこに在った。みんな菩薩 の救いを、浄化を求めているに違いなかった。

「俺、はやく菩薩様の目から飛び降りてえ」

「僕は耳がいい、あの耳たぶに触りたいんだ」

「アタイは口から。飛び降りる前に菩薩様の舌ベロ に小粋にチューしてくんだよ」

菩薩の口や耳や目から落ちてくる人間はある一定 のスピードを保ちながら、光になっていく。並んで いる人々は美しいねえ、きれいだねえ、と囁いてい た。「たまやー」と叫ぶやつもいた。

「あの塔は全部で54階ある、それさえ昇りきれば、 お前もあの光の一部になれるのだよ」

父親は必死にマーカーを行列に加えようとしてい た。彼は貧弱な腕で父親を殴りながら抵抗した。父 親はしきりに「これが俺にできる唯一の父親らしい ことなのに、何故反抗するんだ」と叫んでいた。 

そのときカラスが飛んできた。すごい低空飛行だ 。カラスはくちばしでマーカーをつまむとあっとい う間に飛び去った。

飛びながらカラスは頭に開いている穴からカーと音を出した。 泣いているのだ。 くちばしに挟まれながら彼も泣いていた。

わたしに人並みの死は訪れてはならないのだ。わ たしは菩薩の救いを拒絶してしまったのだから。そ うでもしないと。あまりにも図々しい話ではないか 。 そもそも、わたしは救われたいなどと一度でも 思ったことはないのだ。

地上に目を向けた。塔ははるか遠くに建っていた 。それを見て、彼は少し安心した。



目が覚めた。隣にはGがいた。起きない程度に彼の 腕をギュッと抱きしめる。

ざまあみろ、マーカーは心の中で塔の菩薩に並ぶの に必死だった人間たちにそっと呟いた。今日もまた 仕事だ。