「ナス、安うおすな」

「そうなのか?」

この国の金銭感覚は今ひとつ把握できない。
世界中飛び回る間に綺麗に記憶が吹っ飛んで、 来るたびおのぼりさん状態になるからだ。
ただ祖国に比べれば第一次大戦後のドイツ並みに高いことはまちがいない。 この長ネギ一本分の値段で私の一日の食がまかなえるぐらいだろうか。

「お師匠はん、ナスの揚げびたし、食べはります?」

「アゲビタシ?」

「ええと…何て言うんやろ、fryed and marinated」

「ああ、食う」

私は日本語がまだ達者ではないし弟子は中国語が覚束ないから、 英語で話すのが実はいちばん手っ取り早い。 観光業に従事していた弟子の生家では、 幼時から子供に英語の手ほどきを受けさせていたそうで、 基本的な意思疎通に不便はない。 まだ修行に慣れない身を慮って、 なるたけ弟子の母語で話すように努めてはいるのだが。
…ところでここが文明的なスーパーマーケットなら、 豚足の塊はどこに置いてあるんだ?



この引っ込み思案な少年を教育することになったのは、 私の上司の兄に当たる人物が京都で豪遊していた際に、 ふとした縁で知り合った女性の息子に非凡な才を認めた のがきっかけだという。
その息子というのが無論この少年である。
上司の兄(私は彼をそういう視点からしか捉えないし 捉えたくない。悪いか)の陰に隠れるようにしておずおずと 私の前に姿を現したときの会話は今でも覚えている。

「名前は」

「アラシヤマ、いいます」

「地名だろうそれは。桜の名所で、テンリュージたら言う名刹がある」

少年は心なしか悲しい顔になった。

「ほんとの名前どす。わてを生んだお人が、 『嵐山で孕んださかい、アラシヤマでよろしおす』て」

「…っ」

上司の兄の前だというのに思わず高笑いをかましてしまった。
仕事をするときの私の通称はマーカーだが、それは私が雇用契約書に サインをした際に黒いマーカーを使ったからなのだ。 そんなぞんざいさに耐えられない人間も世の中には多いのだろうが、 かわいがられて死ぬよりはましだろうと私などは思う。 まあそんなこと、このできたてほやほやの弟子に語る必要はない。

「そういうことか!分かったぞアラシヤマ!喜べ!私が四音節以上ある 人名を覚えることなど滅多にないぞ!」

ばしばしと肩を叩くと、 アラシヤマは一秒に五回ほどまばたきをし、 頬を真っ赤に染めてから頷いた。



一時間走って家に戻る。走るのは修行の一環だ。

「また、ぎょうさん草が生えてきましたなぁ」

「ああ」

濃い青天の下、草だけが自らの旺盛な力を誇示している。 わたしは強い、わたしは強いと。 むせ返るほどのその自己主張が私は好きだ。
淘汰の基準は明快なほどいい。 ここでは、意志とそれに見合う力を持ったものだけが生き残れる。

「お前にもあの草程度の覇気が欲しいんだがな」

「へえ。そしたらまず、家に帰って三度三度のもの頂かんと」

我々が現在家と呼んでいる建造物は、 もとはバブルをあてこんで建てて大失敗したペンションだったのを 改装して壁をブチ抜いたものだ。 未だに外壁に水森亜土を百発殴ったようなペイントが施されていたり、 屋根裏から「旅の思い出〜星空を見つめて〜」と題されたノートが出てきたりする おぞましさはこの上ないが、生活上支障はないので放っておいてある。



食卓を囲みアゲビタシを食いながら、 こいつもいつか一人立ちするのかと考える。

「アラシヤマ」

「あ、はい、おしょうゆ」

「いや、おしょうゆじゃなくてな」

…どうだろう。話題として微妙な気がしてきた。

なりゆきで受け取った醤油を小鉢の柴漬けにどぼどぼ回しかけながら (弟子は死ぬほどいやそうな顔だが、 豚足ひとつ見つけられなかった報いだ) 弟子をじっと見つめる。
こいつが、一人前の男になる?
想像もつかない。決して私のイマジネーションの欠如が原因じゃない。

「わて、何か粗相しましたん?」

「いや」

弟子が気遣わしげに私を見つめる。
子供に特有の澄んだ目。
いきなり、雷鳴のごとく、何の前触れもなく、得心した。
想像できないのではない、したくないのだ。 どうも私にとって弟子は普段私が考えている以上に 庇護欲の対象となる存在だったらしい。 いわゆるマターナルインスティンクトというやつだ。

「アラシヤマ」

「へえ」

「私はな、お前が嫁さん貰うまで面倒見てやるからな」

「そうでっか、あ、おかわりしはります?」

「する」



その晩は「嫁にするならどんな女か」で盛り上がった。
アラシヤマは「情けが深うて芯の強い人がええわ」と言っていた。
私は、アラシヤマよりもアゲビタシを上手く作れる女なら誰でもいい。