「結局あんたどうでもいいのね、私のことなんか」

「あんたのいい加減さにはうんざりした」

「もう声も聞きたくない。さよなら」

そして通話はガチャンと切れた。 と言いたい所だけど彼女が持ってたのはノキアの携帯だったもんで、 気の抜けるような電子音の中で俺と彼女はバイバイした。
寒くもないし辛くもないし涙もないしおざなりな、こんなお別れ。
上手くいかない訳はいつもよく分からないのだけど。

「私、自分に生きる価値がないんじゃないかって、最近不安なの」

俺には君がぶくぶく太ったナルシズムで遊んでるようにしか見えないよ。

「でもあんたが私のこと愛してくれてるなら」

俺って君を甘やかしてあげるための道具なんだね。

「私のこと愛してるって証明して、ねえ」

だって俺は君を愛していないよ!

どうしてそんなに愛ばっか欲しがるんだろう。
愛なんかより、俺は明快なものが好きなのに。
俺は彼女の目が笑う時すごく細くなっちゃうのが好きだったし、 すらっとした足が好きだったし、 夜にだけ付けてる香水が好きだったし、 それだけでいいと思うのに。



「どんくれぇ付き合ったんだ?」

「二週間」

「お前にしちゃ長く続いたな」

「隊長俺のことばかにしてますね…?」

そういえばこの上司に関しては浮いた話を聞いたことがない。 酒瓶とベッドインしてればそれで満足な人なんだろう。
この間大爆笑しながらハードゲイ雑誌読んでたけど。

「それにしても、いっつも振られてんのなー」

「しょうがないじゃないすか、相手が愛してくれって言い出すと、 俺付いていけねえもん。それで嫌われちゃうんだもん」

俺はあんなこれ見よがしな苦悩が鼻につかないほど紳士じゃない。
暗いセックスなんかしたくないし、ゴハンだって笑顔でおいしく食べたい。
これってワガママなんだろうか?

「ま、こんな仕事してるって時点で、俺らどっかしら性格壊れてる。 ロッドが素人の女の子と上手く行かねえのも道理だな」

…そういうことにしとこう。きっとワルイのは俺だ。 俺が、人を愛することを知らないノータリンな生物だからだ。



「ロッド、何をしている?」

「あ、いや、昨日買ったシャツがさあ… おっかしーよな、何で入らねーかな、 ちゃんと試着したのにさ」

赤ん坊の服を無理矢理頭に被せられたドーベルマンのようだ。

「…私のシャツだ、それは。返せ」

「えっ、あ、ほんとだ、サイズ違うや、ごめんごめん」

見て判れシャツの大きさぐらい。
着ようとする前に広げてみろ。今やっても遅すぎる。
そこに置きっ放しにしてたのは私に非があるが。

「ここの、あれだよね、 肩んとこのカットがセクシーじゃねえの。 アルマーニ?」

「ケンゾーだ」

仕事のない時には全員が弛緩しきっている。 そうでもしないと精神がもたないのだ。 だからといってお前と馴れ合うのは遠慮したいよ、イタリア人。

「どーしてお前は木で鼻を括ったような返事しかしてくんないんだろう」

「口説き文句のマニュアルでも見ながら対応してやろうか?」

「そういうのは好みじゃないよ。
『♪あの人と月明かりの下にいるときには、 読み書きの事なんて忘れていいの
あの人が月を見てどんな気持でいるか、 本を見てわかるわけじゃないもの
それは、自然に出てくるものだから♪』
ってアニーも歌ってるじゃないか」

「いきなりミュージカルを始めるな、音痴のイタリア人」

昨夜隊長が晩酌しながら最後まで観て 号泣したミュージカルの挿入歌だ。
判別がついた自分に感心する。

「言っておくがお前の人間性にもセックスアピールにも関心がないんだ」

「…そう…」

ごめんね、と言ってシャツを渡して出てゆく背中は、 今夜飛行船から飛び降りますと言わんばかりの哀愁を漂わせていた。
これだからポジティブな人間は嫌いだ。 自分が好かれて当たり前だと思っている。



なぜかこういう日に限って二人きりだ。
隊長はGを連れて鯨飲オールナイトに出かけたし、 新米ファンシーボーイはとっとと自室で寝くたれている。
鬱陶しい。
自分が嫌味たらしい性格を貫き通している自覚は 普段からあるからさっきの発言に対する罪悪感などは無論 感じないのだが、 ソファの隣に座って肩口の辺りに悲しげな 視線を投げてよこしているむさいイタリア人は どうにもジャマだ。

「私は休むからな、消灯しておけよ」

宣言して立ち上がったところで、袖を掴まれた。

「まってよ」

「何だ、金なら貸さんぞ」

「そんなんじゃねーし!」

素直にむくれる素朴さ。率直に言って苦手だ。

「ちょっと聞けよな。あのね、俺は俺にベタ惚れするような女は嫌いなんだよ」

「?」

本気で話が見えない。

「俺にぞっこんになった女は、俺のこと自分の中で神様みたいに しちまうんだ。目の前にいる俺は単なるスクリーンで、 自分の空想の中のステキな王子様を映し出してるだけなんだ」

「で?」

「いや、お前にとって俺は単なるガラクタなんだよな」

「ああ、しかもデカいわ臭いわうるさいわ、 なくなってくれればいいものの筆頭だ」

「臭いって…ひっでえ、俺お気に入りのエスカーダだぜ?この香水」

「臭い物は臭い。もはやハラスメントの域だな」

ぐっ、と言葉を呑むのが見て取れた。 どうやら話を本筋に戻したいらしい。

「それはまあ置いといてさ、だからさ、お前は俺の中に何にも見てないよな。 神様だの王子様だの」

「見てたまるかそんなもん」

「ところがさあ、」

イタリア人は友達に秘密をささやく子供のように声をひそめた。

「俺、さっきお前の中に無敵の美女が見えちゃったんだ」



火傷まみれで倒れていた俺を自室へ運んで介抱したのは リキッドだった。しょうもない借りを作っちまったもんだ。
意識が戻った俺に向かって「良かったっすね」と言った 時の表情が微妙に引きつっていたのが引っかかったが。
まあ新米の挙動の不審さを一々あげつらう気分でも なかったので、そのままメシを喰いに行くことにする。 洗面所の前で、朝帰りの隊長とGに出くわした。

「あ、オハヨっす」

「ロッド…お前…」

満身創痍の俺を見て一気に酔いが覚めたらしく、 二人ともまじまじと俺を見た。

「あ、この怪我っすか?マーカーと喧嘩しちゃって、へへ」

「喧嘩か…そうか…」

次の言葉は同時だった。

「この色男」

俺はまだひりつく頬に手を当てた。
どうもそこに二人の視線が一点集中してたようなんで。
洗面台の上の鏡に映った自分の顔をのぞきこむ。

「…あのチャイニーズ…」

俺の右頬には、でかいハートマークの形をした火傷の痕が、 くっきりと刻まれていた。



作中に登場する映画は1949年・MGM製作『アニーよ銃を取れ』です。