*2005年3月のオンリーで出した小ネタ本の再録です。
「Gの初体験て、いつ?」
「お前」
ロッドは火を噴きそうなほど赤くなり、浸かっていた温泉の湯をはねあげる。
湯は俺の斜め後ろに設置されたカッパの置物に当たった。
ホッカイドウの民間信仰の対象を虐待してはまずくはないだろうか。
「ドイツ人のくせに冗談言うのかよお!」
大仰に気分を害したふりをして、俺にまた湯をかける。
露天風呂と外を隔てる柵がしぶきを受けてビシャリと鳴った。
「ロッド…中学生かお前は。そんなこと聞いてどうする」
「G、お前っていい男だけど無粋だよな。
それともわざと?確信犯?じらそうって腹?なら言うけどさあ、
ニホンの古いことわざにあるじゃんか。
あばたがえくぼな時にはイワシの頭はご神体で、そのときGはオレの恋人なんだよ」
よくわからない。
「惚れた男のことは隅から隅まであますところなく知りたいだろ?
ちょっとわがままでそこが可愛いオレがささやかな質問してるんだ、聞かせろよ」
よくわからないながらも気おされた。
「二十歳の夏にガールフレン…」
「あ、いい、やっぱいい、止めて。
なんか、Gがオレ以外の誰かとイチャこいてるとか、耐えられそうにない」
スクリーンの中のどんなマリリン・モンローより気まぐれだ。
俺は黙って湯気に包まれたロッドを見つめた。
「いや、怒っていいよそこで。喧嘩するほど仲良しになりたいんだから。
なあ、今だけオレのことお前のロリータって呼んでよ」
断る。
「俺はハンバート・ハンバートじゃない」
「えーっ、じゃあオレが通りすがりの若いのと立ち話してても
ジェラシーひとつ感じてくれないの?あんまりじゃね?
オレなんか、さっき旅館の仲居が妙な目つきしてGにお茶注いだときにすら
必死で切れそうになる自分を抑えてたっていうのに!」
しみじみと、よくわからない。
「なんだ、妙な目つきって…俺は気づかなかったぞ」
ロッドは熱弁をふるい続ける。俺の言うことなど聞いてない。
「だいたいあの仲居チェックインの時点から失敬だよ、
なに初対面のGになれなれしく触ったりコート脱がしたりしてんだよ。
Gの世話焼くのは特戦メンバーの特権なんだよ。
あん時だって隣にきっちりいたじゃないかよ、
熟年夫婦のよーにしっぽり寄り添ったオレが。
あえてスルーしたんだとしたらいい度胸だよ、全く」
俺がロッドに世話を焼かれたことがあっただろうか。
書類を作成しているときにホットドッグを食った手でべたべた触られたこととか、
シャツをアイロンで焦がされたことはあるが。
ああ、たまに机の上に駄菓子や道端で摘んだらしい花が置いてあるが、
あれはロッドに言わせると世話を焼いていることになるのか?
「…まあ、落ち着いて肩まで湯につかれ。冷えるぞ」
「ありがと。Gってやさしいね」
ロッドは俺の胸板に頬を寄せてきた。
「誰も密着しろとは言っていない」
「Gってつめたい」
「なにせ仲居の秋波にも気づかない体たらくだからな」
「さっきからオレがGになにを伝えよーとしてるのか、
ぐらいはちゃんとわかってよね」
「お前が俺にぞっこんだということか?」
もう一度、いささかオーバーなのではないかというぐらいに頬を染めて
ロッドは水面をはじいた。
しぶきは正確に俺の顔に命中した。