落ちてきそうな青空の下、人為的に割られた地面の上でロッドは死にかけていた。体中の血は流れ、意識は朦朧としていた。

何度目だろう、こんなことは。彼は声にならない声で呟いた。しかし今、彼を支配しているのは苦痛ではなく快感だった。体が冷たくなっていき、頭の少し上あたりを走馬灯が駆け巡る、この感覚。生々しい生を実感するときだと彼は思う。

薄れゆく意識の中、彼が想うのは神のことだった。一応死後の世界を信じていたからだ。自分はきっと天国にいき、あのガリガリに痩せたユダヤ人の青年に愛されるだろう。彼はそう確信していた。キリスト教の教義なぞ知ったことではないが、彼は自分は世界中から愛されるべき容姿とキャラクターをもっていると常日頃から思っており、彼の揺るぎない自信はそこから来ていた。哀れみを感じずにはいられない事実である。

気付いたらロッドはシスティナ礼拝堂の中にいた。小学生のときにママと観光で訪れたあのシスティナ礼拝堂である。あのとき、肉体美を誇る青年たちがなまめかしく描かれている天井画は幼い彼に人間の不完全さを悟らせた。絵の中の美しい青年たちのような人間を彼はそれまで見たことがなかったからだ。しかし今、彼は自分がその青年たちより美しいと感じていた。これは成長の証だろうか?

鐘が鳴った。彼はふと思った。こんなところにいてはいけない。オレは美しいからきっと絵に取り込まれてしまう。

ロッドは外に出ようと思って扉を探したがそんなものはどこにもなかった。代わりに天井をぬけたはるか上空から長い縄が垂れ下がっていた。そんなものがあれば昇りたくなる。彼は長い時間をかけて昇っていった。縄はとある崩壊しきった神殿につながっていた。

モンス・デジテリオ、崩落した神殿を見てロッドはとある幻想画家の名前を思い出した。この風景は彼の作品に酷似しているのだ。

きっと、これはソロモンの神殿だ。システィナ礼拝堂は15世紀に再現されたソロモン王の神殿だから、きっとつながってるんだ。そう考えながら彼は瓦礫の上を歩いていった。絢爛豪華な礼拝堂より、こちらの方が彼は好きだった。彼は空と神殿の境目に来た。地面のへりから下方を覘くと雲だらけで地面が見えなかった。ずい分遠くにきたもんだ。ここが天国だろうか?彼は鼻歌まじりに今度は壊れきった神殿の中に入っていった。入り口をとおり、ひび割れた廊下を歩いていると、線の細い美しい少年がうずくまってる姿を見つけた。見たところ、東アジアの人間のようだった。

オレは死んじまったみたいだな、ロッドは少年に声をかけたが返答はなかった。 気まずさを感じながら彼は少年の隣に座った。近付いてわかったが、少年は必死になにかの卵を温めているようだった。

「それ、なんだい?」

「…カラス」

「ふーん。なんのために育ててんの?」

「ここからでるため」

「出てどうすんの?」

「うみにいく」

いいねぇ、どこの海にいくんだ?ロッドがそう尋ねると少年は彼の手をつかみ、神殿の中庭へ連れて行った。中庭にはぽっかりと大きな穴が空いており、そこからは海が見えた。海ではタンカーが座礁し、周辺に原油が流れ出ていた。しかしそれは何故か極めて美しく見えた。

なんだか、なんだかあの海はオレみたいだ。ロッドはそう思った。彼は無表情で海を眺める少年をじっと見つめた。きっとコイツもオレと同じ気持ちに違いない。

あ、突然少年が呟いた。たまごがかえる。

少年がそう言い終えた途端に卵はばりばりと割れ、中から黒い球体がでてきた。鳥じゃないじゃないか、これ。ロッドがそう言いながら触ると球体はメキメキと音を立てて、巨大なカラスに変身した。少年は黙ってその背に乗った。

「あなたは?のらないの?」

「乗っていいのか?」

「のらないの?」

「乗るさ、ちょっと待ってくれ」

ロッドは崩れた神殿のタイルをひとかけら拾うと急いでカラスの背によじ登った。カラスは穴からものすごいスピードで急降下していった。

「よう、気づいたか」

目が覚めるとロッドはガンマ団の医務室にいた。マーカーが自分の顔を覗き込んでいる。

「お、マーカーじゃん。オレ夢でお前に会ったよ、お互い気づかなかったけど。オレ、お前のおかげでなんか助かった気ぃする」

「そうか、じゃあ夢に出てやったんだからその分の出演料よこせよ」

「うん」

そう言うとロッドはマーカーのクマのできた目の下をペロッと舐めた。

「ほんと、お前ってつまんない男だな」

そう言いながらマーカーは笑っていた。