あのう、ほんとに、いいんです、そんな、たかが通行人Aに良くしてくださらなくて。
私なんか、取るに足らないじゃないですか。別に、あなたの大事な人間ってんでもないし。
他の人と違うとこって言ったら、オカマだってとこだけだし。
もっと魅力的な人一杯いるし、もっとマシな時間の過ごし方もあると思うんですよ。
あなたはきっと凄くモテるんでしょうに。
つまんないですよ、私を助けても。いいことなんか何にもないです。
ご心配かけたあげく、背負って家まで送ってくださるなんて。こんなに重いのに。
あのう…申し訳ないので、ほんと、よして下さい。
ねえ。
「…」
あー、静かすぎるわ、この人。
「ええと、ほんと、起こしてくださってありがとうございました」
笑ってるつもりなんだけど、今の私の顔なんか見られたもんじゃない。背負われてて良かった。
「ケガ、大丈夫ですか」
「いえ、こんなん大したことないですから、うん、ぜんぜん平気っ!!」
通りすがりのイケメンにそこまで心配されちゃあ却って心苦しい。
アザなんてほっときゃ消えますから。なんならツバでも付けときますから。
●
彼女は路上で倒れこんでいた。
殴られたらしく、目の周りを見事なまでに黒々と腫らして。
ヒラヒラとしたミニスカートがめくれ、ラメのかかった付け睫毛は剥がれ落ちて頬を伝い、街灯の光を反射してきらめいていた。今も、たぶん彼女のハンドバッグの中できらめいているのだろう。
「ええと、オカマバーで仕事してんですよ私。
今日は珍しく悪酔いしちゃって、ノリで後輩と口論に。
で、ついついその娘と拳で語り合ってしまって…その後覚えてないです」
「…てっきり暴漢に襲われたのかと」
彼女は一瞬息を潜めた。
「私、そんなにお金持ってそうでもグッとくるタイプでもないんでその点は大丈夫ですよ」
「…」
どう返せと言うんだ。ここで俺は彼女に熱烈なフォローを入れなければならないのか。
「あっ、私がブスだって言ってるんじゃないです。私はカワイイです。
ただ、そう思わない人の方が多いんじゃないかなって話です」
なるほど。
「良かった。『そんなことはないあなたはステキだ』と言わされるのかと思った」
「言ってくれるんですか?」
長い足が嬉しげに揺れる。ふさふさした毛皮で飾られたミュールが脱げはしないか。
「…いや、ありていに言ってあなたは悪趣味だと思う」
「へえー。関わり合いになりたくないような悪趣味な奴でも、家まで背負って送ってあげるの?
ずいぶん優しいんですね」
彼女の声は笑いを含んでいた。状況を楽しむ気になってきたらしい。
そういえば、どうしてこんなことをやっているんだろう?人殺しがする人助け。滑稽だ。
「そのハンドバッグのせいかもしれない」
スパンコールとラインストーンをこれでもかとばかりに貼り付けた、悪目立ちする代物。
「これ?安物ですよ。クレアーズの。母が買ってくれて、嬉しかったから大事にしてるの」
そんな心温まるエピソードがあるのか。
普段ならば決して言わないようなことだが、今は自然に口をついて出る。
「あなたがそれを持っているのがかわいいと思って」
「…嬉しいです。職場の人には、へんだって言われるの。子供っぽすぎて下品だって」
「そうか。…俺は、とても好きだ」
●
……私、女に生まれて良かったわ!
バラの香りの入浴剤ブチ込んでバスタブにつかっているときも、
アウトレットで大はしゃぎでお買い物してるときもそう思うけど、
今はことさらそう思う!
女って、すてきな人にほめられるのが一番嬉しいんだわ!
そう、ここまで来るのにも色々あった。
中学校の頃は自分はおかしいんじゃないかって悩みすぎてドブ板踏み抜いたりした。
高校のときは好きな男の子の恋愛相談を聞いてあげるハメになって憂鬱だった。
カミングアウトしたときはお父さんがショックで家出しちゃった。
お母さんが納得してくれるまで2年かかったわ。
でも、それはみんな意味のあることだったのよ!
「付いた。ここが、あなたの家?」
私が一人で盛り上がってる間に、世の中はさっさと前に進んでいた。
私はいやいや地面に降り立って、あらためて彼を見上げた。
背が高くて筋肉質で、でも知的なムードただよってて…どうしよう。
「ええ、ここです。本当にどうもありがとう。お礼にお茶でも」
誘ってはみたものの、彼はかたくなに断って行ってしまった。
でも、まあ、きっとそのうち会えるんじゃないかしら。
●
翌朝、何故かカンカンになったマーカーに叩き起こされた。
「G、お前昨日どこに行ってた!怒らないから正直に答えてみろっ!」
既に怒っている。
「…どういう意味だ?」
「とぼけるな!お前のシャツを洗おうとしたら、胸ポケットにこんなものが!」
マーカーが、ラメが幾分か剥がれ落ちた付け睫毛を突き出す。
「…やられた」
「何が『やられた』だ!クールに言い放ちやがって、こんなことで熱くなる私はバカだとでも言いたいのか!
一体私の何が不満なんだ、言ってみろ!よりにもよってこんな悪趣味な付け睫毛付けた女なんかと…!」
「いや、女じゃない、オカマだ」
「同じことだーっ!」
はずみで出た言葉とはいえ、彼女が聞いたらさぞ喜ぶだろうと呑気にも思った。