なんの気もなしにテレビをつけた。 歌謡曲のプロモーションビデオがただひたすら流れているだけの、 毒にも薬にもならないチャンネルに合わせる。 ヒップホップ界の貴公子。期待の大物新人アイドル。 若くして天才的な才能を開花させたR&Bシンガー。 幼少期のトラウマが売り物のラッパー。 「等身大の若者」。「キュートでパワフルな女の子」。「噂の的」。 被写体は、あぶくのように現れ流れては消え去ってゆく。

「ねーマーカー、こういうのって悲しい歌が多いと思わない?」

「どういう意味で」

「女の子が、クソな男にひどい目に合わされてる歌」

確かに、プロモーションビデオで流れる 悲しげな場面を数え上げれば枚挙にいとまがない。 夫に裏切られ、 恋人に暴力を振るわれ、 親に圧殺され、 それでも生きていなければならない。 悲鳴を歌声に変えて女たちは歌っている。

「お前みたいなのが世の中にはうじゃうじゃいるんだろ」

「はは、そうかもね。でもオレ知ってるんだぜ」

「私も知っている」

女は泣くのが好きなんだ。



「と、いうような話をした」

「なるほど」

Gは優しい。誰の話でもちゃんと聞く。

「昔の歌にも、そういった主旨のものがあった」

しかもきっちり反応してくれる。ああもうG大好き。

「小さい頃、ラジオのヒットチャートで聴いたのは、こんな歌だ」


私はあなたのオモチャじゃない、私をもてあそばないで。
他の男の子と出かけちゃいけないなんてどうかしてる。
いちいち指図しないで、私の言うことにまで口を出さないで。
デートのときに私を見せびらかすのはやめて。
私はあなたのオモチャじゃない、あなたの色に染まりたくなんかない。
縛り付けないで、いつまでもここにいたいなんて誰が言ったの?
私あなたに何をしろなんて言わない、だからあなたもそんなことしないで。
私は私でいたいだけ、お願い。

私は自由だし、自由な自分が好き。
何を話すか、何をするのか、自分で決めたい。



Gが歌うとシャレになんないぐらいエロい。 束縛。懇願。「解放してくれ」の連呼。
静かな、血を吐くような本音。 彼を囲んでいた強大な圧力が透けて見えるようだ。だが。

「私なら、そんな事は言わないな」

にっこり笑って見せた。時計は深夜2時を指している。 よい子はとっくにベッドに入っている時間だ。



私はお前のものだ。たくさんあるオモチャのひとつだ。

「G、こんど一緒にプレイ用のさるぐつわを買おう。ヘッドハーネス型の」

私はお前のものだ。「他の男と出かけたら殺してやる」なんてぜひ言って欲しい。

「黒い革の首輪も欲しいな。きっと、マーカー、お前によく似合う」

何をすればいいの、何を話せばいいの、ぜんぶ教えて欲しい。

「そしたら鎖を付けて引っ張ってくれないか?ご主人様って呼んでみたいんだ」

出かけるときにはきれいに着飾るよ、お前に恥なんてかかせない。

「目隠しもしようか。とても刺激的らしいから」

私はお前のものだ、お前の好きなように変えてくれ。

「ああ、ぜひ頼む。Gになら、何されてもいい」

私はお前のものだ、押さえつけていてくれ、ここにずっといたいから。

「マーカーになら、何でもしてやれる」

私はこうしてお前に干渉している、お前も同じようにしてくれ。

「G、私を泣かせてくれ」

私は私であり続けたい、お前抜きでは私はあり得ない。

「泣くのが好きなんだな」

私の自由はそこにある。



*参考楽曲―レスリー・ゴア『ユー・ドント・オウン・ミー』(1963年)