なんの気もなしにテレビをつけた。
歌謡曲のプロモーションビデオがただひたすら流れているだけの、
毒にも薬にもならないチャンネルに合わせる。
ヒップホップ界の貴公子。期待の大物新人アイドル。
若くして天才的な才能を開花させたR&Bシンガー。
幼少期のトラウマが売り物のラッパー。
「等身大の若者」。「キュートでパワフルな女の子」。「噂の的」。
被写体は、あぶくのように現れ流れては消え去ってゆく。
「ねーマーカー、こういうのって悲しい歌が多いと思わない?」
「どういう意味で」
「女の子が、クソな男にひどい目に合わされてる歌」
確かに、プロモーションビデオで流れる
悲しげな場面を数え上げれば枚挙にいとまがない。
夫に裏切られ、
恋人に暴力を振るわれ、
親に圧殺され、
それでも生きていなければならない。
悲鳴を歌声に変えて女たちは歌っている。
「お前みたいなのが世の中にはうじゃうじゃいるんだろ」
「はは、そうかもね。でもオレ知ってるんだぜ」
「私も知っている」
女は泣くのが好きなんだ。
●
「と、いうような話をした」
「なるほど」
Gは優しい。誰の話でもちゃんと聞く。
「昔の歌にも、そういった主旨のものがあった」
しかもきっちり反応してくれる。ああもうG大好き。
「小さい頃、ラジオのヒットチャートで聴いたのは、こんな歌だ」
私はあなたのオモチャじゃない、私をもてあそばないで。
他の男の子と出かけちゃいけないなんてどうかしてる。
いちいち指図しないで、私の言うことにまで口を出さないで。
デートのときに私を見せびらかすのはやめて。
私はあなたのオモチャじゃない、あなたの色に染まりたくなんかない。
縛り付けないで、いつまでもここにいたいなんて誰が言ったの?
私あなたに何をしろなんて言わない、だからあなたもそんなことしないで。
私は私でいたいだけ、お願い。
私は自由だし、自由な自分が好き。
何を話すか、何をするのか、自分で決めたい。
Gが歌うとシャレになんないぐらいエロい。
束縛。懇願。「解放してくれ」の連呼。
静かな、血を吐くような本音。
彼を囲んでいた強大な圧力が透けて見えるようだ。だが。
「私なら、そんな事は言わないな」
にっこり笑って見せた。時計は深夜2時を指している。
よい子はとっくにベッドに入っている時間だ。
●
私はお前のものだ。たくさんあるオモチャのひとつだ。
「G、こんど一緒にプレイ用のさるぐつわを買おう。ヘッドハーネス型の」
私はお前のものだ。「他の男と出かけたら殺してやる」なんてぜひ言って欲しい。
「黒い革の首輪も欲しいな。きっと、マーカー、お前によく似合う」
何をすればいいの、何を話せばいいの、ぜんぶ教えて欲しい。
「そしたら鎖を付けて引っ張ってくれないか?ご主人様って呼んでみたいんだ」
出かけるときにはきれいに着飾るよ、お前に恥なんてかかせない。
「目隠しもしようか。とても刺激的らしいから」
私はお前のものだ、お前の好きなように変えてくれ。
「ああ、ぜひ頼む。Gになら、何されてもいい」
私はお前のものだ、押さえつけていてくれ、ここにずっといたいから。
「マーカーになら、何でもしてやれる」
私はこうしてお前に干渉している、お前も同じようにしてくれ。
「G、私を泣かせてくれ」
私は私であり続けたい、お前抜きでは私はあり得ない。
「泣くのが好きなんだな」
私の自由はそこにある。
*参考楽曲―レスリー・ゴア『ユー・ドント・オウン・ミー』(1963年)