マーカーは確かに私の目を見ていました。奇妙に落ち着いた様子で、日が沈んで暗くなった窓を背にして。 磨かれたガラスが彼の後姿を映していました。妙にぴかぴかして作り物のようだった。 その作り物のような映像がふっと掻き消えて、気づけば彼は私の横に、寄り添って立っていました。

「退屈なんだ」

理不尽なアプローチもあったもんです。 私は彼の暇つぶしのお遊びに付き合う気なんか、当初はこれっぽっちも、なかった。



滅多に来る者もないんですが、まあそこは一応、医務室に鍵をかけてみました。 そうでもしなきゃこれが秘すべき事だというのを忘れそうで。

「なんでまた私なんですか」

特に理由はないんでしょう、多分。

「いちばん私に惚れなさそうだから」

ああ、そりゃあ言えてる。

「ですよねえ、アッタマ悪い人間なんか人間じゃないですもん、私の基準じゃ」

マーカーはにやにや笑いました。化け猫が行灯の油を舐めるとき、やっぱりこんな顔するんでしょう。

「問題はな、お前が獣姦もいける変態だったらって事だ」

言うなりベッドの上に座り、足を高々と組んで来いという手振りをしてみせました。 まったく品も何もあったもんじゃないですが、その欲望に忠実な所作は、かえってすがすがしくもありました。

「鶏を自慰に使う男はいるでしょうが、鶏に求婚する男はどうでしょうね。寡聞にして聞いた事がない」

「バイブレーターに操を立ててる女というのも聞かないな」

顎に手をかけて、改めてマーカーの顔を検分してみました。黙ってさえいればまっとうな人間に見えます。 美男子と言ってやってもいい。そっと頬を撫で上げて見ました。触れるか触れないか、すれすれの所で。 無遠慮に身体の中に押し入るより、その方がよほど感じるのを私は知っています。

「…」

うっとりと苦悶の表情を浮かべた顔はいつもの仏頂面と打って変わって見る者の性的な感受性に何かを訴えかけます。 この男が私の美意識にかなう容姿をしていて良かった。 好みでもない奴に目の前でさかられると張り倒したくなるほどムカつきますからね。

ゆっくりと押し倒しました。何、勢いよくやったんじゃベッドのスプリングが傷むと思ったのです。



「はあー。そんでお前、高松とやったの」

隊長って凄いな。まっすぐな瞳で訊くもんな。まだ酒も入ってないのに。

「やりました。思ってたより良かった」

私も紅茶差し出しながらまっすぐな瞳で答えたけどな。

「向こうはどう思ってんだろうなあ」

「マグロだとか思ったんじゃねえの」

口挟むなイタリア人。

「マグロなのはお前が相手の時だけだ。お前がヘタクソすぎてこの野郎さっさと終わらせろと思うからああなんだ」

タレ目がこぼれ落ちそうな顔しやがって。いい気味だ。

「言っとくけどオレはヘタクソなわけじゃないよ。お前相手だから手ェ抜いてんだよ」

なんだそれ。

「…分かった。今すぐ土下座して謝るかケツの穴に火炎瓶突っ込まれてヒイヒイ言わされるか選ばせてやる。どっちだ」

「どっちもやだ」

「じゃ、オーブンでこんがり丸焼きにしてやる。ポテトも添えてな」

「それよかさあ」

ふと横を見たら隊長は思いっきり吹き出していたのだったがロッドはそんな事にはおかまいないようだった。

「オレが真剣にお前とやればそれでいいんじゃねえの?」

「お前よりドクターの方がいい。持久力がある」

そして隊長の哄笑がこだました。イギリス人ってのは本当につまらん下ネタが好きだな。


ついでに言い添えておくとロッドは一週間ほど私と口をきこうとしなかったが、断じて私は悪くない。