混沌を愛する、人類偏愛主義的な一人の男。
彼は、誰かが絶望から立ち上がりさえすれば、
そいつにはバラ色の人間性が生まれると信じている。
人間の可能性を疑わない男。
だから彼は世界中を血で建て直そうとする、火種をばらまいて。
彼の傲慢さは能力に見合っている。過剰なまでに見合っている。
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信念を曲げない男。彼の規範は彼の裡にしかない。
彼の入隊時の話は有名だ。若さと野心と高邁さと奸智。
あたかも奇跡のようなビルディングス・ストーリー。
人間が汚物の中から這い出て勝利を勝ち取る姿は美しい。
私には彼が好ましい。
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そのいくぶん誇大妄想的な、しかし充分に尊い慈愛でもって抱擁されたい。
打擲されたい。
賛美されたい。
罵倒されたい。
彼らはそう思う。
お互いどこか近しい感じがするから。
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創立記念式典の会場は炎に包まれていた。
会場で自爆したやつがいたからだ。
いちおうガンマ団に所属していた、しがない研究員だ。
彼は先週自ら開発した新型地雷を発表したばかりだった。
「人類の敵めっ!!」
総帥に向かって叫んだ、それが辞世の言葉だった。
そして爆発の混乱は、建物の外で反ガンマ団
デモを続ける人間たちを屋内へと誘い寄せた。
『弱者を虐げる企業に制裁を!』
プラカードの群れが明確な悪意を伴って現れる。
市民たちの目は輝いていた。
彼らは建物に火をつけた。
彼らは自分たちを取り押さえる警備兵たちを、
あたかも警備兵たちが無礼を働い
た返礼ででもあるかのように、プラカードで殴った。
相手が自分に危害を加えないことを彼らは知っていたし、
だからと言って暴れてもみくちゃになりさえすればかすり傷ぐらいは
付くことも彼らは知っていた。
今、暴徒と化している市民は後のインタビューで、
不幸なかすり傷を高々と掲げこう答えるに違いないのだ。
「ぼくたちは不当に取り扱われました。
自分の意見を主張しただけなのに!
見てくださいこの傷!
兵士につけられたのですよ」
彼らは民間人であるという特権的な身分によって守られている。
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消防隊はすぐにやってきた。
混乱の中、マーカーはそつなく総帥の護衛をこなし、
総帥の秘書が運転する車で本部に向かっていた。
会場の喧騒は完全防音のはずの車体にまで
聞こえてくるような気がする。
「私が巻き起こしたことなのは承知しているが、
実に理解に苦しむね」
総帥が口火を切った。
「あれを社会正義の行使と呼ぶのだから」
「精一杯の自己表現なんですよ」
「ふーん、やはり無駄な人口は少ないほうがいいな。
自分の問題も解決できない人間が、
名前も知らないような国に住んでる
幼児や女性のために道路をムニャムニャ言いながらふらついて、
ただそこにあるだけの建物を破壊することで救おうと言うんだ。
滑稽だね」
予想以上に幼児的な総帥の発言内容は
マーカーを驚かせた。
しかし独裁者によくある自己顕示欲とその幼児性によって、
彼は総帥にはじめて人間らしさを感じることができた。
そういった親しみを持つことでますます彼に惹かれた。
「総帥」
「なんだい?」
「状況を楽しんでるでしょう?」
言い終わらないうちに彼の口はマジックの口で塞がれた。
絡みあう舌と舌。えもいわれぬ恍惚感。
運転席で秘書が舌打ちをした。
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翌朝、ハーレムは新聞記事を見ながら
苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
隣ではマーカーがえらく嬉しそうに彼に
コーヒーのおかわりを注いでいる。
「やっぱ俺、行けばよかった」
「そうですね」
「テキトーにながしてるだろ、お前」
「そうですね」
「もういいよ」
「そうですね」
コーヒーが溢れた。
外では雨が降っている。