少年はすべてに関して無関心だった。 他人に対しても、世界に対しても、自分に対しても。 だから、父親が母親を捨てたことも、母親が不気味な炎をだす自分を捨てたことに対しても、彼は関心がなかった。 彼にとって、それらはせいぜい「あ、困ったな」の一言で片付けてしまえるような出来事だったのである。
多少成長すると、どうやら他人には感情という面倒くさいものがあり、世の中には、それに基づくまま生きている人間が彼が思っているより沢山いるということに気づいた。 これで「おっかいへん」とか「えずくろしい」といった言葉が自分を形容する際に使われている理由がはっきりした。
その発見は彼にいくぶんかの衝撃を与えたが、彼はすぐに「そうか、そういうもんか」で済ませてしまい、人と違う自分に打ちのめされたりしなかった。それができたらどれだけ幸せだったろう! 彼は感情なんかのことより「畳の目の数とトンボの目の数の法則性」や「人間の鼻や耳のように見えるふとんのしみ」の方が重要だったのである。
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しばらくして、彼はある中国人の青年にひきとられ、特殊能力を磨くことになった。 青年は無口だったし、感情を表に出すことはあまりなかった。 だが、動作やたまに発する言葉から彼が、人間に、なによりも自分自身に対する愛情にあふれているということが少年に理解できた。 青年は生きることを心から愛していたし、その意義も見出していた。 そのためだろうか、彼の炎はおよそ情熱的だった。
人間とは本来こうあるべきなのかもしれないと、彼ははじめて他人に関心をもちはじめた。それと同時に自分は人間性に欠けているという自覚がようやく生まれた。
少年には志がない。ただ流されるままに生きているだけである。今も。これからも。
自分は惰性の産物なのだろうか。 しかし、彼自身それを悲しんだりはしなかった。 「ええやん、べつだん」感想はそれだけだった。
夜だった。裸電球のまわりには蛾が飛び回っていた。 青年はラジオの人生相談を熱心に聴いていたが彼はかまわずに話し出した。
「お師匠はん」
「…なんだ?」
「わて、ちょっと、自分がどえらい難儀くさがり屋な気がするんどす」
「ほー」
「でも、それ別に悪いことだと思ってないんどす。わて、いろんなことに関心ないけど、それかてかまわへん。わて、おかしいどすか?」
「えー、いいんじゃないか別に、ダレもお前に人間好きになれとは強要しとらん」
「そうどすな、下らん話して、どうもすんまへん」
「全くだ」
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十年たった。少年は立派な青年になり、彼は今青空の下で焼身自殺の真っ最中だった。仲間を守るためだった。 自分のとった行動は考えも付かなかったことだが、別段当惑はしていなかった。 死がここまで自分に訪れても悲しいとか嬉しいといった感情は自分に生まれていない。 ただいつものように成り行きに身を任せるだけだった。
「わてはやっぱり自分のことどうでもええんやなあ」
そう呟いた。 そのとき、彼はなんだか少し嬉しかった。
自分が殺したい相手の顔を彼は見た。自分に能力の扱い方を教えた青年。 彼は知っていた。自分の命をかけたこの技でも青年を傷つけることすらできないであろうと。力の差は歴然としているのだ。十年前から。
十年前と同じ姿で青年は何もせずただ立っていた。 ほんのり笑みを浮かべながら。 その笑顔はなぜか彼をおとしいれた。
諦念に等しい歓喜の渦へと。