兵庫県宍粟郡
山崎町
山崎町にはなんと16世帯の鶴崎さんがおられ、うち13世帯が鶴木という所に集中してお住まいです。山崎町にゆかりのある方、是非情報をお願いします。下記メールか、トップページの掲示板でご連絡ください。
「宍粟市山崎の鶴崎さん」
(情報)
(1)A様からの情報:
うちの家は代々農家で、苗字を正式に名乗ったのはおそらく明治以降であろうとのことです。先祖代々の地である鶴木の地には「鶴木左衛門(つるぎ ざえもん)」という人物の墓があるそうです。伯父によれば(これはあくまで推測の域を出ないのですが)「鶴ア」の「鶴」は、この人の苗字からとったのではないか、ということでした。 
 → 貴重な情報有難う御座いました。鶴木さんとの関係、興味がわきますね。また鶴木神社や近くの遊鶴寺があり同じ鶴の名前が付いており何か関係がありそうです。ただ残念な事に、山崎町には、電話帳で見る限り鶴木姓の方は居られないようですね。
(2)先祖代々鶴木にお住まいのB様からの情報:
鶴木には昔から代表的な4つの姓があり、それは「井上」、「鶴崎」、「前田」、「谷口」です。
鶴木左衛門さんの苗字は「井上」であり、「井上鶴木左衛門」というのが姓名で現在も子孫といわれる井上氏の家で祭られています。
よって、「鶴崎」姓との直接の関連は無く、「鶴」の字が一致するためAさんのように言う人もありますが、定かではありません。
→ 鶴木左衛門様の苗字は「井上」様のようですね。情報有難うございました。
  
鶴木
揖保川
菅野川
山崎町・鶴木(つるぎ)の歴史
古くは、木とも書いた。揖保川の支流、管野川の下流域。
{近世}鶴木村
江戸〜明治22年の村名、播磨国宍粟(しそう)郡のうち。始め姫路藩領、元和元年(1615)から山崎藩領。
村高は、「正保郷帳」161石余のうち田135石余、畑26余。「天保郷帳」「旧高旧領」でも161石余。寛文年間の下村氏手控によれば、四ツ成高227石余、田7町余、畑3町余、家数15、人数84、馬5、牛10。郷中古事録では、延宝7年(1679)の田7町余、畑3町余、馬2、牛9、宝暦年間の家数27、人数100。明和3年(1766)の米成80石余、大豆15石余。
神社は、金毘羅神社(鶴木神社)。
明治14年の戸数24、人口111人、田9町余、畑2町(播磨国地種便覧)。
明治22年、城下村の大字となる
{近代}明治22年〜現在の大字名。
始め城下村、昭和30年からは、近隣村合併により山崎町となりその大字。明治24年の戸数25、人口は男72、女77人。昭和45年は戸数36、人口170人 。
管野川周辺は、竹薮が多いので知られていたが、戦後はほとんど姿を消した。

                                        出典「角川日本地名辞典」による。
金毘羅神社
メール
山崎町は平成17年(2005)4月1日、一宮町・波賀町・千種町が4町合併して宍粟市(しそうし)
となった。
宍粟市役所
(3)日本姓氏語源辞典の記載情報:
 兵庫県宍粟市山崎町鶴木での「鶴」の字を使用した明治新姓。との記載あり。