| はじめに |
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2013年5月 「櫻井 武雄記念 合唱団 鶴」として、新しい“鶴”が誕生しました。
2013年4月20日、いずみホールにて「合唱団 鶴 櫻井 武雄とその仲間たち」の最後の
舞台として“櫻井 武雄追悼 第7回演奏会”が満席のお客様に支えられてその目的を
果たすことができました。
演奏会後、音楽家 櫻井 武雄氏から受け継いだものを大切に思い、合唱団の継続を
強く希望する団員及びこれまで「合唱団 鶴」をご支援頂いた多くの人たちの後押しを
受け、力強い意志を持って「櫻井 武雄記念 合唱団 鶴」は、正指揮者として瀬野光子
先生を迎え新しく飛び立ちました。
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| 合唱団 鶴 の生い立ち |
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1998年、指揮者櫻井武雄氏が満80歳を迎えられるに当たって、大阪芸術大学で櫻井
先生の薫陶を受け、既に立派な歌手として活躍する三原 剛、茶木 敏行氏らの提唱に
より、お祝いのコンサートをプレゼントしようと62名が集い「櫻井 武雄とその仲間たち
合唱団 鶴」が編成され、1999年5月 大阪“ いずみホール”で、満席のお客様に支えら
れて、その目的を果たすことができました。その後、団員として継続できる人たちの強
い希望が有り、新しいメンバーを加えて復活再生したのが、「合唱団 鶴 櫻井武雄と
その仲間たち」です。
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第1回演奏会
1999年5月29日
いずみホール
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| 合唱団 鶴 の育ての親 |
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初代指揮者櫻井武雄氏は、1953年ショスタコーヴィッチのオラトリオ「森の歌」の日本
初演をはじめ日本の合唱運動の発展に力を尽くし多くの実績を残されました。
「合唱団鶴」の指揮者として、常に平和の大切さ、先生の創り出す音楽、生き方、考え
方を熱い情熱を持って語り、団員を引っ張ってこられました。
「合唱団 鶴」に、多くの方に愛された個性があるとすれば、それはその選曲にありま
す。また「美しい人の和」、「平和への希い」を大切に思う人たちの集まりとして合唱団
を育てられた結果でもあります。
“僕は95歳まで合唱団 鶴の指揮をしたいなぁ”とおっしゃりながら、病床で構想を練ら
れたプログラム(第7回演奏会)を指揮することは叶わず“白い鶴となって”2012年4月
24日、天国に旅立たれました。94歳でした。
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| 初代指揮者 故櫻井 武雄 |
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1918年東京に生まれる。武蔵野音楽学校卒業と同時に兵役入隊、満州国において零
下40度のソ連との国境警備を体験。広島、長崎に原爆、敗戦除隊。
作曲を諸井三郎、指揮を斎藤秀雄の両氏に師事。1953年、ショスタコーヴィッチのオラ
トリオ「森の歌」本邦初演で注目を浴び、1963年から外山雄三氏と共に、大阪労音(現
新音)の大合唱運動に力を尽し、ベートーヴェンの「第九」をはじめ「ミサ・ソレムニ
ス」、モーツァルトならびにヴェルディの「レクイエム」、ブリッテン「戦争レクイエム」等、
数多くの合唱指揮を担当し、また大阪第一合唱団、大阪センチュリー合唱団、合唱団
鶴、富田林女声コーラスの指揮者を歴任、「一万人の第九」(1983年〜2002年)の合
唱指導者の一人でもあった。
1972年、「大阪クリティク・クラブ」賞、1980年大阪府・大阪市文化賞を受ける。
反核日本の音楽家たち 関西代表、音楽九条の会 呼びかけ人として、音楽を通じて
平和運動に力を尽くした。
教育歴 : 京都市立音楽短大講師、同芸術大学助教授。後に大阪芸術大学教授演奏
学科長。大阪芸術大学名誉教授。 2012年4月24日 没。 |

「森の歌」初演50周年記念演奏会
2003年9月20日
ザ・シンフォニーホール
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