つばめ(主編=月島編)

それは、冬が近いある冷たい風の吹く日でした。
丘の上から一人の男が眼下に広がる浜辺を眺めていました。
その顔には何の表情もなく、銀色に縁取られた眼鏡の奥の瞳は何も見てはいません。ただ、浜辺の方向を向いているだけ。
丘にある灯台の手すりには、なぜそこにいるのか、ツバメが一羽、悲しげに鳴いていました。
その声に、初めて気がついた男は顔をツバメに向けます。瞳の中にその姿を映して感情もない声でつぶやくように声を出し、
「お前も渡り損ねたのか・・・僕と同じだな」
そうしてまた、浜辺に顔を戻してつぶやきました。
「今からでも・・・渡れるんだろうか?」
冬を運ぶ冷たい風は海を駆け抜け、はじける白波は遠い昔を呼び起こすかのように見えてー

月島かおる。かおると言っても別に女ではない。そうして、まるで女のように子供の頃からからかわれていたため、名前で呼ばれることが嫌いである。
生まれたときから男なのにひょろりとした弱弱しい体格もそうやってはやしたてられた原因だったのだろう。
外に出るのも嫌いで、もっぱら機械の部品を作る工場をしていた自分の家の中で機械について書かれた父の本などを読んで過ごすことが多かった。
そうして、やがて戦争がはじまると、次々と友人は戦場に駆り出されていき、月島だけは体の弱さと、機械に達者な腕で持って戦場行きを免れていた。とはいえ、父と共に兵器工場と姿を変えた我が家で人殺しのための道具を作っていたのだが。流れに逆らえるわけでもなく、なされるがままに時が過ぎていくのだった。
日に日に日本の戦況は悪化していた。
しかし、国はあくまでも戦意高揚のために偽りの戦勝を国民に与え続けていた。
月島にとっては、別に勝っても負けてもなんでもよかった。はやく戦争が終わって、友達とまた本を広げて途方もない空想の話をしたかった。
家族と人の役に立つ機械を作りながらのんびりと暮らしたあの頃に帰りたかった。
ただそれだけを考えて、月島は戦争の道具を作り続けていた。
東京では頻繁に空襲があり、南の夜空が明るいことがたびたびあった。
しかし、月島のいる田舎町の人々は誰も心配などしていなかった。
そんなある日、月島は用事でとなりの町へ行っていた。すっかり戻るのが遅れ、暗くなった道を歩いていると、空を不気味な飛行音が覆った。
はっとして顔を上げると、闇の中に見える飛行機の編隊。
胸が急にどきどきと鳴り始める。
早く帰らなければ。
自分の街の方角に急に大きな明かりがともった。
生まれて初めて、彼は全力で走った。
これが間違いであってほしい、そう何度も自分に言い聞かせながら。
そうして、戻った頃には、家のあったところは炎の海になっていた。
月島は大声で家族の名を呼んだ。答えが帰ってきてほしかった。しかし、泣きながら家族を呼ぶ月島の声は、燃え落ちる家屋の音にかき消された。
それから・・・戦争が終わってから、月島は丘の見える港へ来ていた。
港といっても、砂浜からはしごを船に渡したおおよそ港とはいえない代物の場所だった。
せめて、友達が戻ってくれば。そう願って、港に来ていた。
けれど、いくら待っても。誰も戻ってこなかった。戻ってきたのは随分と小さくなった彼等だったものだけ。それらは、彼等の家族の元へと帰っていった。
誰もいなくなってしまった。しかし、月島の簡単な機械の技術でも、その頃は随分と頼りにされたため、彼は余計なことを考える暇もなく電気を通したり、壊れた家電を直したり、そんな作業を機械のようにずっと続けていた。
なんだかよくわからないまま、いつしか日本は戦後を払拭するように立ち直っていた。そんな中で、月島はずっと考えないでいたことが今更急にあふれだして、かつて友を待ち続けた港の丘へ来ていた。

渡り損ねた渡り鳥はどうなるんだろう?
月島は考えていました。
ここまでただ無心で、ほとんど人付き合いもせずに流されるままに過ごしてきた自分。振り返ればただしみのように影が広がり、前を見れば漠然とした白い世界が見えるだけです。
「あのとき、僕は渡りそこねたんだ・・・」
彼の立つ丘は灯台のほうはほとんどがけになっていました。
海は全ての命の源といわれています。海を眺めていると、そこから家族や友達のところへ行けそうな気もしました。
がけに近づくと、うなりをたてて冷たい風が体を押し戻して吹き過ぎていきました。
「やめときな、そんなことしたって、人様に迷惑をかけるだけだぜ」
ふいにかけられた声に振り向くと、海に背を向けて男が立っていました。
「ほっといてくれよ、僕は渡りそこねたんだ」
ぼさぼさ頭の男は眉をひそめて月島を見つめます。
「渡りそこね?」
「そうさ、空襲で僕は家族で一人生き残ってしまった。友達は戦場から一人も帰ってこなかった。渡りそこねたんだ・・・だから。今から渡って帰るんだ・・・」
その答えに男は乾いた笑い声を出しました。
「面白いな。それで渡りそこねか」
「笑うなよ!こっちは真剣なんだぞ」
「それなら俺も渡りそこねというのかもな」
男が月島に笑いかけた。どこかさびしそうに。
男は海を眺めながら言います。
「俺は、戦場に行って帰ってきたら、家族も恋人も死んでいた」
「え・・・」
「この丘に戻ってきたとき、誰も待っていてくれる人がいないってのも辛いもんだったぜ」
「・・・そうなのか」
「今でも誰かいないかと来てしまうんだ。・・・誰もいやしないのに、な」
月島はなんだか男の気持ちが分かる気がしていたたまれなくてうつむいてしまいました。男のほうもむなしいような、さみしいような顔で黙ってしまいました。
そうして二人は何も言わず、そこに立っていました。聞こえてくるのは風の音と波の音だけ。
しばらくそうしていると男が月島に話しかけました。
「今日は初めて人に会ったんで面白かったぜ。さ、話はおしまいだから行くならとっとと行っていいぞ」
「えっと、どこへ?」
「身投げ。するんだろ?」
「あ・・・そうだっけ」
月島は改めてがけの下をみます。そこは結構な高さで下にはごつごつした岩が海の中からのぞいています。落ちたらかなり痛そうです。
じっくりとそこを確認した後、月島は男に顔を上げて遠慮がちに言いました。
「やめておこう。人様に迷惑をかけたらあの世で母さんになんていわれるか、とりあえず死ぬのは流れに任せるよ・・・」
「ふっ・・・はははっ!そりゃそうかもな!」
男が吹き出して笑い出すと、月島もよくわからないけどおかしくなってきて笑い出しました。それはここ何年もない笑顔でした。
急に、灯台のツバメが元気良く鳴き始めました。
二人は何事かと顔をそろえてツバメをみていると、なんだか丘に向かってくる気の抜けた声が近づいてきます。
「今日も来たよひろしー!」
現れたのはぽっちゃりした男でした。男が見えるとツバメはすいっと飛んでそのぽっちゃりした男の周りを回ります。
「は〜い、おいしい虫だよ〜」
男は持っていた紙袋から芋虫をたくさん取り出してあたりにばらまき、自分も近くに座って、ふところから大きな包みを取り出します。
月島とぼさぼさ頭の男はあっけにとられてその光景を見ていました。
「ひろし・・・ってあのツバメか?」
「・・・そうじゃないの?」
ぽっちゃり男は包みから大きなおにぎりを取り出してぱくつきはじめました。
そして一口食べて幸せそうに笑います。
「おいしい!」
ぽっちゃり男はここで月島たちに気がつき、まったく警戒もせずにニコニコ笑っておにぎりの包みを差し出してきました。
「どうしたんですかっ、なんだか暗いですよ?そんなときはおいしい食べ物です!おいしいものって誰でも笑顔になれるから。ね!」
「あ、ありがとう」
「そういえば今日はまだ何も食ってなかったな」
月島は座っておにぎりをかじった。となりのぽっちゃりした男はスイスイと空を飛ぶツバメをじっとうれしそうに見守っている。
「君はいつもあのツバメに餌をやりにきているのかい?」
「ひろしはさー友達なんだぁ、2年前からずっと」
「2年前!?」
「うん、あいつうちのデパートの入り口にある巣で生まれたんだ。だけど全然渡らないでいる変わり者なんだよ。で、たまにここに顔を見に来てるんだ〜」
男はくすくす笑いながら答えた。
月島は驚いて空を飛び回るツバメを目で追いかけた。
そして笑った。
「そうか・・・お前は渡りそこねたなんて思っていないんだな」
「え?なに?」
「なんでもないよ。そうだ、私は月島って言うんだ。はじめまして」
「こちらこそ!そっちのざんばら頭の人はなんていうの?」
「誰がざんばらだ!俺はなぁー」
これが、後に大塚の目の前に現れる月島一味の出会い。
ちなみに、月光も、有名デパートの三男で、戦争にも行っています。だけど三男なので期待もなにもかけられておらず戦争に行って帰ってくると、彼の居場所は家庭のどこにもなかったという事実を、その後本人の口から月島と月影は知るのです。
そんな寄る場のない3人が身を寄せ合って作った家族。
月島と愉快な仲間の生活はここから始まるのです。

その後、鉄人28号とそれに関連する人たちの話題が新聞の紙面をにぎわすようになり、
「いいなぁ、目立ってて。特にこの敷島って人はいいなぁ。同じ眼鏡としてうらやましい・・・」
月島は新聞に載った鉄人の写った写真を切り取りながらうっとりした。
「最近やたらに目立ちたがってるよね、オヤブンは」
「ふ、今まで日陰の生活だったからその反動だろ」

さらに何ヶ月かして、
「おいっ!これを見ろ、月影!月光!」
扉をけとばして月島が部屋に飛び込んできた。
興奮した様子でテーブルに今日の新聞を置く。
「て、鉄人がアメリカに行くんだって、こいつはチャンスだ!!」
「・・・何がです?」
「決まってるだろ、今なら目立てる!!」
月島の目が輝いていた。
月影は主の言葉に目が点になる。あまりにも急な思い付きだ。
「はい?」
子分の戸惑いは気にもせず、月島は手に持っていた紙を広げる。そこには文字と図形が書き込まれていた。
「計画はこれこの通り作ってある!!」
「わーオヤブンやる気満々だー」
喜ぶ月光の横で、内容を見ていた月影は眉をひそめる。
「・・・おい、あんたこれって」
「ふっふっふ、これで日本の警察をギャフンといわせてやる!!」
「犯罪かよ」
「私専用のコスチュームも作ったぞ、さー着替えてくるから見て見て!!」
月島は小躍りして部屋を出て行った。
後に残された太めの月光とボサボサ頭の月影。
「ね、どうするのさ、月影は」
月光の問いに、月影はニヤリと笑って答えた。
「ついていくさ、あの人といると退屈しないんだ。お前だってそうだろ、月光」
「うん、そうだね!」

そして、
「初めまして警察の皆さん!私の名はドクター・ムーンとでも呼んでくれたまえ!」
月島はお手製の覆面とマントに身を包み、なんだか別の意味で目立って世間にデビューする。そのとき、彼はとても幸せだったのだ。生きてるという感触に包まれながら。
それは、もちろん彼の子分である月影も月光も同じだった。

渡りそこねた渡り鳥は、けっこうたくましく生きていたりするのだった。
なぜなら、彼は渡りそこねたのではなくて、自らの意思でそこにとどまることを決意したのだから。

おしまい。

月島一味結成の秘密。3人の出会いと過去のお話。