暗き闇の淵より・第2話『月島の助っ人ゲット大作戦・敷島博士編』


月島と高見沢は連れ立って夕暮れの道を歩いていた。
「ありがとう、お高ちゃん。手伝ってくれて」
「いいのよ、私も好きでやってるんだから、かおるちゃん」
「そうだ、お高ちゃん・・・その、『かおるちゃん』ね、敷島博士その他の人に言わないよーに」
「なんで?村雨さんも、子分さんも知ってるんだからいいじゃない」
「いや、あの3人は言わないからいいんだ。・・・もともと苦手なんだよ名前を呼ばれるのは」
「私はいいの?」
「えっ?うん、君はなぜか大丈夫なんだよね」
「ふ〜ん、わかったわ。そこまで言うなら秘密にしとくわね」
「恩に着るよ」
なんて会話をしながら、二人はたどりついた敷島の自宅の呼び鈴を押したのだった。

すっかり日は暮れていた。
敷島は仕事を終えて、帰宅の途につくところである。
「遅くまでお疲れ様です。博士」
門の所で警備員が笑顔で手を振る。
「ああ。では、さようなら」
最近は毎日、敷島が最後にここを出ることが多くなっていた。敷島重工、今や戦後の日本の代表的な重工業企業である。
彼はその創始者であり、責任者であり、主任研究員である。
周りからは働きすぎだと言われるが、彼はこれでも足りないくらいだと思っている。なぜなら、彼には大切な、守るもの、背負うものが多くあるから。
例えばそれは、愛する妻と息子であったり、会社の従業員であったり、金田博士の忘れ形見、正太郎のことであったり。
だから、後ろなど振り返っている暇はない。先を見据えて、前だけを見て、自分は進んでいかなければならないのだと。そう考えているからこそ、敷島は日夜自分にやれることをやれるだけやっているのだ。

自宅に着いた敷島は、いつものように戸を開けた。
そして、いつもとは違うものを見た。
「やぁ、おかえりなさい」
「父さん、おかえりなさい!」
玄関には息子鉄男と、そして
「なんで君は私の家にいるのか、月島くん」
最近敷島の周囲でうろつくあやしい銀縁眼鏡の男がそこにいた。
月島はうれしそうに敷島に手を振った。
「私もいますよー。は・か・せ!」
月島の影から飛び出す元気な女性。見慣れたその顔に敷島は目を丸くした。
「お高ちゃん!」
なんで、月島は彼女と一緒なのか。それに鉄男もなんだか彼に気を許しているようだし。一体何がどうしているのか。
玄関で呆然と立ち尽くす敷島の前で、月島と高見沢はお互いに笑いながら見つめあう。
「あはは。お高ちゃんの口利きで、博士の家にお邪魔させてもらったんですよ。いやぁ〜、奥さんは綺麗だし、鉄男君とも仲良くなれましてね。来て良かったなぁ」
「ね、ね!今回はあたしのおかげなんだから、今度化粧品買ってね!かおるちゃんっ!」
「いいとも!」
「わぁい、やったぁ!!」
そこで高見沢が敷島のほうを見つめ、突っ立ったままの彼の手を取る。
「さぁさぁ、博士。あがってくださいよ!」
「ああ、かばんは私がお持ちしましょう」
ここは自分の家なんだが。と敷島は心の中で思ったが、口に出す気力はなかった。
なんだかここ数日の疲れがどっと出た気がした。

落ち着いてから話を聞けば、どうやら月島から敷島にちょっと込み入った話があるそうで、敷島は聞くだけ聞いて帰ってもらおうと、休むまもなく彼等を応接室に招いた。
「さて、では始めにこれを見てください」
月島は薄い書類を敷島に渡した。敷島は受け取り、中を確認する。
「これは・・・」
「見て、どう思います」
「どうといっても、この内容は私の分野ではないからね。しかし、土木関係の大手が手を引いているんだね。別段これといった難しい仕事ではないようだが。何か理由があるんだろうが、ここには書いていないね」
敷島が言うと、月島はうなずく。
「そうなんです。これは私が国のほうからやるように言われたんですが、どうにも不審な点が多くてですね。それであなたにも力を貸してはもらえないかと」
「確かにおかしな所はあるようだが・・・。そんなに大したようには見えないし。私も何分忙しい身でね。残念だが」
敷島は書類を月島に返した。あまり興味もなかったし、とにかく敷島は疲れていた。
高見沢が口をへの字に曲げてがっかりした声を上げた。
「え〜〜〜。博士手伝ってくれないんですか」
「すまないね。他を、もっと専門の方の所へ話しに言ったほうがいいと思うよ」
月島はというと、何かを考えているようで、しばらくそうしていたがやがて思い切ったように口を開いた。
「でもなぁ、ここは実は博士にはとても縁のある場所なんだがなぁ」
「それは、どういう・・・?」
気になる言葉に眉をひそめる敷島。
月島はニヤニヤして続ける。
「私はね、結構あなたの事を調べているんですよ、ね、敷島君。本当はこの場所の名前くらいは聞いたことがあるはずなんだ、君はさ」
「・・・・」
「私が言うのもね、気が引けるしなぁ〜」
「・・・私もとんだ男に目を付けられたもんだな」
敷島はあきらめたように深いため息をついた。
かわるがわる敷島と月島を見ていた高見沢は不満そうに言った。
「何よ、全然わからないわ。一体ここと博士はどんな関係があるの?」
敷島は苦笑いしながら答える。
「いや、お高ちゃんは関係ない話さ」
「それじゃダメです。ここまで聞いちゃったからには教えてくれないと今日私は眠れないじゃないですか!」
「でもね、」
「でもね、はもう通用しません!!言ってくれないとあらぬ噂をばらまいちゃいますよ!」
高見沢は歯切れの悪い敷島に向かって女性特有の攻撃でせまった。
冗談ではなくて本気でやりそうなその剣幕に、仕方なく敷島は折れた。そして、隣でニンマリする月島を見てこの男始めからこうなるのを見越して高見沢を連れてきたのだと悟り、心の中で「悪党・・・」とつぶやいた。
そして口を開く。
「ここはね、私の両親が死んだ場所なんだよ」
思いもよらぬ真実だった。
「ええっ!?」
「だが、だからと言って、君に協力する材料にはならないよ?月島君」
敷島は言った。
けれど、月島のニヤニヤ笑いは消えない。
「私は国からこのあやしい依頼を受けた。もしかしたら、ご両親の亡くなった事故が、関わりがあるかもしれないんだ。子供の君はそれを知る義務があるとは思わないか?」
「両親が・・・か、今更だが、しかし・・・」
急な話に戸惑いを隠せない敷島。その様子に高見沢は敷島を擁護し始める。
「ねぇ、やめましょうよ、そんな辛い場所に博士を立ち合わせるなんていけないわよ」
「そりゃそうかもしれないけどさ・・・私は許せないんだよ、親がいないもんだと思うってのは、さ」
「そんなのあなたの個人的な考えじゃない、博士には博士の事情があるのよ」
「お高ちゃんは強情だなぁ」
「それはかおるちゃんだって同じじゃない!」
言い合いをしていた月島と高見沢だったが、ポロリと高見沢は月島の名前を叫んでしまった。大声で。
不思議そうに顔を上げる敷島。
「かおる・・・?」
しまったという顔の月島。はっとする高見沢。
しかし、出てしまった言葉を戻すことはできない。敷島はじっと二人を見つめる。
あわてて弁解する高見沢だが、
「博士、いまのは聞き違いよきっと、私かおるなんて言ってないですから、ねっ、かおるちゃん!」
「言ってる・・・ものっすごく言ってるよ、お高ちゃん」
「なるほど、月島君の名前は『かおる』なんだな」
敷島が楽しそうに笑った。それを見て真っ赤になる月島。
「た、頼む、他の皆にはナイショに・・・」
「私が言わなくても、多分またお高ちゃんがしゃべってしまうと思うよ」
「ごめんね、多分そうだと思うわ」
「あ、あう・・・」
月島は真っ赤なままうなだれた。先程までの偉そうな態度がどこかへ去ってしまったらしい。
「すまなかった・・・これで退散するよ・・・話は忘れてくれていいよ」
「ごめんなさい、かおるちゃん・・・」
席を立とうとする月島と高見沢に敷島は声をかける。
「おや、依頼の打ち合わせはしないのかい?」
信じられないと言う風に振り返る2人。
「私は両親のことはあまり考えたくなかった。でも、大切な私の一部なんだ。両親のことはね」
穏やかに、敷島は座りなおした月島と高見沢に言った。
「だから、この件、私も協力しよう」
ぱっと明るくなる2人。
「やったわ、ありがとう敷島博士!!」
「あ、ありがとう・・・」
いまだに信じられないような顔で頭を下げる月島。
そんな月島に敷島は笑顔でこう告げた。
「君も、自分の大切な名前と言う一部分をちゃんと受け入れなきゃいけないよ、かおる君」
「あ、う・・・」
月島は名前を呼ばれてまたしどろもどろになっていた。
「かおるちゃん・・・大丈夫?」
「ごめん、君意外に呼ばれるとこうなっちゃうんだ・・・妙に恥ずかしくて」
「思わぬ発見だね、はっはっは」
応接室は明るい笑いに包まれた。
その後も、散々敷島家の人々にかわるがわる、「かおる」と呼ばれて終始真っ赤になっていた月島だった。

『村雨と月組。調査・そのころ』
「どうだ、何かわかったか?」
村雨と月影・月光の3人は、その場所の在る銀座で聞き込みをしていた。
困った顔で集まってくる月影と月光。
「それが・・・おかしいんですよ、あの場所の存在を皆認識がないようで」
「何、そっちもか?」
「はい、まるで知らないんです。裏がその場所なのに、ですよ?」
「おかしいよね・・・」
「ううむ、全員嘘をついているのか?それとも考えたくもない何かがあるっていうのか?一体あそこは何が・・・」
村雨は嫌な予感がした。何か、深い暗がりに自分たちは入ろうとしているのではないか、そんな気がした。