6月の10日間

 コンフェデレーションズカップ2003の5試合



3位表彰式のあと。4位のコロンビア代表(黄色)と、合同記念撮影

まえがき 登録メンバー 第1戦 第2戦 第3戦 第4戦 第5戦 大会のおわり あとがき


ワールドカップからちょうど1年後の6月
再びトルコ代表は世界規模の大会(
親善試合)に参加しました。
コンフェデレーションズカップ2003

出場資格国(
W杯準優勝のドイツ)の辞退を受けて
「推薦」という形での参加でしたが、
各国リーグの終了直後のため
リーガ・エスパニョーラなどは優勝が決まってさえいない
U-21代表や、A2代表、果てはAユース代表などで活躍中の、
若手選手中心の戦いになりました。

第1戦トゥンジャイ選手のゴール時

.
ニューフェイスが一堂に会して喜んでいる

激しい寒暖の差、過酷な日程、サポーターのやりすぎ、
そして、カメルーンのフォエ選手の急逝という大きな不幸、
多くのことを考えさせる大会ではありましたが、

トルコ代表は、
1日おきに400kmを、都合4回行き来するという
負担の大きい大移動・10日で5試合の連戦の中で、
フレッシュな面々が持ち味を十分に出し、

2勝2敗1分けと勝敗は5分ながら、3位決定戦にコマを進め、
くしくも1年前と同じ6月29日、(
日本時間で^^
ふたたび3位のメダルを手にしました。

第2戦。ニューフェイスが勢揃いで壁


若手選手たちの、いわば「公園デビュー」となったこの大会、
2004年、2006年、さらには2008年に向けて、
期待と楽しみを与えてくれる戦いぶりだったと思います。

コンフェデでエースだったトゥンジャイ選手でも、まだ21歳。
2008年(5年後)でさえ、2002年のイルハン選手と同い年。

3位決定戦、国歌斉唱

ずらりと先発ニューフェイス

今回出会うことのできた選手たちが、
元気に、すこやかに、より自分らしく、より魅力的に
これからの彼らのフトボル人生を作り上げてくれるよう、
そして、いくつもの顔と、
2004年、06年、08年に
また出会えることを祈りながら、

この大会のトルコ代表チームをふりかえるページを作ってみました。


登録選手一覧

太字がW杯後のニューフェイス。
この大会初登場の選手は*をつけています。
(ニューフェイスの名前をクリックすると、各選手の紹介ページへ行きます
(試合をクリックすると、試合のアウトライン=このページの下の方=へ行きます)

名前 名字 第1戦
6/19
vs USA

−1
第2戦
6/21
vsカメルーン

−1
第3戦
6/23
vsブラジル

−2
準決勝
6/26
vsフランス

−3
3決
6/28
vsコロンビア

−1
ルスチュ レチベル GK - フル出場 フル出場 先発-36 -
ファティ ソンカヤ DF フル出場 - - 先発-60
ビュレント コルクマズ DF フル出場 - フル出場 フル出場 -
ファティ アキエル DF - フル出場 フル出場 フル出場 -
アルパイ オザラン DF フル出場 - フル出場 フル出場 -
エルギュン ペンベ MF  43- フル出場 先発-73 フル出場     87-
セルカン バルジュ DF - -     88- - フル出場
ヴォルカン アルスラン MF フル出場 先発-60 先発-36     85- 先発-87
トゥンジャイ シャンル FW 先発-81 先発-89 フル出場 フル出場 フル出場
10 ユルドゥライ バシュトゥルク FW - フル出場 フル出場 先発-81 -
11 ニハト カフベチ MF
12 オメル チャトキチュ GK フル出場 - -  36- フル出場
13 アフメト イルディリム DF 先発-43 - - - -
14 デニズ バルシュ DF - フル出場 - - フル出場
15 イブラヒム ユジュルメズ DF フル出場 - フル出場 フル出場 フル出場
16 オカン ユルマズ FW 先発-92 先発-75 36-88 フル出場    66-
17 セルベト チェティン DF - フル出場 - - フル出場
18 ヒュセイン* カルタル FW     92-     89- - - -
19 ネジャティ* アテシュ FW -     75- -     81- 先発-66
20 セルチュク* シャヒン MF フル出場 フル出場 フル出場 先発-85    60-
21 イブラヒム トラマン MF    81- フル出場   73- - フル出場
22 ギョクデニズ カラデニズ MF フル出場    60- フル出場 フル出場 フル出場
23 ムラト* シャヒン GK - - - - -

各選手のポジションは、今回コンフェデ杯の登録です

選手の出場時間はのように色分けしています数字は交代時間です

フル出場 先発
 (途中交代)
交代出場 交代出場して
  途中交代
出場せず ゴール
フル出場

グループラウンド
(6月18日〜6月23日)

グループB
ブラジル W杯優勝(南米連盟)
トルコ 推薦(欧州連盟)
カメルーン アフリカ連盟
USA 北中米連盟

トルコ代表の入ったグループBは、実力伯仲のそうそうたる顔ぶれ。

各国がこの大会をどう位置づけるかによって選抜メンバーにはばらつきがあり、
ほぼフル代表の国(勝敗重視)と、若手中心の国(トライアル重視)がありました。


 グループ第1戦 ●

vs USA戦
2003年6月19日:於フランス・サンテティエンヌ:
午後8時(現地)キックオフ
気温30度 湿度29%
観客数 16,944人

前半
36分 アメリカ、ゴールキックからのカウンター、あっという間に先制!
0−1
38分、トゥンジャイ9のスピーディーな飛び込みでPKを獲得
39分、オカンが決めて
1−1

後半
70分、ボルカン8のパスからトゥンジャイ、キーパーをかわしてシュート。
2−1
そのまま試合終了

−1

トルコ アメリカ
52 ボール支配率 48%
枠内シュート数
コーナーキック
オフサイド
17 ファウル 15
イエローカード

マンオブザマッチ=ビュレント(トルコ)

初戦では、大量に登場するニューフェイスの
顔と名前とポジションとプレーの特徴が全く一致しない状態での観戦でした。

事前の報道では、トルコはタイトルを狙っている、とのことでしたが、
若手中心のチームで臨んできたことで、さほどでもないのかと思ったり、
2002年組の守備陣を半々で使うらしい選手起用に、
連戦をにらんだ温存策(つまり野心がある)かと思ったり、
応援のスタンスも、まだ定まっていませんでしたね。

2002年には先手必勝のトルコ代表でしたが、
無得点だった準決勝ブラジル戦を除いて、7試合中6試合で先制点

先のマケドニア戦(EURO予選)につづき、先制されての逆転勝ち。
ともかく勝ち点3で、幸先のよいスタートを切りました。



グループ第2戦

vsカメルーン戦
2003年6月21日:於フランス・パリ・サン=ドニ:
午後8時キックオフ
気温25度 湿度41%
観客数 43,743人

前半
点が動かなかったので、代わりに前半のスタッツを

カメルーン トルコ
52% ボール支配率 48%
枠内シュート
コーナーキック
オフサイド
10 ファウル
イエロー

後半
ロスタイム直前、セルベトのファウルでカメルーンPK獲得
91分、ジェレミ選手が決めて
0−1
残り約2分、必死の反撃も届かず、試合終了

−1
カメルーン トルコ
46% 49% ボール支配率 51% 54%
3 枠内シュート 5
2 コーナーキック 1
1 オフサイド 1
11 22 ファウル 11 5
2 イエロー 0

全体のスタッツから前半の数字を引いて、後半だけのを出してみました。(両端
後半は、トルコが圧倒的に押していたようすが伝わります。
アメリカ戦同様、前半の不具合を後半は立て直せたし、
試合としては、よく戦えた内容でした。

対戦相手のタイプといい、日付といい(日本時間は6/22
前半に目立った身体能力への戸惑いを、後半は克服したことといい、
1年前のW杯準々決勝セネガル戦を
強く思い出させる試合でしたが、
今回は、勝利の女神は向こう向きにほほえんだようです。

惜しい試合ではありましたが、
フル代表歴が浅く、国内リーグで育った若い選手たちにとって、
ふだん対戦できないアフリカの名選手と真剣勝負できたことは、
いろいろな意味で、たいへん有意義でした。

エトー選手のサイド突破に立ち向かったトラマン、
アフリカのビュレント・ソング選手とどつき合ったセルチュク、
黒人選手の誇る脚の長さと伸び具合を競ったトゥンジャイ、
そして、今は亡きフォエ選手にくり返し空中戦を挑んだセルベト
……

第2戦までの結果、グループBの勝ち点は、

1:カメルーン()=グループ突破決定
2:トルコ()=得失点差0、総得点
3:ブラジル()=得失点差0、総得点
4:アメリカ()=グループ敗退決定

トルコ代表は、総得点で1点上回った状態で、
第3戦、ブラジル代表との「グループ2位決定戦」に臨むことになりました。
勝った方がグループ突破ですが、引き分けなら、総得点の1差が効いて、
トルコ代表がグループを突破できます。
つまり、得点1点が勝ち点2点分の重さを持つことになったわけだな



グループ第3戦

vsブラジル戦
2003年6月23日:於フランス・サンテティエンヌ:
午後10時キックオフ
気温30度、湿度21%
観客数 29,170人

前半
23分、アドリアーノ選手9、飛び出したルスチュの頭を
 トウキックで超えるワザありシュートで、ゴール
0−1

後半
53分、ギョクデニズ22、前に抜け出しキーパーの頭を越すシュート
1−1
81分、バシュトゥルク10からゴール前オカンへのラストパス、オカンのシュート
2−1
93分、ブラジル最後の攻勢、ボール回しからアレックス選手20のシュート
2−2
そのまま試合終了

−2

後半 前半 ブラジル トルコ 前半 後半
55% 55% 55% ボール支配率 45% 45% 45%
3 3 6 枠内シュート 5 0 5
4 4 8 コーナーキック 1 0 1
1 2 3 オフサイド 5 3 2
9 9 18 ファウル 23 10 13
4+1 4+1 カード 2 2

(「後半」は、「全体」から「前半」を引いた数字です)

第3戦になり、そろそろニューフェイスの顔と名前と背番号とプレーが
一致するようになってきました。
と同時に、この大会を応援する(私の)スタンスも定まってきました。

この大会は、国内リーグでプレーしてきたニューフェイスたち、
とりわけ、3強以外の地方クラブで成長し、
国外の名選手や強豪チームと戦う経験の少なかった選手たちが、
「世界」に立ち向かう経験を積むための大会である。

そのためには、1試合でも多く戦ってもらいたいものだ。

グループ敗退なら3試合しか戦えないが、
グループ突破しさえすれば、5試合戦える。


しかも、準決勝以降に残るチームは、
比較的、フル代表の主力が参加してくれているチームだから、
ニューフェイスたちには、またとない経験になるだろう。

そういう機会を目の前にしながら、
若手中心のブラジル代表に負けてグループ敗退するほど
もったいないことはない。


というわけで、ようするに、この試合に関しては、
「勝て」
…って、あたりまえすぎる応援スタンス…


試合は、前半に1点を先制されて、どうなることかと思ったものの、
後半、2点を取って逆転。
最後に1点を返されて、結果は引き分けに終わりましたが、
「グループ突破」という最大目標は達成。

この試合でも、前半に見られた不具合を、
試合の進行とともに少しずつ克服し、
後半には完全に「自分たちのフトボル」ができる状態に
持ってくるようすを見せてくれました。

先手必勝を旨とするW杯の代表チームとは、
ずいぶん様変わりです。
(あのね、2002年W杯では、予選と本大会、合わせて19試合のうち、
先制されてから逆転勝ちできたのは、たったの1試合だったの…)


W杯では素人同然(言い過ぎ)だったギュネシュ監督が
自分のチーム構想を、より自信をもって明確に
選手に伝えられるようになったこと、
若手選手の体力とモチベーションが、後半になっても衰えず、
試合時間の中で、成長の手応えを示せたこと、

さらに、
おそらく国内リーグ選手が中心だったことで、
複数のフォーメーションを練習する時間が確保でき(たぶん)、
試合中の不具合を(ドロナワではなく)システムとして調整できたこと、
などが、
「先制されても勝てる」チームへの変身の秘訣だったように思います。


ともあれ、若いトルコ代表は勝ち点4でブラジル代表と並び、
得失点差ゼロ、総得点の1差でグループラウンドを突破し、
準決勝にコマを進めることになりました。


なお、リーガエスパニョーラで優勝争いをしていたレアル・ソシエダは、
最終節に勝ったものの、首位のレアル・マドリッドも勝ったため、
惜しくも準優勝にとどまりました。

でも、今シーズンのソシエダとニハトはほんとうによくやった
合流予定だったニハト選手は、ケガで合流を中止し、
準決勝以降も、トルコ代表は、背番号11抜きで戦うことになります。


決勝ラウンド
(6/26〜6/29)

グループA1位 フランス 準決勝
パリ
6/26
→勝者→ 決勝
パリ
6/29
グループB2位 トルコ 3決
サンテティエンヌ
6/28
グループA2位 コロンビア 準決勝
リヨン
6/26
グループB1位 カメルーン →勝者→


 準決勝 ●

vsフランス戦
2003年6月26日:於フランス・パリ・サン=ドニ:
午後9時キックオフ
気温23度 湿度65%
観客数 41,195人

試合開始前
直前に別会場で行われたカメルーンvsコロンビア戦で昏倒した
カメルーン代表、フォエ選手の急逝が告げられる。

前半
11分、フランス
    ビルトール選手11からアンリ選手12へのパス。アンリ選手が決めてゴール
アンリ選手、天を指さし、フォエ選手にゴールを捧げる
0−1
26分、フランス
アンリ選手12からピレス選手7への絶妙のパス。ピレス選手のシュート、ゴール
フランス選手、再び天を指さし、ゴールを捧げる
0−2
42分、トルコ、
左からエルギュン6のクロス、右外からギョクデニズ22
最初のヘディングはセーブされるが、続けてシュート、ゴール
1−2
直後の43分、セルチュク20のバックパスがゴール前でアンリ選手にカットされる。
ビルトゥール選手11のシュート、ゴール。
1−3

後半
48分、トルコのカウンター。
ゴール前、トゥンジャイの空中歩行シュート、ゴール
2−3
87分、イボ15が中央へ入るところ、ダクール選手6がファウル。PK獲得!
オカンのPK…外す!

試合終了
−3

後半 前半 フランス トルコ 前半 後半
37% 41% 39% ボール支配率 61% 59% 63%
3 5 8 枠内シュート 4 2 2
4 3 7 コーナーキック 5 1 4
0 1 1 オフサイド 2 1 1
10 15 25 ファウル 17 7 10
2 2 4 カード 2 1 1

●●●
この試合を、どんな言葉でふり返ればいいのか、
今もよくわかりません。

試合開始直前に伝えられたフォエ選手の急逝。
(選手たちにも、観戦する私にも)
愕然とするとともに、
「サッカーの試合」への興味が、すっと遠のいていった。
(私も、選手たちの談話でも)

私が観戦に集中できないでいるうちに、
フォエ選手に捧げられた、アンリ選手の先制ゴール、
続いてピレス選手のゴール。

訃報の衝撃を、ゴールという形に実らせた選手たちへの尊敬の念。
しかしそれは、「サッカーの試合」への集中とは
まだ、別の意味、別の次元のできごとだった。
私にも、たぶん選手たちにも


目の前のTV画面でおこなわれている
「サッカーの試合」に血が通ったのは、
ギョクデニス選手のゴールのときでした。

彼は、天に捧げる仕草はしなかったけれど、
その瞬間から、亡き選手に捧げられるものが、
個々の選手たちの思いから、「サッカーの試合」そのものになった、
…ように、私には思われました。

今生きて、ピッチの上にある者は、
ひたむきに、情熱と生命力を燃やしてプレーしてよい。
「その試合に勝つ」ことをめざして戦ってよい。
それを見る私も、ボールのありかに一喜一憂し、
選手たちのプレーをホメたりけなしたりしながら、
「その試合に勝つ」ために戦う選手たちを、応援してよい。

直後のフランス3点目のゴールは、私の中で、
「フランスが追いつかれかけて、突き放した」ゴールになっていました。
ピッチの中での意味をもつ、「サッカーの試合」という次元のできごとに。

後半開始まもなくの、トゥンジャイ選手のゴール。
若々しい思い切りのよさと、獣にも似た跳躍の姿がまた、
ひたむきに戦おうとすること、食い下がろうとすることの価値を
私の中によみがえらせてくれたような気がします。

1点差に詰め寄り、なお追いつこうとするトルコの攻勢が続き、
ついに終盤、PK獲得まで追いつめる。
しかしボールはゴールをそれて、フランスの辛勝。
見応えのある白熱した試合に、私もひきこまれていました。

試合が終わったとき、まず「ありがとう」と言葉が出た。
選手ありがとう。

ひとたびは遠ざかり失われたかのようだった「サッカーの試合」を、
試合の中で取り戻してくれた。
「サッカーの試合」を娯楽として見ている自分が、
罪深いむなしいもののように思われ、ぼうぜんとしていた私に、
まさしく「サッカーの試合を見せる」そのことで、
「サッカーの試合」を見ることの意味を取り戻し、
そのことで、サッカーの試合をこえたものまで伝えてくれた。

…死と向き合いながら、日々を生きること…
むなしさと罪深さにおおわれた世界で、
なおひたむきに、惜しみなく、力の限り食い下がろうとすること。

選手ありがとう。ほんとうにありがとう。

●●●

トルコ代表チームは、2日後の三位決定戦で
グループBの2位コロンビア代表と戦うことになりました。
ふたたび(いや実は8日間で4回目)400kmの大移動。
日中の気温が30度を超えるサンテティエンヌに向かいます。



3位決定戦

vsコロンビア戦
2003年6月28日:於フランス・サンテティエンヌ:
午後7時キックオフ
気温27度 湿度32%
観客数 18,237人

試合開始前
亡くなったフォエ選手に黙祷

前半
2分 GKコルドバ選手1のミスキックをトゥンジャイ9,直接シュート
1−0

後半
63分、エルナンデス選手10が中央から飛び出して裏を取り、シュート
1−1
86分、トゥンジャイ、ゴール前に切れ込んで、オカン16にキレのいいラストパス。
オカン、シュート ゴール
2−1

試合終了
−1

コロンビア トルコ
52% ボール支配率 48%
6 枠内シュート数 3
5 コーナーキック 3
5 オフサイド 1
16 ファウル 27
1 イエローカード 4

マンオブザマッチ=トゥンジャイ(トルコ)

●●●

フォエ選手の急逝の衝撃もまだ生々しい三位決定戦、
両チームは正反対の布陣で試合に臨みました。

コロンビア代表は、フォエ選手への敬意をこめて
大会を戦ってきた主力選手をあえてスタメンに揃え、
一方のトルコ代表は、W杯出場組をばっさりベンチに残し、
あたかもU-21代表のような若い面々。

いやその…、初めスタメンを見たときは、
フォエ選手に敬意を表して主力をそろえたコロンビア代表に対して、
トルコのスタメンは、ナメてんじゃねえか、と思われそうな顔ぶれで
内心おろおろしたりしたんですよね…
もちろん、日程的に一番苛酷だったのはトルコ代表だから、
3戦4戦の主力DFたちを休ませるのは、正しい判断ですが。


試合は、開始早々のトゥンジャイ選手の先制ゴールのあと、
あまりメリハリなく進みました。
コロンビア代表はお疲れのようすだったし、
トルコ代表は、新しい顔ぶれでペースがつかめない。

後半に入っても、しばらくは低調。
攻守交代は多いし、決定機もあるのですが、
どうも両軍とも、ボールに試合させられているような。
とか思っていた矢先に、コロンビアの同点ゴール。

これで試合に気合いが入りました。
…というか、私の目が覚めたのか…
(白状すると、ここまでは居眠りしていてライブでは見ていない^^;)

終盤の20分ばかりは、トルコ代表の元気さが際立っていました。
若さが、未熟さではなく、可能性としてあらわれていた。

右サイドの突破を止められるようになったセルベト、
左サイドであっさりボールを取り返せるようになったトラマン、
どんどん上がっていくようになったセルチュク、
フィールド全面を休みなくはね回るトゥンジャイ…


試合が終わったときには、
先発に若手を並べたことは、決して「敬意を欠いた」ことではなかった、
と納得できていました。

若いって、いいことだ。
元気がいいことも、成長することも、いいことだ。
生まれ、育ってゆくものがあるかぎり、時の流れは祝福だ。
このピッチにいる連中にも、
生まれたばかりと伝え聞く、フォエ選手の遺子にも。
きっと。

……
こうして、トルコ代表、2003年6月の5試合10日間は、
若手選手たちのみずみずしい躍動と、
あざやかな成長の手応えをのこして終わりました。

2008年(
トルコとギリシャ共催の欧州選手権)まで応援するぞ、と
気合いを新たにできた大会でした。


引き続き表彰式


3位の額(盾?)をかかげるキャプテン・ビュレント


ニューフェイスたちにとっては初めての、FIFAのメダル授与…

最後は合同記念撮影
 
ジェペス選手にキスするネジャティ。 みんな仲良さそ(^-^)


でも、これがクセになって
「ブロンズ・コレクター」なんて異名が定着しませんように^o^;


2002.6.29   BRONZE COLLECTORS  2003.6.29
copyright bbc

ルスチュはアルパイに3位メダルを見せる趣味がある?


大会のおわり
 決勝戦は、フランス代表とカメルーン代表の戦いになりました。

 フォエ選手にささげる追悼試合として位置づけられた決勝戦、
 カメルーン代表は選手も監督も(ベンチでは)全員がフォエ選手の「背番号17」のユニフォーム(ホームの緑ユニ)をつけ、背丈ほどもある遺影とともに試合に臨みました。
 試合開始前の撮影でも、両チームの選手がフォエ選手の遺影とともに、カメラの前に立ちました。

 試合は、アンリ選手のゴールデンゴール、フランス優勝で幕を閉じましたが、優勝カップの授与にあたっては、フランス代表とカメルーン代表のキャプテンが一緒にカップを抱く場面が印象的でした。

 最後に行われる各賞の表彰も今回は割愛されましたが、のちに知ったところによれば、

最優秀選手(MVP)にあたる賞は
ゴールデンボール賞=アンリ選手(フランス
シルバーボール賞=トゥンジャイ選手(トルコ
ブロンズボール賞=フォエ選手(カメルーン

得点王に当たる賞は
ゴールデンシュー賞=アンリ選手(フランス4ゴール2アシスト
シルバーシュー賞=トゥンジャイ選手(トルコ3ゴール1アシスト
ブロンズシュー賞=中村俊輔選手(日本3ゴール

に与えられたそうです。
(フェアプレー賞は日本代表に与えられました)


 予想もしない不幸なできごととともに終わったコンフェデレーションズカップ2003でしたが、フランスとカメルーンの大会と言えるだろうこの大会で、アンリ選手・フォエ選手と並んで、トルコ代表の若手トゥンジャイ選手が「シルバーボール賞」に選ばれていたことは、あらためて、彼のプレーぶりがこの大会を見る人々に、強い印象を与えたことがうかがわせてくれました。

 印象的な風貌、伸びのいい脚(^^;、思い切りのよさ、元気さと一生懸命さ。
 …結果的には選手の命を奪うことにさえつながった、灼熱のスタジアムの底で、彼の姿 (その勢いよくなびく髪も含めて) に一迅の風を見たように思った人は、私だけではないと思います。

(あとがき)
トルコ代表チームの課題

いや、私がここで課題を語っても、な〜んの役にも立たないですが…(^^;

 以前から、2002年組以降の代表チームがどうなって行くのだろう、と、ときおり(意味なく)心配していました。

 2008年まで、ビュレント選手(概算40歳)やトゥガイ選手(38歳)、ハカンシュキュル選手(37歳)が代表の現役でいてくれるかどうか、と考えると、かなりあやしいものがある。

 しかも、ゴールキーパーのルスチュ選手も含めて、これらの選手たちは、トルコのフトボル界が育て上げたというよりは、いわばそれぞれ自力で育って、突発的にあらわれた才能(だと思う…どっちかというと)。

 加えて、2002年W杯ベスト16からベスト4まで進むあいだの2点をあげたは、ウミト・ダバラ選手とイルハン選手、つまり、トルコではなくドイツの育成システムの中で子供時代を過ごした選手たちだった。
 バシュトゥルク選手ももちろん、ナショナル代表以外のすべてのキャリアをドイツに負う選手。エムレ・ベロゾール選手は、あれは天才少年なので一般例にはできない。
 2002年大会で最高のパフォーマンスを見せたハサン・シャシュ選手は、かなり人騒がせなクラブ生活を送っていたらしい話が伝わっている…


 トルコのフトボル界が、次々と才能ある選手を輩出できる母胎であるかどうかについては、何も証明されていないままだった、と、言えば言えるわけです。


 今回の大会で、2002年組のあとにも、代表チームには、多くの魅力的な選手、伸び盛りの選手がいることを知りました。
 ドイツなど外国の、選手育成の先進国に育った選手もいますが、トルコの(しかも田舎の)生まれ育ちの選手にも、まったく遜色のない将来性が期待できると感じました。
 2004年、06年、08年に向けて、応援しがいのあるチームでありつづけてくれる可能性も、おおいにふくらみました。
 一安心。(^-^)

 と、安心すると次には、2002年の代表チームに今の若手選手を入れ替えた、架空の2008年代表チームを、取らぬ狸の皮算用でも、想像(妄想)したくなってきます。(年齢は概算です

GK ルスチュ(35) キーパーの35歳はまだ現役
   オメル(34) 同上
 でも高齢すぎるのはたしかなので、できればこの5年間に、かつてのルスチュのような天才が登場してほしいものである。

MF エムレ(28)、ギョクデニズ(28)、バシュトゥルク(30) (前め)
   セルカン(24)、セルチュク(26)、ボルカン(30) (後ろめ)
 前めの3人は問題なし。ちびっ子でそろいすぎてるのが、ちと不安か?
 後ろめには、2002年のトゥガイほどのタフさと経験をそなえた選手はまだいない。ワンボランチでは難しいかも。

FW ニハト(29) トゥンジャイ(26)
 フォワードは、定評と実績をそなえた選手が2〜3人いれば、あとはその年に好調の選手をサブで投入すればよいから、まあ大丈夫。
 3人目のベテランサブ役=2002年のアリフ選手役=としては、年齢はオカン・ユルマズ(30)の方が若いが、彼って前線待ち受け型らしいので、走り回り型のハサン(32)の方が、年はとってもなお使えるかも。
 ただし、上のメンツではポストに置いておける長身選手がいない。トゥンジャイはポスト置きにはもったいなさすぎ。
 サブで投入するポスト(2002年アイルランドのクイン選手のような)なら高齢でも使えそうだが、イルハン(33)はヘディング下手っぽいし、…いっそハカンシュキュル(37)に花道を?

して問題は…
DF セルベト(27) イブラヒム・トラマン(26) ファティ(アキエル)(31) 
 …いないじゃん…!
 3-5-2でやるにしても、一人ケガしたりサスペンションだったりしたらどーするのぉ…


 というわけで、トルコ代表チームの今後の課題は

1:ディフェンダー!
 成熟に時間のかかるポジションだし、まずは数だけでもそろってくれ!

2:トゥガイ選手に代わる人材
 今回のコンフェデ杯では、総得失点差はゼロなのですが、その中で(たぶん)ワンボランチ・フォーバックの時間帯の得失点差はかなりマイナスで、スリーバック(2ボランチぎみ)の時間の得失点差は、相当にプラスだったのではないかと思う。
 ディフェンダーの数だけなら、今回はまだビュレントもアルパイもエルギュンもいたわけなので、足りなかったのは、ワンボランチで頼れる選手、つまり「トゥガイ」だったことになる(理屈では…)
 現在のポジションとしてはボルカンの成長に期待したい。
 (私情では、ギョクデニズ君がそこに入って、時々弾丸ミドルシュートを打ってくれるとうれしい)

3:欲を言えば、ビュレント-ウミト(ダバラ)の対角線高速フィードの後継者コンビが誕生してくれると、とてもいい。   …言ってみてるだけです…
想像(妄想)による、2008年代表スタメン
ルスチュ
ファティ セルベト トラマン
セルカン セルチュク
ギョクデニズ     エムレ
バシュトゥルク
ニハト トゥンジャイ
言ってみてるだけですってば…

最後に、私情に走ったコンフェデ杯の収穫
・ギョクデニズ・カラデニズ君、たいそうかわいい(^-^)。てのひらで転がしたい。


・ルックス的には、イブラヒム・トラマン選手が大収穫 無理なくアイドル


・今後に肩入れしたいのは、セルベト・チェティン選手 強いぞがんばれ


とはいえみんな、実力も個性も成長途上。
ニハト選手、トゥンジャイ選手に続いて、世界の舞台でブレイクしてねっ(^o^)/

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