9,教育は、教育でも性教育について
何か違うよね
実は、私、会に参加していて、不妊関連の問題を扱っていて、何か違うんだよね、と感じることが多いのです。ターナーの人の場合、どんなに不妊治
療の技術が進んでも、今度は、じゃあ、障害児が産まれるリスクや、妊娠に伴う合併症のリスクの高さをどう考えるのか、経済的にも治療を行う事が
可能なのか?等々、考えなければならない問題は山積です。これらの問題は多分に価値観がからみます。例えば同じ経済状況で、同じ額を提示され
いくらぐらいで子供が出来ますよ、と言われても、そこまでして子供はいらない、と思う人と、それぐらいならぜひ、と思う人がいるでしょう。 こういう問
題って、人によって、全然答えが違うのです。私は、こういう価値観が絡む問題は、議論しても、時間の無駄であることが多いと思います。私は、この
問題が会で取り上げられるたびに、なんか違うよね、と感じるのです。それは、本人ではなくお母さん達だけが一生懸命だから。明確な答えはない
中で、夫婦で話し合い、一番納得のいく結論を出すしかないのです。例え、親御さんからみれば、ベストな選択ではなかったとしても、あくまでも決め
るのは、本人、と、その夫であるべきでしょう。会でお母さん達の発言を聞いていて、子供が出来さえすれば、後に続くターナーの人の未来は明るい
みたいな物言いは、正直視野が狭いなと思うし、成人した本人もその御主人もいるのに、会でお母さんが不妊治療について発言して、それは、自分
が口を挟むべき問題ではないとは思わないのだろうかと思います。普通の不妊症の人の会なら、親は関係ないでしょう。また、ターナー女性として生ま
れた以上、経済的なことや妊娠に伴う合併症のリスクの高さ、障害児の産まれるリスク等を考え子供はあきらめざる得ない人が多いという現状が、そう
簡単には変えられない以上、(日本と違い卵子提供が認められており、養子だって、遥かに一般的でとりやすいアメリカにおいても、30代で結婚してい
るターナーの人は半数に満たない、つまり、最終的には、子供はあきらめないといけない人がターナーの中では多数派)子供がいなくてもいかに有
意義な、楽しい人生を送るかということと、いずれあきらめなくてはならない人に、そのうち、と変に期待を持たせたり、いかに、子育てが社会的に意
義のある素晴らしいことか子供時代から刷り込もうとしたり、結局は、自分の子供はあきらめた会員さんが結構来ていて、日本でも、子供を産んだ
ターナーに人はいるのに、自分の子供を連れてきたターナーの人はいない、ひまわりの会で不妊治療不妊治療と騒ぎ立てるのは、残酷な面もあると
いうことは、真剣に考えていかなくてはならない事だと思います。
そうじゃないんだけどな。
そして、他にも、そうじゃないんだけどな、と思っていることがあります。それは、不妊であることをいつ本人に告げるかという問題です。以前は病名
を本人にいつどう告げるかということが問題になっていましたが、これは、会の存在によりかなり告げやすくなってきたと思います。しかし、不妊であ
るということは、言いにくい親御さんが多く、子供の性格によっては20超えてから言っても良いのでは、と言われてます。が、私はそれは違うと思うし
そんな話になるなんて、会はまだまだ、親と医療関係者の為の会であり、本人の為の会ではないなって思います。
まず、不妊は必ずしもネガテブな面ばかりではないですが、生き方に関わる大きな問題です。結婚してから分かるケースも少なくないですが、分かっ
ているなら、時間をかけて、様々な可能性を検討したうえで、どこまでなら不妊治療をするのか、考えて、少しでも本人が納得いく結論を出す必要が
あると思うのです。子供のいない大人の話を聞いてみる必要もあるでしょう。それなりに恋愛経験もして、どこまでなら不妊治療をするかは、価値観
の問題であり、人によって違うのだということを知る必要があるかもしれません。自分と近い価値観の結婚相手を探すのには時間がかかるかもしれ
ません。これらの事により時間が掛けられるように、分かっているなら、少しでも早くから言ってほしいのです。理想としては、例えば小学校で、月経
について習えば、でもあなたの場合はね、中学校で妊娠出産について習えば、あなたにとって子供を産むことは、これだけのリスクがある、といった
ように女性にとって妊娠出産とは、という話のペースにあわせてターナー女性にとって妊娠出産とは、という話をしてあげて欲しいのです。
これをしないと、不妊だけでなく、心理社会的に、同年代の子に比べて性的に未熟な感じになってしまうと思います。
更に、性格的な事から、落ち込むのではないか、と考え言えないケースも多々あると聞きますが、そういう子ほど早く言わなくてはならないのでは、
ないでしょうか?この問題に関しては後になればなるほどショックが大きいのです。もし、私が20を超えてから知らされていたら、それが親は知っ
ていたのに知らさなかったからだとしたら、私は確実に親を恨むと思います。表面的な安定に気を取られ、実は根本的問題を大きくしてしまって
いるように私には見えます。そして、昨今不妊の問題がよくマスコミに取り上げられていますが、私は、あの問題の多くが、子供が、(特に希望する
タイミングでは)出来にくいという問題なのに対して、我々の多くは体がもともと子供産むように設計されてないという問題だ、と感じます。なので不妊
治療の進歩を望まないわけではないですが、本当は、ターナーの子を子供がいなくても堂々と生きていける大人に育てる支援の方がはるかに、重要
なのに、会はそこがまだまだだなって思います。
更に、もともと染色体の欠損に付けられた名前なので、ターナーと妊娠出産の問題を考えるとき、障害児を産むリスクを考慮しないのは間違ってい
ると思います。実も蓋もない言い方ですが、今後どんなに科学が進んだところで、ターナー女性が子供を産むということは、そうでない人よりかなり
難しいし、自分と遺伝的に近い子をと望めば、障害児を産む確率は高いし、それを避けるためには、自分と遺伝的に遠くなってしまうことは、避け
られないのです。
これは発達障害の問題にも言えることですが、ネガテブな情報を聞こうとしないのと、前向きなのは違います。ネガテブな情報を伏せたところで
本当に前向きにはなれないのです。だいたい不妊ってそんなネガテブなことではない,少なくともお母様方が考えているほど、ネガテブな事では
絶対にない、と私は思ってます。ただし、病名の告知にしろ、不妊であることの告知にしろ、親や医療関係者が、知っているのに言わなかった期
間は、長ければ長いほど、分かった後でそのまま親や医療関係者に対する不信感が強くなるだけ思います。先延ばししたところで、何だ良いこ
とはないのです。